「自分の小説が現実の映像となり、凄い力を持ったことに驚きました」

――小説家の目から観て、「映画は自分の手を離れているから別物なんだ」という考え方と「やっぱり、あくまで自分の作品だ」という考え方があると思うのですが、金原さんにとって映画『蛇にピアス』はどちらですか?

金原「私はもう映画版に限らず、全部が別物だと思っています。漫画も別物だし、翻訳も別物だし、いってみれば文庫版も別物という考え方です。私の中では、やっぱり単行本の形っていうのが第一にあって、それが私にとっての『蛇にピアス』であって、そこから派生していくものは、やっぱり私の物とは言えないなあと感じます。まあ、それくらい最初の単行本という形に思い入れがあるという事なんでしょうね」

――単行本という形態自体も含めて『蛇にピアス』という作品であるという捉え方なんですね。ただ、別物と捉えていても、金原さんの中には金原さんなりの『蛇にピアス』の映像イメージがあったと思います。それは、どの程度忠実に描かれていましたか? もしくはイメージしていなかった新しい面は見れましたか?

金原「私が小説を書くときは、リアルに想像して描いてるつもりだったんです。でも、実際に映画を観てみると、現実の映像の力っていうものに圧倒されるというか、自分が頭で考えてきたことが形になるとこんなに凄い力を持っているのかっていうような驚きがありました。やっぱり自分にとって小説とか文章、言葉っていうのは、記号とか観念的なものなんだなっていうことを思い知らされましたね」

――「小説は記号とか観念的なものなんだ」と発言されましたが、逆に映画から何かしらインスピレーションを受けて、これからの執筆に影響が出てくる可能性などはありますか?

金原「これまで以上に、物事を多面的に捉えるということですかね。私は"金原ひとみ"というひとつの立場から『蛇にピアス』と関わってきたのですが、そこに蜷川監督がまた違った形で参入してきてくれて、役者さんたちが同じように真剣にこの小説について考えてくれていたということが分かって、色々な人の視点を通して『蛇にピアス』を見させていただいている気がしています。そうして、これまで平面だった『蛇にピアス』が立体的になって、あらゆる面が見えてきて、色がついていくというか、カラフルなものになっていく感じがしました。"ひとりじゃないんだな"という気持ちになれましたね」

――例えば金原さんの『オートフィクション』(※金原ひとみの、ある意味自伝的小説ともいえる作品)も執筆が映画化後だったとしたら、内容も変わったものになったかもと、勝手に想像したりしてしまいます。

金原「そうですね。私は自分の体験とか、見聞きしたことを凄く小説に生かしていく方なので、自分の小説が映画になるっていうこと自体が、やはりショッキングな体験ではありましたね。これで自分の小説に対する見方も変わっていくし、新しい視点がまたひとつ得られたところもあると思うので、これから、またそういう視点が小説にも生きてくるんじゃないかと思います」

――映画『蛇にピアス』を金原作品の読者や映画好きの方々に、どのように楽しんでいただきたいと思っていますか?

金原「本当に原作に忠実な映画なんですけど、蜷川監督らしさが凄く出ている作品です。それは、私が見てこなかった物を蜷川監督は見ているからで、私が『蛇にピアス』に見られなかった物を、彼は見てくれたからだと思うんです。映画を観たときに、どこかが閉じたことによって、どっかが開いたというような、そういう感じがしたんですね。一つ失って一つ得たような。だから原作を知っている人でも十二分楽しめるだろうし、小説を知らなくても、それはそれで広いものを見つけられるんじゃないかなと思います」

――金原さん自身は、さきほど『別物』と語っていましたが、映画を客観的に観れましたか?

金原「最初は恥ずかしくて恥ずかしくて(笑)。直視できないくらい恥ずかしかったし、緊張していたし、段々20分~30分過ぎたあたりから少しずつ冷静に見れるようになってきて、最後はもう別物として観て楽しんで帰れてたという感じでしたね」

――今回はCharaさんとの共作という形で主題歌の作詞にも参加されているのですが、初めての作詞はどうでしたか?

金原「詞を書いて、曲を作って頂いて、それに合わせてまた詞を書き直して、という形で進めました。作詞は初めてのことなので、大変でした」

――金原さんの今後の予定を教えてください。

金原「基本的に今、短編を書いていて、年内はたぶん刊行物はないと思うのですが、今年書き溜めたものが来年、短編集で1冊か2冊くらい出るかなっていう感じです」

――新作も楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。

「単行本以外の『蛇にピアス』は、映画に限らず文庫本ですら別物」と話す金原ひとみ。だが、蜷川幸雄監督による今回の映画化を誰よりも本当に喜び、また映画化という「凄くショッキングな体験」から間違いなく大きな影響を受けたことを、彼女は笑顔で語ってくれた。自身の処女小説の映画化というこれまでにない「凄くショッキングな体験」をした彼女の、これからの小説に期待したい。

小説『蛇にピアス』

第27回すばる文学賞受賞と第130回芥川賞を受賞した金原ひとみの衝撃的な文壇デビュー作。過激なピアスやタトゥーに強く惹かれ、身体改造の世界にのめりこんでいく少女ルイの姿が描かれる。累計65万部、世界105ヶ国で翻訳されている
集英社文庫刊 400円

撮影:中田浩資