なをき「こういう一冊の本になったものだけじゃなくて、雑誌の別冊附録だったり、あと、ずいぶん昔の『ガロ』なんですが、水木しげる先生の特集号がありまして、その中にマンガの描き方講座が再録されてるんですね(笑)。多分これ、貸本漫画誌の記事で水木先生が書いたんだと思うんだけど」
よしこ「タイトルが"親切なるマンガの描き方"ですよ。イカすなあ」
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『ガロ』1991年9月号「水木しげる特集号 |
なをき「テクニックからマンガの持ち込み方、いかにマンガで食っていくかなど、さまざまなことが、水木先生独特の視点でいろいろ説明されてるわけね。これが全編、水木節で冗談っぽく書いてるんだけど、水木先生、いいことおっしゃってるんですよ」
――具体的には、どんなことが書いてあるんでしょう?
よしこ「冒頭からいきなりですね、"マンガを描くには、いろいろ用意するものがある。まず、部屋だ"(笑)」
なをき「確かに部屋は必要だ(笑)」
よしこ「"南向き、西向きの窓があってはいけない"(笑)」
――なぜ、いけないんでしょう?
よしこ「"光が当たるとまぶしくて目が疲れる"と。"50年使える目が、この光のせいで25年になってしまうのである"という理由みたいです。で、"座布団はいい物を使わないと、痔がひどくなる"とか」
――畳に座布団敷いて机に向かってマンガ描く時代の話なんですね。
なをき「そうそう。座布団のことにまで気を遣ってくれる"マンガの描き方"のハウツー本は、なかなかないですよ(笑)」
よしこ「そこが"親切なるマンガの描き方"(笑)。あと、ストーリーの描き方ですね。"ストーリーは、簡単に出てくるものではない。名作を描くには、それだけの努力をしなければイカン"、以上。具体的にどうすればいいのかは書いてないんです(笑)」
――結論は、"努力しろ"なんですね。
なをき「まあ、当たり前のことなんですけれども、水木先生がおっしゃると深みがあるというか」
――なんか、ありがたい説教のような気がしますね。持ち込むときは、どうしろと書いてあるんでしょう?
よしこ「えーと、"とにかく、清潔にして行け"と。"私はかつて、シラミこそ発生していなかったが、ヨレヨレのズボンをはき、3、4カ月散髪しないで出版屋の門を叩いて門前払いをくったことがあるので、老婆心ながら清潔を強調したい"(笑)」
なをき「持ち込みのときにきれいな格好して行け、というアドバイスしてくれてるマンガの描き方本って、ほかにないですよ(笑)」
よしこ「実際、マンガ家になっちゃったら、原稿さえ締め切りに間に合わせれば、汚くても構わないんですけど」
なをき「そこはやっぱり、営業という面から考えると、きれいな服着て行かなきゃダメだよね、と」
よしこ「でも、"かと言って、清潔を通り越して、赤いベレーに蝶ネクタイ、ショートパンツといったような、超現実的なスタイルも考えものだ"と。こんな細かく指導してくれるなんて(笑)」
なをき「いいよなあ、ほかにないですよね(笑)」
よしこ「そして、持ち込み指導の次の回では"みんなは今、灰色の気持ちでいるだろうから、アドバイスしてやろう"と、くるんです」
なをき「"諸君は前号の売り込みの巻で出版屋に断られガクンときて、今までの山のような自信も跡形もなく崩れ去り、呆然と灰色の空を眺めていたとする"。"そのとき私は君の肩を叩く。そんなことでダウンしていいのか。それはプロになるために誰もが味わう精神的な試練なのだよ"。ここまで、水木先生は親切におっしゃってくださってるわけですね」
よしこ「原稿が掲載されないつらい気持ちを慰めてもくれるという、ホントに親切なんですね」
なをき「これもまたプロになってから読んだんですけど、プロになる前に読みたかったですね、つくづく」
よしこ「持ち込みで苦労しているときに(笑)」
なをき「水木先生は、これで一冊お書きになるべきだと思いますね」