歯の健康は人間にとって基本である「食べる」という行為に直接結びつく。歯をおろそかにしていると、虫歯や歯周病に冒されて大きなダメージを受ける。しかも、一度失われた歯は二度と戻らない。そんな歯の重要性について、写真やイラスト、ビデオ、パソコンなどを駆使して、ビジュアル的に患者に解説し、自ら支援ツールの開発に携わっている新潟市のわしざわ歯科大学前クリニック院長、鷲沢直也先生に話を聞いた。

歯周病は自覚症状がないから怖い

「歯周病のひどい人だと1年に10本もの歯を失った人もいる。一度失った歯は二度と取り戻せない」と語るのは新潟大学の近隣に立地する「わしざわ歯科大学前クリニック」院長、鷲沢直也先生。歯周病は、歯と歯ぐきの間にバイオフィルムと呼ばれる虫歯菌や歯周病菌のかたまりができ、歯ぐきが赤く腫れだし、ついには、歯と歯ぐきのつなぎ目や歯を支えている骨が破壊されてしまう病気だ。歯周病を放置しておくと、歯を支えている骨がなくなってしまい、歯が抜けてしまう。ミドルエイジにとって気をつけないといけない病気の一つでもある。

「歯周病は俗に『サイレント・ディシーズ(静かなる病)』とも言われ、虫歯のような"痛み"という自覚症状がありません。女性は30歳前半、男性は40歳前半から歯周病のリスクが高くなります。これはちょうど厄年にあたる年齢です。しかし、症状がないために放置され、気がついたら大変な事になっていた、という例も決して少なくはないのです」と鷲沢先生は語る。

特に危ないのが、虫歯がない人だ。虫歯が多い人はいつも歯医者に通っているため早期に歯周病が発見できるチャンスがある。しかし、虫歯がなければ歯医者に行かないので、どうしても発見が遅れてしまう、というわけだ。

虫歯のような"痛み"という自覚症状がない歯周病は俗に『サイレント・ディシーズ(静かなる病)』とも言われる

歯周病が進行すると、歯茎(歯肉)の下にある歯を支えている骨(歯槽骨)が破壊される。ひどい人だと1年に10本もの歯を失った人もいるという。写真は「歯の健康ガイド」(砂書房)より。作:鷲沢直也 イラスト:二階堂聰明

歯医者は痛くなったら行くところ、ではない

恐らく歯医者が好きだ! という人は少ないだろう。筆者にとって歯医者は「痛くなってから行くところ」だった。虫歯は急にできるものではなく、ゆっくりと進行する。日頃のオーラルケアを欠かさず、定期的に歯医者で検診を行っていれば、常に健康な歯を維持でき、痛い思いをしなくて済むはずだ。だが、現実は筆者と同様、「痛くなってから来る人が多い」と鷲沢先生は語る。

新潟市のわしざわ歯科大学前クリニック院長、鷲沢直也先生。昭和1974年4月、新潟大学歯学部入学。大学卒業後、7年半の勤務医生活を経て、現在地にてわしざわ歯科大学前クリニックを開業。自ら支援ツールの開発に携わる

このクリニックには、歯痛で悩む数多くの大学生が訪れる。「ウチに来る患者さんの7割は大学生で、典型的なパターンは『歯と歯の間に虫歯がある』というものです。中学、高校と進学して歯科検診がなくなり、受験勉強に突入してしまうと歯医者には行かなくなり、そのまま大学へ入学します。このあたりで隠れていた虫歯の問題が顕著化するわけです」と鷲沢先生は語る。

特に、奥歯と奥歯の間にできた虫歯は、大会場で行う歯科集団検診では発見しにくい。鷲沢先生の元にやってくる大学生の多くが、奥歯に隠れていた虫歯が痛みだし、治療段階に入るケースが多いという。

