Webサイトの閲覧やECサイトでの買い物のとき、なにかに同意しないと先に進めなかったり、一度だけ購入しようとしたものが定期購入になっていたりした経験はないでしょうか? 近年、犯罪ではないけれども消費者を困らせるグレーゾーンのトラブルが増加しています。ユーザーに意図しない決断や購入を促し、不利益を強いるこうした手法は「ダークパターン」と呼ばれています。
ダークパターンの問題から消費者や企業を守り、インターネットの健全な発展を促す目的で、2024年に一般社団法人ダークパターン対策協会が設立されました。協会ではダークパターンについて啓蒙を広げるとともに、ダークパターンを用いていないWebサイトを審査して認定する「NDD認定制度」の運営が行われます。2025年7月から事業者による自己審査が可能となり、10月から認定審査を開始する予定です。今回は一般社団法人 ダークパターン対策協会 事務局長の石村卓也氏に、ダークパターンの脅威と対策としてのNDD認定制度について話を聞きました。
――ダークパターンの危険性や対策を啓蒙する協会の立場から、改めてダークパターンとは何なのか、具体例を挙げて教えてください。
石村氏:Webサイトの閲覧やECサイトの利用時に、ユーザーに不利益をもたらしたり、不快感を与えたりするグレーゾーンの手法を我々はダークパターンと呼んでいます。ダークパターンにはいろいろな種類があります。
『隠された定期購入(Hidden subscription)』と呼ばれるパターンは、名前から想像しやすいと思います。たとえば1回限りの購入のつもりで決済したのに実際は定期購入で決済したことになっていて、ユーザーは2回目以降の商品が送られてきて初めて被害に気が付くというものです。ユーザーに定期購入であることを通知していなかったり、規約の分かりにくいところに1年契約などと書かれていたりするケースもあります。
『解約が困難(Hard to cancel)』も文字通りで、一度申し込むと解約する場所や手順がわかりにくいケースです。『隠された定期購入』とコンボで使われることが多いです。たとえばサブスクリプションサービスで、契約は簡単なのに解約はコールセンターに電話しないとできなかったり、その電話もなかなかつながらなかったり、受付時間が短かったりで、ユーザーに解約を諦めさせようとします。月額料金が小額ならばなおさらユーザーは泣き寝入りしがちです。
『こっそり(Sneaking)』は、たとえば追加で発生するコストをユーザーにわかりづらくして、ユーザーが望まない、企業に有利なオプションを付けるといったもの。決済直前にカートへ追加され、ユーザーがうっかりそのまま購入することを狙っています。
これには価格表示が税込みなのか税別なのかがはっきりしないまま進んで、最終確認画面で初めて税別だったことをユーザーに示したり、説明されていない手数料が追加されたりといったケースも含まれます。決済時に思っていたより金額が上がりますが、その画面にたどり着くまでに個人情報を入力したり、メールアカウントの正確性をチェックさせられたりで相応に時間を費やしているため、このくらいの金額なら仕方がないとユーザーが諦めてしまうのを期待しています。
『偽りの緊急性(Fake urgency)』は、偽のカウントダウンタイマーなどを設置するパターンです。セールの終了までの時間や商品の在庫が残り少ないことを示し、ユーザーを焦らせて購入に誘導します。本当に在庫が少ないのであれば有益な情報になる場合もありますが、実際の在庫と関係なく在庫表示をカウントダウンし、ゼロになってもタイマーがリセットされて再びカウントダウンが始まるだけの場合もあり、これは悪質と言えます。
ECサイトを構築するためのツールに、この偽のカウントダウンタイマーが手軽に使えるオプションとして備わっているケースもあって、企業側が深く考えず使っていることもあります。
他にもさまざまなパターンがありますが、代表的なものはこのあたりです。これらを見る上で注意しなければならないのは、本当の情報なら有益なこともある点です。
航空券の残り座席や宿泊施設の空き状況などはユーザーが気にする情報です。このため、一概にダークパターンと言い切れません。問題はこれらの情報が外部から本当なのか嘘なのか簡単にはわからない点です。なお、本当の情報であっても、消費者を過度に煽って誘導する場合はダークパターンにあたると我々は考えています。
――誰でもネットを使っていると一度や二度は経験したことがありそうな話ですね。石村さんも何か経験はありますか?
