18年の実績を重ねてきたアートスコープが開催中だ

現代美術アーティストの支援・育成を目的に、ダイムラー・ファウンデーション・イン・ジャパン(DFJ)が行なっている文化・芸術支援活動「アート・スコープ」の今年度の支援作家作品を展示する『「アート・スコープ2007/2008」ー存在を見つめて』が原美術館(東京・品川)で開催されている。出展作家は日本からは加藤泉と照屋勇賢、ドイツからはエヴァ・テッペ、アスカン・ピンカーネルの4人。会期は8月31日まで。

「アート・スコープ」はドイツに本社を置く自動車メーカー、ダイムラーグループのダイムラー・ファウンデーション・イン・ジャパンが、企業メセナの一貫として行なっている文化・芸術支援活動だ。同プログラムは日本とドイツの若手現代美術作家をそれぞれが相互に派遣・招聘する形で行なうアーティスト・イン・レジデンスのエクスチェンジプログラムだ。派遣・招聘される作家は、それぞれの相手国に約3カ月滞在し、異文化の中でしか得られないさまざまな体験や日常生活で得たものを新たに創作活動に活かすというもの。その成果を展示するのが本展となる。プログラムを運営するのはNPO法人のアーツイニシアティブトウキョウ(AIT/エイト)。

主催のダイムラーの他に関連会社の三菱ふそうトラック・バスも協賛に名を連ねている

2007/2008年度の本プログラムでは、日本からは加藤泉(かとう・いずみ)と照屋勇賢(てるや・ゆうけん)がベルリンに、ドイツからはエヴァ・テッペとアスカン・ピンカーネルが東京に派遣された。原美術館は2003年より本プログラムのパートナーを務めており、この4人のアーティストの成果を展示している。加藤が彫刻と絵画、照屋はインスタレーション、テッペはビデオ、ピンカーネルはドローイングと、それぞれの表現スタイルは異なるが、個性派ぞろいの展覧会となった。なお、終了後にはベルリンのダイムラー・コンテンポラリー・アート・ギャラリーでも展示される予定だ。

日本から派遣された加藤泉は、2005年にニューヨークで行なわれた「リトルボーイ : 爆発する日本のポップカルチャー」で話題となり、昨年はヴェネチア・ビエンナーレへ出品するなど人気の高い作家のひとり。人物をモチーフに、プリミティブなイメージを持ちつつも、そこには収まりきらないような、力強く生命力に溢れた彫刻と絵画を制作している。

加藤泉氏

無題(2008年/木、アクリル、オイル、石)協力 : ARATANIURANO

(写真左)無題(2008年/カンヴァスに油彩/3点組のうち1点)協力 : ARATANIURANO

加藤は今回、夫人で画家の亀山尚子さんとお子さんの家族連れでドイツに滞在しており、「外国は子連れで行くのは大変だな、と思いました。交代で子守りをしたり、それなりにストレスもありましたが、楽しくいい経験ができました」と語っている。今回、ドイツでの滞在後に日本で制作したという加藤が本展に出展した作品には、これまでのように胎児を思わせるような絵画、彫刻作品ではあるが、明らかに男、女、子どもを組み合わせた家族を想起させるものが多く、なかには四つ足の男(?)が女と子どもを背に乗せた作品からは、十数年の作家生活の中で、いまもっとも脚光を浴びている加藤の家族への想いを感じさせる。ドイツでの生活は作品には直接の影響を与えなかったかもしれないが、なんらかの影響はあったのではないだろうか。

3人の親子にも見える油彩3点組。無題(2008年/カンヴァスに油彩)協力 : ARATANIURANO

こちらも3人の親子にも見える彫刻作品。無題(2008年/木、アクリル、オイル、鉄、石)協力 : ARATANIURANO

照屋勇賢氏

照屋勇賢は、トイレットペーパーの芯と森林、希少種の蝶の蛹と銃、といった自然と人間社会の対比を鋭い洞察力を持って表現したインスタレーションを制作する作家だ。横浜トリエンナーレ、アジア太平洋トリエンナーレと国際展に連続して参加しており、もっとも注目されている日本人作家といえる。

