趣味は読書に映画鑑賞、長所は優しいところ――。"自分は周りとは違う。凡人どもにほんとうの俺がわかってたまるか!"などと鼻の穴を膨らませながら息巻いたところで、大半の人間は、大人になればなるほど、無個性で凡庸な人物に落ち着いていくと思う。でも、過去を丹念に辿ればどんな人にだって、自分にだって、かけがえのない大切な思い出があったのだ。間もなく公開される映画『グミ・チョコレート・パイン』には、そんな心地いい青臭さがある。

クラスに馴染めず、教室では存在感のない高校時代の主人公・賢三は、クラスメートの美甘子に恋をしていた。友達が多く、常に話の輪の中にいる彼女に対して、賢三ができるのは遠くから見つめることだけだった

物語は、どこにでもあるような駅前ロータリーを中心にこじんまりと広がる住宅街を、ひとりの男性がとぼとぼと歩くシーンで幕を開ける。舞台は2007年の東京郊外。会社をクビになり実家に戻った大橋賢三(大森南朋)は、一通の手紙を見つける。「あなたのせいなのだから」。当時、淡い恋心を抱いていた美甘子(黒川芽以)から届いた手紙に書かれていた、自分に突きつけられた言葉。その意味を探るために、37歳となった賢三は自身の高校時代に思いを馳せていく。"自分には人とは違う何かがあるはず!"と根拠もなく思い込めていたあの頃に……。

高校時代の賢三を演じるのは、ジュノン・スーパーボーイコンテスト出身の若手俳優、石田卓也。元々かなりの美男子である彼は、カッコ悪い高校生役をこなすために8kgも太るという小憎らしい役者魂を発揮。おニャン子クラブを聞きながら、自部屋をのぞく母親に気づかないほど夢中になって自慰行為に耽る10代男子のあるべき姿を、リアリティたっぷりに表現してくれた。

恋焦がれる美甘子のブルマをひょんなことから入手した賢三。となるとやることはひとつのはずだが……。良心というよりプライドが邪魔をし、なかなか行動に移せないところが高校生ならでは。

ところでみなさん、自分の女々しさは好きですか? わたくしは大好きであります。充分な睡眠時間を取り、朝飯を美味しくいただき、普段通り元気に家を出ても、他人様、特に好意を寄せる女性に構ってもらうためならと、途端に気だるそうに振る舞い「元気ないじゃん、何かあったの?」と話しかけられるのを待つ。そんな愚かで女々しい青春時代の自分が、もちろん赤面はしておりますが、愛しくてたまりません。そんなわたくしですら、その頃に戻りたいかというと、ねえ……?

賢三の趣味は、昼食代を切り詰めるほどのめり込んでいる名画座通い。が、いつものように訪れた映画館には、なぜか美甘子が! 実は、美甘子もマニアックな旧作映画がだいすきだったのだ。この日を機にふたりは急接近し、悶々とするばかりだった賢三の毎日に変化が起きる

いや、過去に戻ってやり直したいことは腐るほどある。なんだかな~と思いながら毎日を過ごしている現状に満足しているわけでもない。でも、その冴えない青春時代と現在との間に確固たる負のつながりを見つけてしまうのは、やっぱり怖いのだ。あの頃があって今がこんなだなんて、思いたくないじゃない。だからこそ、賢三の行為を見守りたい。なりたくもないのに大人になってしまったけれど、そんなに悪いものじゃないし、無為だったと決めつけてしまっている青春時代にだって、夢中になれることがあって、当時の同級生と会えば、会話にぎこちなさはあるけれど、同じことで笑えると、思わせてくれるはずだから。なんてことを考える自分が、やっぱり好きだな~。

何もしない日々から抜け出そうと、山之上和豊(柄本佑)、小久保多久夫(金井勇太)、川本良也(森岡龍)たちとバンドを結成。初ライブに向け、意気込むと同時に尻込みもしてしまう

最後に、何よりもうれしい情報をいくつか。本作の原作は、1993年に大槻ケンヂが発表した小説『グミ・チョコレート・パイン』。新たな読者を獲得し続けている、永遠の"青春のバイブル"だ。それを映画化するにあたってメガホンを取ったのは、大槻ケンジたっての指名を受けたケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)。そして、エンディング曲には、電気グルーヴが本作のために書き下ろした約8年ぶりの新曲を起用。そう、伝説のインディーズレーベル、ナゴム・レコードを牽引していた彼らが、劇的ではなく、ごくごく自然に再会を果たしたのだ。彼らの活動を、情報の少ない地方にいながら懸命に追いかけていたわたくしとしては、それだけで劇場に足を運ぶ価値はあると、声を大にして言いたい。

美甘子を家まで送る途中で突然、訪れた告白チャンス! このときに取った行動が21年後の賢三を悩ませることになる

作品情報

キャスト : 石田卓也・黒川芽以・柄本佑・金井勇太・森岡龍・マギー・甲本雅裕・大森南朋ほか
監督・脚本 : ケラリーノ・サンドロヴィッチ
原作 : 大槻ケンヂ(『グミ・チョコレート・パイン』角川文庫 刊)
テーマ曲 : 電気グルーヴ(Ki/oon Records)
配給 : 東京テアトル

12月22日 テアトル新宿、新春 テアトル梅田他にてほかにて全国順次ロードショー

(C)2007「グミ・チョコレート・パイン」製作委員会