石村氏:私自身の経験談としては、家族旅行のために航空券を予約しようとして、決済直前に妙に高額な手数料が表示されたため、ほかのサイトへ切り替えたということがありました。自分の分ではなく家族全員分を手配したため、総額で1万円くらい違っていて気付くことができました。金銭的な被害にはなりませんでしたが、確認のためにあちこち調べたので1時間くらいは時間を無駄してしまいましたね。
このように、ダークパターンでは金銭的な被害だけでなく、時間を奪われる被害や、騙されたというショックによる心理的な被害もあります。
時間を奪うケースの中には、動画の無限再生なども含まれます。消費者が自分で再生を選択していれば、つい見すぎて時間を費やしてしまっても、それは消費者の責任だと思いがちです。
しかし、消費者の注目や関心を集めて経済的価値として取引につなげる経済モデルは『アテンション・エコノミー』とも呼ばれていて、企業が消費者の興味関心をダークパターンの手口で誘導することで利益につなげるケースもあるのです。
このようにダークパターンは多種多様で、我々が実施したアンケートを分析した結果、ダークパターンによる国内の被害総額は年間1兆円を超えると推計されています。
――ダークパターンにはいろいろな例があり、誰しも経験する可能性のある問題だということがわかりますね。消費者はどのような対策を取るのが有効でしょうか。
石村氏:基本は画面をしっかり確認することです。特に決済画面は認識していたものと条件が違わないか確認する習慣を身に着けましょう。さらに、規約、価格、商品の個数、サブスクリプションの期間、支払い時期、引き渡し時期、解約方法と解約時の手数料などを確認しましょう。項目が多いと大変ですが、その気持ちに付け入るのがダークパターンです。
画面のスクリーンショットを残すのも有効です。申し込みの取り消しが可能な場合もあり、スクリーンショットは消費生活センターなどへ相談するときに役立ちます。
また、初めて利用するECサイトでは解約の手続き方法をあらかじめ確認しておくのも有効です。そのサイトが信頼できる優良なサイトなのか、そう装っている悪質なサイトなのか、エンドユーザーが確かめることは簡単ではありません。解約方法が詳しく書かれていないサイトは警戒したほうが良いと思います。
特に緊急性や希少性をうたうメッセージを見て購入に進んでいる場合、決済の前に本当に決済して良いのか、購入や申込みの必要があるのか一旦立ち止まって再考しましょう。本当に急いで申し込まなければならないケースは、実際のところあまりないはずです。
ほかには、ダークパターンの手口を知っておくことも有効です。ダークパターンのサイトに遭遇した時に、違和感を覚えても手口を知らないと見過ごしてしまいがちです。手口を知っていれば『これはダークパターンじゃないだろうか』と早い段階で気が付いて警戒できます。
――NDD認定制度とダークパターン対策ガイドラインの内容や目的を教えてください。
石村氏:私が所属するダークパターン対策協会は、ダークパターンの現状を憂慮した業界の有志が集まり、2024年に設立しました。ダークパターンの危険性を世に訴えると共に、実効性のある対策として、NDD認定制度とダークパターン対策ガイドラインを2025年1月30日に制定。ガイドラインは4月22日にVer1.1にアップデートしました。7月から事業者による自己審査が可能となり、審査認定は10月からスタートする予定です。
ダークパターンはまだ認知の始まったばかりの概念であり、新しい手口が出てくるたびに対応していかなければならないものなので、定期的に内容の見直しが図られます。また、この制度を普及させながら審査の範囲を広げていく方針も立てています。
NDD認定制度における、NDDの言葉については少し説明が必要かと思います。ダークパターンという言葉は、2010年にイギリスのユーザーエクスペリエンス(UX)の専門家であるハリー・ブリヌル(Harry Brignull)氏によって提唱されました。しかし、欧米ではダークパターンのことを近年『Deceptive Patterns』や『Deceptive Design』と呼ぶようになってきています。
Deceptiveは「欺瞞的」や「ずるい・欺く」といった意味ですが、あまり日本人に馴染みのない単語です。当協会では言葉の流通のしやすさを考えてダークパターンの表現を引き続き使い続けつつ、認定制度においては国際的な流通も見据えて、Non-Deceptive Designの略である『NDD認定制度』の名称を用いることにしました。
ダークパターン対策協会は、ダークパターンから消費者を守りたいという理念と同時に、誠実に活動する企業を守りたいとの意志も持っています。現状では消費者のことを考えてきちんとダークパターンを避けて運用している企業が、悪意や過失でダークパターンを用いる企業に不公平な競争を強いられているということです。誠実な企業の敗北は最終的には消費者の不利益につながります。このような正直者が馬鹿を見る状態を是正したいとの思いがあるのです。
