「内航海運」という言葉を聞いたことがありますか? 内航海運とは、国内の港から港へ、鉄鋼やセメント、石油などの資材、食料品や日用品などの貨物を運ぶ、私たちの暮らしと産業の発展に欠かせない海上運送のこと。運搬する際のエネルギー効率が良く、地球環境にやさしい輸送機関としても知られています。

そんな内航海運ですが、近年ある課題が業界全体にまん延しています。それは「人材不足」。このまま内航海運に携わる人の数が少なくなれば、社会に影響が出るのは避けられません。

そこで、内航の“ミライ”を研究する一般社団法人 内航ミライ研究会は、人材不足を解消するため、2022年に次世代内航船「SIM-SHIP」のコンセプトを提唱し、翌2023年には「SIM-SHIP1 mk1」となる「國喜68」の建造に参画。船員の負担軽減を目指した同船は、最新設備を搭載し、注目を集めました。内航ミライ研究会のメンバーを直撃し、1年間にわたる「SIM-SHIP1 mk1」の運用を経て見えた成果や課題について語っていただきました。

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参加メンバー
  • 垰野治次さん
    内航ミライ研究会 代表理事

  • 渡邉慶太さん
    内航ミライ研究会 専務理事

  • 鍋島喜一さん
    國喜商船 代表取締役社長

  • 野間裕人さん
    えびす商会 代表取締役

船員にも地球にもやさしい。「あったらいいな」を先取りした次世代内航船「SIM-SHIP1 mk1」

――本日はよろしくお願いいたします。まず内航ミライ研究会について教えてください。

内航ミライ研究会は、内航業界の“ミライ”に関する諸問題を解決するための研究を行う会として、2020年10月に発足しました。現在は、船主をはじめ、船用メーカーや設計会社、保険会社などが幅広く参加し、船員の高齢化に伴う人材不足の解消、労働環境の改善・簡素化・合理化、温室効果ガス(GHG)排出削減など山積する課題解決に向けて、一体的な取り組みを実施しています。

  • 内航ミライ研究会 代表理事 垰野治次さん

内航のミライに貢献する
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――コンセプトを提唱した次世代内航船「SIM-SHIP1 mk1」は、内航ミライ研究会の取り組みを象徴しているように思います。従来の内航船とは、どのあたりが違うのでしょうか?

デジタル化・自動化・遠隔化・省エネ化が「SIM-SHIP」の柱です。2023年に「SIM-SHIP1 mk1」として建造された「國喜68」には、高効率プロペラ、省エネ付加物、高機能スラスター、コンテナ型バッテリー、統合管理パネル、陸上サポートシステム、省電力電動甲板機械といった最新設備が搭載されています。

  • 國喜68

  • 高効率プロペラ・省エネ付加物

  • コンテナ型バッテリー

  • 電動ハッチカバー。従来の内航船では油圧で動かしていたものを電動化した

従来の内航船では、何か不具合があったとしても“機関長の勘”で判断するしかありませんでしたが、すべての機器の状態がまとめて“見える化”され、操舵室のモニターでチェックできるようになりました。その上、陸上ともリアルタイムで情報を共有し、遠隔でサポートを受けられます。そして、従来型の油圧ではなく電気で動くハッチや、クリーンエネルギーを陸上から持ち込んで電力を使用できるバッテリーをコンテナに格納している点も特徴です。

  • 統合管理パネル

――船員にはもちろん、地球にもやさしい内航船なんですね。

最初は「通信速度は速いほうがいい」といった話から始まったように記憶していますが、より使いやすく、より安全な設備を追求し、船員たちにとっての「あったらいいな」を先取りした結果、「SIM-SHIP1 mk1」が完成しました。小さなソリューションの積み重ねが大きなイノベーションを生んだと自負しています。

  • えびす商会 代表取締役 野間裕人さん。実際に運航した配乗会社の代表を務める

――これまでになかった内航船ですので、開発には苦労もあったのではないでしょうか?

IT企業や造船所、各種メーカー、研究機関、行政などと連携しながら開発し、竣工に漕ぎ付けました。わずか1年で船を建造できたのは、さまざまな技術を有するメンバーが協力し合い、推進力を発揮したからに他なりません。

本来なら、企業秘密として技術の共有を躊躇って当然かと思いますが、自社よりも業界全体の利益を優先する志を持ったメンバーが集まったことで、凄まじいスピードで建造できました。

  • 内航ミライ研究会 専務理事 渡邉慶太さん

また、実際に運用するには、行政や荷主、運航を管理する「オペレーター」との調整が必要ですが、そこは「國喜68」の船主である鍋島さんにご尽力いただきました。莫大な投資にも関わらず、個人船主が次世代内航船を建造したというのも注目を集めた要因だったのではないかと思います。

一歩先の当たり前に。「SIM-SHIP1 mk1」の運用がもたらした“ミライ”への希望

――「SIM-SHIP1 mk1」を約1年間運用してきて、どのような成果がありましたか?

