落語の物語を膨らませた

松岡錠司
1961年まれ。愛知県出身。日本大学芸術学部映画学科卒業。1981年、第4回PFFに『三月』で入選。映画『バタアシ金魚』(1990年)で監督デビュー。その他の作品に『きらきらひかる』(1992年)、『トイレの花子さん』(1995年)、『さよなら、クロ』(2003年)、第31回日本アカデミー賞で最優秀監督賞をはじめとする主要部門で5冠を獲得した『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』(2007年)、立川志の輔の新作落語が原作である『歓喜の歌』(2007年)などがある

映画『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』(2007年)は日本アカデミー賞最優秀作品賞・最優秀監督賞など主要5部門を受賞した。この作品を監督したのが松岡錠司。彼の最新作であるハートフル・コメディ『歓喜の歌』(2007年)のDVDが発売された。同名の落語を原作にしたというこの異色作品を監督した松岡錠司に話しを訊いた。

『歓喜の歌』は人気落語家・立川志の輔の同名落語を原作とした映画である。松岡監督は代表作『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』(2007年・以下、『東京タワー』)は言うまでもなく、これまでもデビュー作『バタアシ金魚』(1990年)以来、『きらきらひかる』(1992年)、『トイレの花子さん』(1995年)、『私たちの好きだったこと』(1997年)、『さよならクロ』(2003)、など、漫画、小説、実話、都市伝説と様々な「原作モノ」を映画化している。ある意味「原作映画化のエキスパート」とも呼べる松岡監督は、落語の映画化という難題にどのようにして取り組んだのだろうか?

松岡錠司(以下、松岡)「今回は、いい意味で成り行き任せ。これまでは、題材が自分の内で発酵してきてから、『監督しよう』と決心して動いたのですが、この作品は自分の心も定まらないままただ落語を観て面白かったから、『やろう』と思ったんです。ただ、最近、映画やドラマで流行の『落語をやっている人たちの姿を描く』という発想が僕の中にはなくて、あくまでも噺自体が面白いから監督したんです」

「たとえ落語を聴いて面白いと感じても、落語をそのまま映画にするのは、これまでの原作モノの映画化とは違う苦労があった」と松岡監督は語る。

松岡「原作があると言っても、一から創り上げなければならない部分も多かったですからね。元の噺は、やっぱり落語ならではの表現で、ほとんどが主役であるふたりの役人の視点から描かれている。それを映画として客観的に引いて成立させるには、ふたつのコーラスサークルのママさんたちの視点も必要でした。彼女たちのキャラクターを作りこんでいくのが、大変でしたね。家庭と仕事両立させながら生きている女性たち・ママさんたちの姿をしっかりと描くことが出来るかっていうのが、自分の中では挑戦だと感じました。ママさんコーラスの女性たちのキャラクターを作って、その人たちの生活水準とか、生活水準から生まれてくる物の考え方を作っていって、群像劇として成立するように、工夫したという感じです」

ふたつのコーラスグループを中心に、様々な人間模様が描かれる

松岡監督がこう語るように、『歓喜の歌』は多くの登場人物の視点から描かれる群像劇である。原作の登場人物の映画的再構成というだけでなく、松岡監督にとっては、もうひとつの大きなトライがあった。

松岡「この話は人情コメディなんだけど、自分の中で本格的なコメディっていうジャンルを取り上げたことが、実はないんです。落語を映画として成立させ、なおかつ笑いというものを自分が表現できるだろうかという挑戦もありましたね」

そんな監督の狙いは成功したといえるだろう。この映画を笑いで牽引する主人公は、小さな町の文化会館の主任である飯塚正。いい加減で優柔不断だが、どこか憎めないこの役人を演じたのは、『東京タワー』に続いて松岡作品に出演した小林薫(※『東京タワー』では主人公の父親役)。監督は俳優・小林薫にどんな想いがあるのだろうか?

松岡「あまり、これまでの作品では小林さんが見せてこなかった、笑いやユーモアのセンスを前作の『東京タワー』で僕は見つけちゃったんですよ(笑)。僕にとっての小林さんは、人間が持つおかしみ、滑稽さというものを、軽妙洒脱に演じることができるという印象があるんです。この作品はコメディですし、もう主役は小林さんしかいないと、早い段階から思っていました」

また、本作では、庶民的なママさんコーラスグループのリーダー・五十嵐純子役で、安田成美が6年振りにスクリーン復帰を果たしている。久々に銀幕に登場して、変わらぬ魅力的な姿を見せる安田について松岡監督はこう語る。

松岡「実は小林さんもそうなんですけど、安田さんとはこの作品の撮影に入る前、CMの仕事をしたんです。小林さんとはJRAのCMで、安田さんとは自動車のCMです。その時に接してみて、安田さんは非常にいい人生を歩んでいるような気がしたんです。人となりというか、ある種の落ち着きを感じました。この数年、集中して仕事をしてないにも関わらず、演技者としての雰囲気やオーラが保たれている。五十嵐純子役を考えた時に、主張するだけのリーダーでは、面白くないのです。主張する人たちが周りにいて、その中心で主導権を握ッている人は、実は空気のような存在なのだというイメージを純子役に想定したんですよ。これって、安田さんだったら上手く演じてくれるんじゃないかと思ったんです。まさに狙い通りでした」

久々のスクリーン復帰で、変わらぬ美しさと確かな演技を見せる安田

『歓喜の歌』では、主演の小林薫や安田成美だけでなく、伊藤淳史、由紀さおり、浅田美代子など、様々な役者たちが見事な演技を見せてくれる(コーラスグループのメンバーを演じるキャストたちは素晴らしい合唱も披露!)。この映画を松岡監督は、「若い人にこそ気楽に楽しんで欲しい」と語る。

松岡「本当にリラックスして観られる映画だと思うんですよ。気楽に観ていただきたい。ハマる人はハマると思います。この映画を観たら、原作の落語の方も見たくなると思いますし(笑)。この作品は世代を問わずに観られるものを目指しました。年齢が上の人向けのように思われる作品であることは十分承知してるんですけど、若い人こそ『2時間くらい付き合ってよ』って感じですね(笑)。2時間分、損はさせません!」