日立製作所は、都市インフラの状態や災害の前兆を、宇宙から立体的かつ高精度にとらえる技術を開発し、衛星搭載に向けた原理検証を成功させたと9月2日に発表した。今後、屋外での技術実証を進めながらパートナー企業や学術機関と連携し、社会実装へつなげていく。

  • 「構造化電波」の実証衛星イメージ。日立としては、衛星本体そのものの開発ではなく、衛星に載せるミッションペイロードにこの技術を提供する方針だ

    「構造化電波」の実証衛星イメージ。日立としては、衛星本体そのものの開発ではなく、衛星に載せるミッションペイロードにこの技術を提供する方針だ

  • 「構造化電波」を所定の方向へ放射する技術の概要と、衛星への搭載を想定したアンテナ構成による検証のイメージ

    「構造化電波」を所定の方向へ放射する技術の概要と、衛星への搭載を想定したアンテナ構成による検証のイメージ

日立は、「構造化電波」と呼称する観測用電波の研究開発を独自に進めており、これまでは難しかった「大気情報と地表物体の3次元分布の同時把握」をめざしている。

構造化電波とは、偏波状態や位相、周波数といった自由度を制御して作り上げた電波のこと。今回は渦状の波面の重ね合わせで電波の広がりを抑え、ねらった方向へ集中させる高い指向性を持たせながら放射する技術を開発。衛星への搭載を想定したアンテナ構成により、波面構造(電波が空間を伝わる際の波の面の形や位相の分布)を維持したまま、高指向性放射ができることを確認したという。

  • 日立が9月2日に開催した記者会見で展示していた、人工衛星の模型

    日立が9月2日に開催した記者会見で展示していた、人工衛星の模型

  • 日立独自の構造化電波のイメージ

    日立独自の構造化電波のイメージ

この技術を活用し、地球観測に必要な電波強度を確保することで、全天候・24時間の広域観測によって、小さな変化を早期に捉えられるようにする。そして、災害監視やインフラ管理における迅速かつ的確な意思決定や、事後対応から予防・予知保全への転換を支援していく。

同社では事業展開ロードマップとして、2026年以降に電波暗室や地上屋外での送受信技術を確立し、基礎技術を検証。2028年からは、航空機を用いた実証実験(PoC)を始め、宇宙空間を見据えた実フィールドでの技術検証を行い、2030年頃からは航空機での商用データサービスを開始し、地球観測データ市場への本格参入をめざす。人工衛星による宇宙空間での本格展開は2033年頃、衛星を活用した地球観測ビジネスは2035年頃を見込むとのこと。

なお、同社はこの成果の一部を、自社イベント「Hitachi Social Innovation Forum 2026 JAPAN」(会期:9月3〜4日、会場:東京国際フォーラム)に出展する。

  • 事業展開ロードマップ

    事業展開ロードマップ

背景と課題

気候変動によって自然災害が激しさを増し、都市インフラの老朽化も進むなか、鉄道や送電網、道路といった広域にわたる社会インフラの状態を継続的に把握し、異常の兆候を早期に捉える重要性が高まっている。

被害の拡大を未然に防ぐには、小さな変化を事前に捉え、予兆の段階で手を打つ必要がある。しかし、人工衛星を使った従来の地球観測は気象の影響を受けやすく、人工物や自然物が重なって対象を見分けにくいといった課題もあり、これまでは事象発生後の被害状況の把握と復旧が中心だった。

地上での点検やセンサー計測といった手法は、個別設備の詳細な把握に有効だが、一方で広範囲を継続的に把握するには時間や人手がかかる。地上での詳細な計測と広域観測を組み合わせ、重点的に対策を検討していくための手段のひとつとして、宇宙からの効率的な観測技術が求められてきた。

  • 構造化電波を利用した地球観測のイメージ

    構造化電波を利用した地球観測のイメージ

こうした社会課題に対応するため、日立では構造化電波技術の開発を進めており、2025年8月には音波を用いた原理検証により、物体の形状・動きといった複数の特徴を取得できる可能性を示した。

  • 従来の平面波(左図)と、今回開発した構造化電波(右図)の比較(緑色:波面、矢印:電界ベクトル、右端のカラーマップ:電界の正負の振幅)。2025年のニュースリリースより引用

    従来の平面波(左図)と、今回開発した構造化電波(右図)の比較(緑色:波面、矢印:電界ベクトル、右端のカラーマップ:電界の正負の振幅)。2025年のニュースリリースより引用

この成果をさらに高精度化し、宇宙から高さ方向の情報を含む3次元観測に活用するには、電波を地上に十分な強度で届けることが必要になる。人工衛星の円形アレイアンテナ(複数のアンテナ素子を円形に配置し、渦状の位相構造を持つ電波を生成するためのアンテナ)のみを用いた従来方式は電波が広がりやすく、強度の維持が難しいため、特徴に関する情報を安定して取得するには、観測に必要な強度を確保できる放射方式の実現が課題となっていた。

課題を解決するために開発した技術の特長

日立が今回開発した技術の特長は以下の通り。

  1. 高さ方向の情報を含む3次元観測に寄与する「構造化電波」を安定して生成する基盤技術
  2. 宇宙から地上へ必要な強度で「構造化電波」を届ける宇宙用アンテナ構成

構造化電波を安定して生成する基盤技術

円形アレイアンテナを構成する複数のアンテナ素子の位相を制御し、構造化電波の特長を持つ渦状の位相構造を安定して生成できることを確認。これにより、高さ方向の情報に加え、物体の形状や動きも捉える高精度な3次元観測への応用が期待できるとする。

構造化電波を宇宙から地上へ届けるアンテナ構成

同社の基盤技術を用いて生成した構造化電波を、オフセットパラボラアンテナで反射させることで、円形アレイアンテナのみを用いた方式と比べて、波面構造を維持したままビーム発散角を低減し、高い指向性で放射できることを確認した。

オフセットパラボラアンテナとは、放物面反射鏡の一部を主軸からずらして用いる反射型アンテナのこと。アンテナ面に備えた給電部によって電波がさえぎられてしまう問題を防ぎながら、所定の方向へ集中的に放射するために用いる。衛星搭載時には展開型の反射鏡として構成することも可能だという。

ビーム発散角は、アンテナなどから放射された電波や光が進むにつれ、どれだけ広がるかを示す角度のことで、この角度が小さいほど、ビームが遠くまで所定の方向に進みやすい性質を持つとされる。

日立では、電気や磁気の広がり方や相互作用をコンピューター上で再現・解析する電磁界シミュレーションを行ったところ、ビーム発散角を29度から6度まで低減し、電波暗室内での実験においても約6度となる同様の結果が得られたと説明。このシミュレーションでは、円形アレイアンテナとオフセットパラボラアンテナを組み合わせ、放射される電波の広がり方や強さ、位相の分布などを2.4GHzの周波数を使用する条件で評価したという。

これにより、衛星搭載を想定したアンテナ構成の妥当性を確認。宇宙から地上を観測するときに必要となる強度の確保に向けた見通しが得られたとしている。