ベルリンが美しい季節に滞在したという照屋は、「街には、色々な、物事を考えよう、感じようとしようという心の動き、変化をもらったような気がします」とした。発表した作品はこれまでの照屋の作品に通じるものが多かった。なかでも印象的だったのが、照屋が2006年の「照屋勇賢――水に浮かぶ島」展で発表した作品では、放置自転車が入ったビニールハウスの中でオオゴマダラ(大胡麻斑/南西諸島に分布する 大型のマダラチョウ)が飛び回っていたが、今回は縦長の狭い空間に数本の包丁が壁に突き刺さっており、その包丁の柄にオオゴマダラの美しい金色の蛹がくっつき、そのうち数羽が羽化して飛び回っていた。

「Touch a Port」(2007年/松の小枝)

「Corner Forest」(2007年/トイレットペーパーの芯)

「Dawn(Seven Forests)」(2008年/包丁、蝶の蛹、接着剤)/オオゴマダラ

エヴァ・テッペ氏

ドイツから招聘されたエヴァ・テッペは、ドイツのカールスルーエ(メディアアートの研究所・美術館として知られるカールスルーエ・アート・アンド・メディア・センターがある)にあるデザイン・メディア・芸術大学の出身で、人間の知覚や認識の本質について、映像で表現するビデオアーティストだ。テッペの映像作品は既存の映像素材を加工することで生み出されているが、日本を訪れて初めて自らカメラをもって撮影した。また、8月に東京を訪れたテッペは、蝉の声に驚き、興味を持ち、あちこちの訪問先で蝉の抜け殻を集めた。さまざまなことに興味を持った日本での滞在だったが、残念ながら、今回はそうした体験は特に作品には反映されなかったようだ。

映像を操作することで、人間の持つ時間の認識に変化を与える作品が多いが、今回はあるスペインの祭りで行なわれた人間ピラミッドの映像を加工して制作した「The World is Everything that is the Case」(2003年)などを出展した。

「The World is Everything that is the Case」(2003年/ビデオ/2分23秒/音響 : ウルフ・ラングハイリッヒ)

アスカン・ピンカーネル氏

ドイツからのもうひとりの作家、アスカン・ピンカーネルは、建築などの対象を観察して、繊細で緻密なドローイングを制作する。ピンカーネルが描く対象は、住宅などの特に変哲のない建築物で、中には地下鉄の入り口などを描いているが、紙に黒鉛と墨の濃淡だけで正確に描かれたその光と影の美しさにおもわず見入ってしまう。今回、出展した作品はいずれも過去作で、来日して描いたものはなかったが、「日本にも描いてみたい建物はありました」と、ピンカーネルは語っている。また、滞在中に訪れた京都にも大いに興味を持ったということだった。

左 : 「ノルドヴァルド」、右 : 「ラインベック」(いずれも2005年/紙に黒鉛と墨)

美術館の美しい中庭にのぞむ部屋に展示されているピンカーネル作品

 本プログラムはダイムラー・ファウンデーション・イン・ジャパンが1991年から18年にわたって行なっている文化・芸術支援活動で、バブル景気の1990年代にスタートしたものだが、当時、バブルの原動力となった不動産関係の会社が、金に糸目を付けずに派手な企業メセナを進めていたが、バブル崩壊とともに、次々にそうした付け焼き刃な活動は終焉を迎えた。もちろん、規模は縮小され、あまり目立たない支援ではあっても、企業の芸術支援は続けられてはきたが、経済の"失われた10年"とともに企業メセナも冬の時代となった。そうした中、同社は「よき企業市民であれ」という企業理念に基づき、回をかさねるごとに内容を充実させつつ、本プログラムの支援し続けているのは、大いに評価すべき点と言えるだろう。

2月に森美術館でスイスの金融グループであるUBSのコレクションを紹介する「アートは心のためにある」が開催されるなど、企業が積極的に芸術との関わりを持とうとする流れが注目される傾向にある。こうした動きを日本の企業はどう見るのか、また、どのようなアクションを起こそうとしているのか、大いに興味のあるところだ。