1. 高性能車はレースからフィードバックしたエンジンを搭載
・DOHC747cc過給機付きエンジン「ダットサンレーシングカー」
・2.0L直6エンジン「スカイライン2000GT」
・直6DOHCS20型エンジン「スカイライン GT-R」
・RB26DETTエンジン
・VR30DDTTエンジン
・VR38DETTエンジン
2. 時代の変化とともに - GT-Rからパトロールへ
・VR35DDTTエンジン
3. ライバルに圧倒的な性能差を見せつけた!
4. フラッグシップとしての日本発売を熱望
クルマ好きにとって日産自動車といえば、1960年代後半のレースシーンで勝利を重ねたスカイラインGT-Rが搭載していたS20型エンジンや、1990年代のグループAレースで活躍したR32GT-Rが搭載していたRB26型エンジンなど、直列6気筒エンジンを思い起こす人が多いだろう。
しかし時代とともにエンジンのコンパクト化と軽量化、運動性能、安全性能、燃費性能のアップ、さらにFF、FR、4WDなど多彩な駆動方式に対応するため、1994年にV型6気筒エンジン、いわゆるVQ型エンジンが、直6のRBエンジンに取って代わって日産の主力エンジンとなった。
軽量アルミブロックを使用したV6 DOHCのVQエンジンは、
・軽快なアクセルレスポンスと高回転までスムーズに回る特性とともに心地よい排気音を奏でることで、スポーツカーなどにもピッタリ
・VVTと直噴システムを採用したことで低燃費
ということで、セダンや、スポーツカー、SUVなど幅広いモデルに採用されている。その高性能の証として、米国で最も人気の高い「10ベストエンジン賞」を14年連続で獲得している。
このエンジンは1994年に稼働を開始して昨年30周年を迎えた日産いわき工場で製造され続けてきた。
高性能車はレースからフィードバックしたエンジンを搭載
せっかくなので、もう少し日産エンジンとレースの歴史についてお付き合いいただきたい。なぜなら、日産の高性能車にはレースからフィードバックした技術を搭載したモデルが多いからだ。
DOHC747cc過給機付きエンジン「ダットサンレーシングカー」
日産が参戦した自動車レースといえば、昔々の戦前に遡って1936年(昭和11年)に「多摩川スピードウェイ」(当時多摩川の河川敷にあった)で開催された全国自動車競走大会がある。第1回のレースでライバル(オオタ自動車)に敗れた日産は、同年に行われた第2回にDOHC747cc過給機付きエンジンを搭載したハイパフォーマンスのダットサンレーシングカーを送り込み、雪辱を果たしている。
2.0L直6エンジン「スカイライン2000GT」
1960年代になると、本格的レースコースである鈴鹿サーキットや富士スピードウェイが完成し、そこを舞台に自動車各社がワークスチームとして参戦して覇を競うようになる。1964年に鈴鹿で開催された第2回日本グランプリでは、四角いセダンのノーズにグロリア用2.0L直6エンジン(G7型)を押し込んで生沢徹が駆った「スカイライン2000GT」(S54型)が式場壮吉の「ポルシェ904」レーシングカーをヘアピンで抜き去り、わずか一周だけトップを走行したことで、“スカイライン伝説”の始まりという歴史を作っている。
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1964年に鈴鹿サーキットで開催された第2回日本グランプリでの、“スカイライン伝説”の始まりのシーン。生沢徹が駆る四角いセダンの「スカイライン GT」(S54)が式場壮吉の「ポルシェ 904」レーシングカーを従え、わずか一周だけトップを走行した
このモデルをベースに翌年にはカタログモデルとしての「スカイライン2000GT」が誕生し、“スカG”という愛称で呼ばれるようになったのだ。
直6DOHCS20型エンジン「スカイライン GT-R」
1969年には、“ハコスカ”の通称で呼ばれたC10型スカイラインに、レース用として開発した直6DOHCのS20型エンジンを搭載した初代「スカイライン GT-R」が登場。そのワークスマシンは「勝って当たり前、負ければニュースになる」と言われた当時のツーリングカーレースで連戦連勝し、わずかの期間で公認レース50勝(通算57勝)を果たすことになる。
RB26DETTエンジン
1989年になると、しばらくカタログから消えていたGT-Rの名前が、2.6L直6ツインターボのRB26DETTエンジンを搭載したR32型として復活。当時開催されていたグループAレースでは、星野一義選手が駆るカルソニックスカイラインGT-Rが大活躍したのは記憶に新しいところだ。
一方、1994年に登場したV型6気筒のVQエンジンは自然吸気(NA)中心の高回転型エンジンで、フェアレディZ(Z33~34)、スカイライン(V35〜36)、セフィーロ、ローレル、ムラーノ、フーガ、フロンティアなど数多くの日産車に採用されることに。