NDD認定制度は、対象のWebサイトがダークパターンを用いていないことを厳正な審査によって認め、NDD認定マークを付与して当該サイトへの掲示を求めるものです。
ダークパターン対策ガイドラインは、故意でダークパターンを用いている悪質なWebサイトはもちろん、消費者を騙すつもりはないけれど過失で使っているWebサイトや消費者に誤解を招く説明になっているWebサイトなどが、どのように是正するのが望ましいか定めた指標です。NDD認定制度はこの対策ガイドラインを基準に審査します。
――消費者がこのNDD認定制度によって得られる具体的なメリットについて教えてください。
石村氏:もっとも大きなメリットは、消費者がインターネットで安心して買い物をしたり、サービスを利用したりできるようになることです。NDD認証のマークは誠実さの証拠です。NDD認定を取得している企業は、一定の審査を受けて認められた安心できるWebサイトを運営しており、それを示す指標がNDD認定マークです。消費者にとっては信頼できる企業を判断する材料になります。
石村氏:こちらがNDD認定マークです。信頼性を高める工夫として、マークにはブロンズ、シルバー、ゴールドの3種類を用意します。厳格な審査をクリアしたサイトには初年度はブロンズのマークが付与されます。
毎年の更新をクリアし、継続してダークパターンではないと担保していきます。2年連続でクリアすればシルバーのマークが付与され、3年連続でクリアすればゴールドのマークが付与されます。認定された年数が長いほど信頼性が高まるのは言うまでもありません。
NDD認定マークは、ECサイトならば購入前の最終確認画面にしっかり掲示するように決めており、消費者の目に留まるようになっています。
そしてこれらのNDD認定マークは、改ざんしにくいように設計しました。マークをクリックするとダークパターン対策協会のサーバーに接続し、認証情報を参照して偽物のマークではないことを証明します。認定番号は協会が公開しているため、消費者が自分で情報をすり合わせて確認できます。
偽物のマークを作る側が偽のサーバーを用意するなど大掛かりなことをすれば、偽装も不可能ではないでしょう。しかし、一段階改ざんしにくい形と言えるはずです。
――今後、NDD認定制度やダークパターン対策ガイドラインの更なる展望について、どのようにお考えでしょうか?
石村氏:NDD認定制度を全国に広げるため、普及活動に注力します。先日、対策ガイドラインとして、Ver1.1を出しました。Ver2.0に向けて引き続き、議論していく所存です。
Ver1.1ではステルスマーケティングへの言及、隠された情報への対応の修正、購入前最終確認画面の問題点の指摘、解約しづらい問題への追記、規約の要約の重要性の推奨などが盛り込まれたほか、ガイドラインを見やすくブラッシュアップしました。
個人情報の取り扱い、商品・サービス説明画面で用いられるダークパターンは、すでにVer1.1で取り上げていますが審査対象になっていません。次のVer2.0ではこれらが審査対象に引き上げられる予定です。
ちなみにVer1.0を公開してからVer1.1に更新するまでの間にWebサイトで意見を公募しました。寄せられた中では、『解約しづらい』を審査対象にしてほしいという意見が多かったです。
しかし、『解約しづらい』は審査が難しいので慎重に進めています。解約方法が同じでも人によってそれほど迷わなかったり、迷ってもストレスの感じ方に差があったりして、ここからはアウトだという線引きが困難です。審査員によって判定に違いが出る余地があってはいけません。審査の仕方を検討する必要があります。それでも、遅くとも2年以内には審査対象にしたいと考えています。
――ありがとうございました。
ダークパターンを使うWebサイトは短期的には儲かっても、中長期的には信用を失って淘汰されていくと考えるのが自然です。しかし、それすら織り込んで手を変え品を変え、サイトのデザインやURLまで頻繁に変更しながら被害を拡大していく迷惑なサイトもあります。成り行き任せではいたちごっこを繰り返しながら、少しずつ良くない方向へ進んでしまうことが考えられます。
石村氏はダークパターン対策を啓蒙する中で「正直にやってなんの得があるのか」と否定的な反応をする企業にも出会ったと言います。「慈善事業じゃないのだから、法律に違反していなければ儲かったほうが良いじゃないか」と考える企業にとっては、手間を強いられるだけではなかなか賛同されません。
「認定制度が普及することで消費者が正しい選択を行え、安心してネット取引ができるようになります。また誠実に対応している企業が正当に消費者に評価されるようになります。」と力を込めて語る石村氏の言葉からは、消費者被害を減らし、安心・安全の社会にしたいという強い意志が伝わってきます。
情報に対する感度の高さを示すためにも、企業にはぜひ早期に認定を受け、消費者がダークパターンを心配せずに済むネット社会を実現してほしいと感じました。
[PR]提供:一般社団法人 ダークパターン対策協会