デンマークを代表する画家であるヴィルヘルム・ハンマースホイ(1864-1916)は、生前高い評価を得ていたものの没後急速に忘れ去られ、近年になって再び脚光を浴びている。1997-98年のオルセー美術館とグッゲンハイム美術館で大規模な回顧展を開催、2003年には、ハンブルク美術館で開催されたハンマースホイ展は同館開館以来最大の入場者数を記録するなど、一度は忘れ去られた北欧の画家がいま、世界中から注目を集めている。

ハンマースホイが暮らしていたアパートを描いた。北欧のやわらかな光が部屋をほのかに照らしている。

「室内、ストランゲーゼ30番地」

1901年 ハノーファー、ニーダーザクセン州博物館

Photo (c) Ursula Bohnhorst

ドアが3つ見える不思議な構成。展示会場に設置されたパソコンで、この部屋の立体画像が見れる。

「白い扉、あるいは開いた扉」

1905年 コペンハーゲン、デーヴィズ・コレクション B309

Photo (c) Pernille Klemp

17世紀オランダ絵画に強い影響を受けたハンマースホイは、多くの特徴的な室内画を残している。灰色がかった色調で描かれた最小限の家具に、がらんととした空間。そこへやわらかな光が差し込み、絵を見ていると自分が部屋の中にいるかのような心地よい錯覚に包まれる。ハンマースホイの室内画のほとんどが、自宅の部屋を描いたものだが、彼は実際の部屋そのままを描くことはなかったという。綿密に構成された空間描写が、見る者をまるで部屋の片隅から内部を覗き込んでいるような気分にさせ、部屋に招かれたわけでもなく、拒絶されているわけでもない、得体のしれない距離感に引き込まれていく。

ハンマースホイは靄のかかった北欧独特の空の下の建築物を多く描いている

「クレスチャンスボー宮殿、晩秋」

1890-92年 コペンハーゲン国立美術館

Photo (c) SMK Foto, Copenhagen

ロンドン、パリ、ローマを訪れた経験のあるハンマースホイは、歴史的建造物を熱心に描いたという

「ローマ、サント・ステーファノ・ロトンド聖堂の内部」

1902年 オーデンセ市立美術館

Photo (c) Odense Bys Museer / INFERNO, Wermund Bendtsen Fotografi ApS

室内画には、ハンマースホイの妻イーダがたびたび登場するが、イーダの顔を描いた作品は少なく、そのほとんどが室内画の中の後ろ姿で描かれている。顔を向けることのないイーダは、こちら側からは決して見ることのできない絵の中で、普段どおりの生活を送っているのだろうか。ここでもまた、背を向けたイーダに、招かれたわけでないが部屋に入ることを許されている、そんな奇妙な気分にさせられる。会場には、ハンマースホイが描いた室内画を立体で見ることができるCGが展示されているのも興味深い。

妹の肖像画。ハンマースホイは注文された肖像画を描くことはほとんどなく、家族や友人など身近な人を多く描いた。

「若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ」

1885年 コペンハーゲン、ヒアシュプロング美術館

Photo (c) The Hirschsprung Collection, Copenhagen / DOWIC Fotografi

椅子に座った後ろ姿の妻イーダ。

「休息」

1905年 パリ、オルセー美術館

Photo (c) RMN / Michèle Bellot / distributed by DNPAC

今回は、日本初のハンマースホイの大規模な回顧展となっており、風景画、室内画、肖像画など様々な作品をあますことなく展示、ハンマースホイのつくりだす音のない静謐な世界を堪能できる。この展覧会では、ハンマースホイ作品のほかに、同時代に活躍したデンマークの画家ピーダ・イルステズとカール・ホルスーウの作品も出品されている。また会期中、展覧会に関連した講演会やスライドトークなどのイベントも開催される。

田辺 欧(大阪大学世界言語研究センター准教授)講演会「19世紀末デンマーク、黒衣の女性が語るもの」

11月22日(土)14:00-15:30

スライドトーク

11月21日(金) 18:00から約40分
解説:佐藤直樹(国立西洋美術館主任研究員)/萬屋健司(大阪大学大学院)
会場 国立西洋美術館 〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7
鑑賞料 当日券 一般1,500円、大学生1,100円、高校生700円
会期 2008年12月7日(日)まで
休室日 月曜日(ただし、11月24日は開館、11月25日(火)は休館)
開室時間 9:30~17:30(金曜日は20:00)※入館は閉館の30分前まで
アクセス JR上野駅下車(公園口出口)徒歩1分、京成電鉄京成上野駅下車 徒歩7分、東京メトロ銀座線、日比谷線上野駅下車 徒歩8分
主催 国立西洋美術館、日本経済新聞社、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ
後援 文化庁、デンマーク大使館