VR30DDTTエンジン
そのVQエンジンの後継となるのが、ツインターボを搭載した3.0L V6のVR30DDTTエンジンで、フェアレディZ(RZ34型)やV37スカイラインの後期型に採用されている。
VR38DETTエンジン
また日産を代表するスポーツモデルである現行型R35GT-R(2007年〜)は、ハイパワーな3.8L V6ツインターボ「VR38DETT」型を搭載。さまざまなレースで活躍するとともにトップモデルとしての地位を保つため年次改良を繰り返してきた。長きにわたって圧倒的な人気を保ってきたが、残念ながら先ごろ2025モデルが最終となることが発表された。
時代の変化とともに - GT-Rからパトロールへ
VR35DDTTエンジン
スポーツモデルかつイメージリーダーであるR35GT-Rが2025年でディスコンとされる一方で、日産は昨年秋、中東・アブダビで大型&本格クロスカントリーモデルの新型「パトロール」(Y63型)を発表。搭載する新型3.5リッターV6ツインターボ「VR35DDTT」エンジンは、先代(Y62)用の5.6L V型8気筒「VK56VD」のダウンサイジングターボ版ともいえ、VR30DDTTエンジンのロングストローク版であるともいえる。そして注目すべきは、そこにGT-Rで開発した技術が盛り込まれているというではないか。
ここからは、VQエンジンの後継となる新たなV6エンジンを搭載して誕生した日産新型「パトロール」に焦点を当て、開発時に投入したイノベーションや担当したエンジニアの話を紹介していきたいと思う。エンジン開発部の小島周二部長、高橋翔主担、吉田貴博氏に話を聞いた。
チーフエンジニアとして5年間このエンジンの開発を担当してきた小島氏は、
「パトロールは歴代引き継がれてきた卓越した走行性能と高い信頼性が認められ、特に中東市場においては“King of DESERT(砂漠の王様)”と呼ばれ、高い評価をいただいています。
今回7代目となる新型「パトロール」は、その伝統を継承しながら、オンロード性能や快適性を向上させ、さらに幅広いシーンでの性能を向上させることを目指し開発されました。メインマーケットは北米と中東で、トーイングでトレーラーハウスやボートを牽引したり、砂漠での力強く安心感のある走りといった要望に応えるべく、新型のVR35DDTTを開発しました。この新型エンジンを開発するにあたり、「King of Desertに相応しいエンジンを!」を開発陣の合言葉として進めてきました。
単に力強いだけでなく、10年先を見越して各国の法規をクリアできる排気ガスのクリーンさや、燃費の良さという条件にも高い目標値を置いて開発を進めました」という。
確かにエンジンの諸元を見てみると、新開発のVR35DDTTエンジンは最高出力336kW(450HP、パトロール用は425HP)、最大トルク700Nmを発生し、先代の5.6L V8エンジンを出力で13%(38kW=50HP)、トルクで25%(140Nm)も上回るアウトプットを果たしている。
さらに電動吸気VVT やツインターボ、直噴システム、ロングストロークの高速燃焼とミラーボアコーティングなどさまざまな技術を投入することで排出ガス規制に対応するとともに、燃費も市街地で17%、ハイウェイで10%、トータルで14%の改善ができたそうだ。
GT-Rで採用していた技術の応用を説明してくれたのは高橋氏で、
「VR35DDTTは、左右バンクで対象に回転するターボチャージャーにより高い出力/トルクを達成しています。この性能をいかなる走行シーンでも発揮し続けるためには、ターボをはじめとしたあらゆる機能に、エンジン中の血液ともいえるオイルを安定供給し続ける必要があります。一般的なエンジンでは、ポンプによって汲み上げられたオイルが必要な部位に供給されたのち、重力でエンジン下部のオイルパンまで下がることで循環します。
一方我々のパトロールは、世界中のあらゆる路面を走破すべく、最大傾斜角度が横方向48.5度、縦方向45度までの走行が可能です。通常このような傾斜走行では、重力だけではオイルが落下せず循環が不十分で、安定した機能/性能の発揮が困難になります。特に砂漠などの過酷な環境下でこのような失陥はあってはなりませんので、VR35DDTTではオイルを自在に循環させることが可能な“スカベンジングオイルポンプ”というシステムを採用しました。
これを量販車として採用していたのがGT-Rで、高速でサーキットを周回する際の強烈な横Gに負けずにオイルを循環させるために使ってきました。かたや旋回G、かたや重力という違いはありますが、我々はこの技術の応用により、いかなる路面環境下からも”生きて帰る”を実現するエンジンに仕上げました」という。
新型エンジンは高級車らしい静粛性にもこだわったといい、開発スタート時から立ち上げまでを担当した吉田氏は、