鷲沢先生は年齢と虫歯の関係について「人間の1番目の奥歯が生えるのは小学校に入学する6歳頃、第2の奥歯が生えるのは12歳、つまり中学入学の頃です。さらに親知らずと呼ばれる第3の奥歯は18歳の大学生の頃に生えてきます。このように、中学、高校、大学という人生の節目とちょうど同じで、このことを頭に入れて定期的な歯の健康診断を行うといいでしょう」と語る。

これが健康な状態の歯

虫歯が進行すると、痛みを感じる神経そのものが壊死してしまう。写真は「歯の健康ガイド」(砂書房)より。作:鷲沢直也 イラスト:二階堂聰明

患者への説明の重要性を重視

このような状況を歯科医師としてどうするべきか。少なくとも、患者さんが「知らなかった」「手遅れだった」という状況を作らないようにするには、歯の健康に関する様々な情報をわかりやすく伝える必要がある、と先生は考えた。これまでに来院した延べ1,1324人の患者の歯の詳細な情報をデータ化し、コンピュータを使ってわかりやすく解説する、という試みが始まったのだ。

「この10~15年で、歯科治療の現場では患者に対する説明の重要性が強まってきました。今、自分の歯がどのような状態で、どう対処していけばいいのか、といった説明は、患者にとって極めて重要な事で、継続的な歯の健康維持に貢献します」と先生は言う。

歯科治療の現場では、患者に対する説明の重要性が強まってきている。わしざわ歯科大学前クリニックでは、説明をする部屋が設けられ、鷲沢先生が書籍やパソコンを使ってわかりやすく説明してくれる

だが、先生にとって、ただ説明すればいいのではなく、どうやって「わかりやすく」解説するか、が問題だった。言葉だけで説明しても、患者にはなかなか自分の歯の状況をイメージしにくい。しかし、写真やイラスト、ビデオなどを駆使し、ビジュアルに説明できれば、明快に、しかも深く理解してもらえる。先生のIT化の取り組みはここから始まった。

FileMakerを使ったオリジナルシステムを構築

診察室の一角にはPCが設置され、FileMakerのサーバから呼び出された患者の歯の状態が画像、ビデオを含んだ詳細なデータで表示される。先生が自作した歯の並びのイラストもわかりやすく、現在の状況→悪化した場合、などのシミュレーションも簡単にできる。

先生が自作した歯の並びのイラストもわかりやすく、現在の状況→悪化した場合、などのシミュレーションも簡単にできる

このシステム構築のきっかけとなったのは「Macintosh Centris 650」というパソコンとの出会いだった。先生が偶然にも6万6,000色、つまりフルカラーの映像を映し出していたCentris 650を見て「これだ!」と思ったそうだ。当時DOS / Vマシンでは16色表示が限界で、グラフィック性能は非常に低かった。

「写真が誰の目に見てもきれいに表示できるのは、さすがはMacだと思い感銘を受けました。最初DOS / Vでシステムを作ろうと考えていたのですが、Centris 650を見て考えが変わりました。高価なグラフィックカードも揃え、総額250万円も投資しましたが、その価値はあると思いました」

特に、FileMakerは、現在のシステムを支える中心的な存在だ。先生は「FileMakerは画像管理が行いやすく、しかもプロのエンジニアでなくても比較的簡単に構築できます。拡張性も高く、このシステムはFileMakerなしには成り立たなかったと思います」と語る。

この先生の取り組みを聞いた地元の歯科医師会からは、歯科IT化に関する講演のオファーが殺到し、今では、日本全国各地を年20回のペースで講演や指導に駆け回る日々だ。また、この取り組みは銀座のアップルストアで開催された「第8回 FileMaker Fun Night」でのイベントで大々的に披露された。

先生はまた、歯科医院向けのビジネスブログ推進の仕事も開始し、全国の歯科医師のIT化推進に向けた取り組みは一層佳境に入っているようだ。全国の歯科医師のために、そして患者のためにー鷲沢先生の挑戦はまだまだ続く。