一番の成果は、燃費の部分でしょうか。従来の内航船と比べて低燃費で、相当なコスト削減を実現できました。無駄な電力を使っていたという新しい発見もありましたね。

あと、「シップ・オブ・ザ・イヤー2023」(小型貨物船部門)を受賞したのも成果といえるのではないでしょうか。業界に与えたインパクトは大きかったようで、ある大企業から共同研究のオファーをいただきましたし、問い合わせが爆発的に増えました。行動することの大切さを痛感したところです。

――逆に課題は見つかりましたか?

もちろん、課題も浮き彫りになりました。ただ、あらゆる事例に直面したことで、船員の経験値が上がったことは成果と認識しています。統合管理パネルを通じて機器の異変をすぐに察知できたり、陸上から遠隔でバージョンアップや改修をしてもらえたりしたのは、「SIM-SHIP1 mk1」ならではの経験でした。船員たちが新技術に積極的に取り組んでくれたおかげで、一歩先の当たり前をつくっていけそうな期待感を持てています。

建造してから1年間は保障期間に当たるため、この中でバージョンアップさせながら仕上げていくことを目標にしていましたが、ある程度はクリアできました。本船には、これからの内航海運を支える設備が詰まっています。温室効果ガスやCO2削減に寄与する内航船は社会的価値が高いと思いますので、扱う船員たちの地位向上につながっていけばうれしいですね。

  • 國喜商船 代表取締役社長 鍋島喜一さん。國喜68の船主を務める

――運用中もバージョンアップしていて、それはまだまだ続いていくんですね。

内航ミライ研究会の強みは、現場の船員の声が技術者にダイレクトに届く仕組みになっていることです。開発者と運航者が一体の組織ですので、フィードバックから次の実装までが非常に速い。短期間で検証と改善を繰り返すことができます。

――「SIM-SHIP1 mk2」や「SIM-SHIP2」といった次のモデルでは、どのような機能を計画していますか?

船員の負担軽減をさらに図るため、プレ自動化を推進したいと考えています。船の高度化によって作業を省力化できれば、船員を育成する余力も生まれるはずです。

“ミライ”をつくる鍵は船員にあり。「SIM-SHIP」のさらなる進化に期待

――最後に、今後の展望についてお聞かせください。

内航ミライ研究会の先端技術と研究成果を基盤に、株式会社SIM-SHIPを2024年4月に設立しましたが、SIM-SHIPの販売やコンサルティングサービスなどにも力を注いでいきたいと考えています。

それから、内航海運を職業の選択肢として考えてもらえるようにアピールしていきたいですね。今回の「SIM-SHIP1 mk1」に代表される通り、内航海運の労働環境は飛躍的に改善していますから。さらに海事産業には工学系や技術系出身者が研究開発に没頭できるフィールドも整っていますので、陸上産業だけで就職先を探すのではなく、選択肢の一つに是非入れていただきたいですね。

今は昔とは違って、船員の専門学校を卒業しなくても働けるようになっています。実際、陸上産業からの転職組も少なくありません。給与水準は比較的高いですし、船で日本中を巡れるのは海事産業で働くメリットです。

どの業界も人材不足に頭を抱えていますが、内航海運も例外ではありません。待ったなしの状況が目の前に迫っていますが、引き続き労働環境の改善と安全性の確保に対してソフトとハードの両輪で邁進していきます。

「船員は、最も重要な経営資源」。だからこそ、大切にしなければならないと4名は口を揃えます。「SIM-SHIP1 mk1」には、その想いが至るところに表れていました。「あったらいいな」を先取りする次世代内航船「SIM-SHIP」が今後どのような進化を遂げるのか、楽しみでなりません。

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今回取材・撮影に協力をいただいたのは……
向島造機株式会社

2024年に創業85周年を迎える、広島県・向島の造機会社。
電気炉製鉄所向けに棒鋼の生産設備を設計・製作、工場へ据付をする『産業機械部』と、
全国の内航船舶企業を対象とした『船舶修繕部』の製造2部門からなる。

もっと詳しく知りたい方はこちら

[PR]提供:日本内航海運組合総連合会