「高い出力/トルクを達成したからといって、静粛性や快適性を犠牲にすることはできません。我々が目指したのは、Flagship-SUVなのです。
お客様の快適なドライブのため、運転中に発生するノイズの低減にも情熱を注ぎました。VR35DDTTでは燃費性能向上のためのロングストローク化と、日産史上最大の700Nmに及ぶエンジントルクにより、クランクシャフトは大きな力を受けます。もちろんそのままでは振動や騒音が増えるため、最新の解析と実機評価を幾度と繰り返し、クランクシャフトをはじめとする回転部品形状の最適化により剛性向上を図ることで、V8エンジンと同レベルの振動を達成しました。
さらには過給エンジンとして発生する気流音についても、過給圧(=出力/トルク)を控えれば達成できることはわかっていましたが、それでは本末転倒です。そこで社内の英知を結集し、さまざまな技術対策を検討しました。その中の一つに、本来はターボの効率向上のために発明された過去の特許技術があり、この応用により人の耳に明らかにわかる4dBもの騒音低減に成功しました。過去R33型スカイライン搭載のRB25DETで採用された技術で、ターボのコンプレッサハウジングに施した特殊な溝加工により過給時の乱流を抑制します。今回は過給効率の向上のみならず、音振性向上技術として再開発して採用しました」と話す。
さらにこのターボ、砂漠走行時の高負荷・高温運転を想定した耐熱材料と形状を持たせたことで、最大排気温度は1,050℃まで対応でき、耐熱寿命は2.5倍まで伸びたという。
ライバルに圧倒的な性能差を見せつけた!
そんな高性能エンジンを搭載した新型パトロールの走破性能を試すテストドライブが、UAE(アラブ首長国連邦)の砂漠を舞台に行われた。現地に飛んで立ち会ったという小島氏は、
「砂漠は彼らにとってリゾート地であり、砂はまるでパウダースノーのようなふかふか、サラサラのものです。そこに競技場のようなエリアがあって、目の前には傾斜角40度という壁のような砂の斜面が立ちはだかっています。テストは極めて単純な方法で行われていて、坂の直前で停止状態からアクセルをベタ踏みしてどこまで登れるか、というもの。シンプルゆえにエンジンの性能差がはっきりと現れるんです」という。
テストは新型パトロール(Y63)、先代パトロール(Y62)、他社製SUVの3台で行われ、その結果はY63が110mでダントツ、続いてY62が75mという結果になった。新型パトロールとVR35DDTTエンジンが圧倒的優位な性能を持っていることを証明しただけでなく、これはもう開発者冥利に尽きる結果といえるだろう。
現地(中東)ではすでに警察車両や消防車としても採用されているだけでなく、プレジデントやその家族が使うナンバープレート“1”の専用車にもなっていて、サウジアラビアのカー・オブ・ザ・イヤーも受賞している。さらに“先輩”エンジンが獲得してきた米国の「10ベストエンジン賞」も狙っているそうだ。
フラッグシップとしての日本発売を熱望
取材当日、小島氏自らがステアリングを握る「インフィニティ QX80」(パトロールの米国仕様。インフィニティ版で最高出力450HP)に同乗した。
神奈川県厚木市にある日産テクニカルセンターの広大な敷地内にある道路にはアップダウンやコーナーがあちこちにあり、6名というフルに近い乗車人数にも関わらずQX80は軽々と走り抜け、その巨体を感じさせないパワフルな動力性能を見せてくれた。
大きなモニター画面やレザーシートが施された内装は上質で、普通に走っていれば静粛性が高く、途中の坂道にあるトンネル内でアクセルを踏めばV6エンジンのビート音が心地よく聞こえてくる。ラダーフレーム車にありがちなユサユサ感もしっかりと抑えられた素晴らしい仕上がりだ。
日産新型パトロールの主たる戦場はすでに発売されている中東や北米であるのは間違いないのだが、今春3月28日にフィリピンでもデビューした!
さらに聞けば豪州に展開予定とのこと。つまり“右ハンドル”車もきっちりと作っている。となれば、VR35DDTTエンジンは福島のいわき工場で、ボディの組み立ては日産車体九州で、というMade in JAPANモデルなのだから、日産さえその気になれば国内での発売がすぐにでも実現するのではないか……と期待が膨らむ。
日産の開発者が熱い想いで魂を込めて製作したエンジンを搭載した新型パトロールが、日本での日産フラッグシップカーにふさわしいクルマだと思っているのは筆者だけではないはずだ。
なお、今回撮影に協力を頂いた座間にある「日産ヘリテージコレクション」では、一般客も予約をすれば見学ツアーとして1930年代から2010年代まで、数百台の車両を収蔵する日産ヘリテージコレクションを実際に見られる。
また、エンジンを生産している「いわき工場」も、申し込めば見学が可能だ。
[PR]提供:日産自動車株式会社