三井不動産グループではサプライチェーン内のあらゆる企業に働きかけ、GHG(温室効果ガス)排出量の「見える化」に取り組んでいます。2022年には、排出量に占める割合が特に多い「建設時の排出」に着目し、「建設時GHG排出量算出マニュアル」を日建設計とともに新たに策定。さらに有識者や関係省庁も交えた検討を経て、2023年6月に不動産協会のマニュアルとして公表されました。

今回のマニュアル策定の背景や普及に向けた取り組みについて、プロジェクトを率いるサステナビリティ推進部長の山本 有に話を聞きました。

サステナビリティ推進部長 山本 有

—— 社内でこのプロジェクトが立ち上がった経緯を教えてください。

サステナビリティ推進部長 山本 有(以下、山本):カーボンニュートラルに向けた国際的な動きとして、自社で排出するSCOPE1やSCOPE2だけでなく、他者排出分であるSCOPE3を含め、サプライチェーン全体の排出量を把握しようという流れがあります。

三井不動産グループでは、2019年度のCO2排出量438万tのうち約9割がSCOPE3にあたり、さらにその半分以上が建物をつくるプロセスで排出されています。だからなんとしても、建物をつくるときの排出量を減らさないといけません。

そんな中で2021年の11月に、会社としての脱炭素行動計画が定められました。「建設時GHG排出量算出マニュアル」の作成プロジェクトも、この行動計画の検討と並行する形で進められてきました。排出量を「見える化」するツールを作り、それをもとにサプライチェーンに働きかけて、温室効果ガスの排出を減らしていこうということになったのです。

—— 現在は、どのようにCO2排出量を算出していますか?

山本:国際的に認められている排出量算出の手順に、「GHGプロトコル」があり、SBTもこれに準拠しています。日本では環境省と経産省がGHGプロトコルに則ったガイドラインを出しています。

しかしこのガイドラインに則って算出をすると、「工事金額×一定の係数」ということになり、現場の実態に即していない部分がありました。例えば、「同じ建物でも工事金額が変わるとCO2排出量も変わってしまう」「どの工種の排出量が多いのかわからない」「せっかく低炭素素材を使っても、その成果が数字に反映されない」などの問題があったのです。

つまり、ガイドラインに基づいた算出手順でCO2排出量の少ない建物を作ろうとすると、工事金額を安く抑えるしか方法がない。また、どこをどう減らせばよいのかがよくわからない。そういう状態では、現実的にCO2の排出を減らすことにはつながりませんよね。

※SBT(Science Based Targets):2015年のCOP21で採択されたパリ協定が求める⽔準と整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減⽬標のこと。

—— 今回公表されたマニュアルが、従来と違う部分はどこですか?

山本:まず大きく違うのは計算方法です。従来の「工事金額×係数」というざっくりしたものでなく、見積書をベースに工事で使った部材や資材をもとに算出できるものになっています。

ベースになっているのは、日本建築学会さんの「建物のLCA指針」です。このLCA指針は学術的で、専門知識のある研究者が研究に使用するものですが、選択肢がとても多かったり、読む人によって解釈に違いが出たりと、実務者にとっては難解な側面がありました。

そこで今回のマニュアルでは、建設会社や設計会社の実務者にもわかりやすいように「こういう読み方をしてくださいね」と解説しています。また恣意的な解釈がなされないよう、同じ建物なら誰が計算しても同じ排出量が算出できるように工夫しました。

身近な例でたとえるなら、世界中のカレーライスの作り方やその歴史をまとめた大著をもとに、「日本式カレーの作り方はこうです」と簡潔に手順をまとめ、家庭で料理をする人が迷わないようにしたようなものですね。

—— 今回のマニュアルは最初に三井不動産で策定された後、不動産協会での再検討を経て、協会名で公表されています。その経緯をお聞かせください。

山本:不動産デベロッパーは、実はみな同じ課題を抱えています。やはり既存のガイドラインに基づく排出量算出手順には問題があると、皆さんわかっています。そこで、ほかの会社さんにも呼びかけて、より使いやすいものを作ろうということになりました。

まず不動産協会さんに相談に伺ったら、ぜひやりましょうと言っていただきました。また、行政機関にも相談すると、よいお返事をいただき、そのように芋づる式に、どんどん仲間が増えていきました。 数多くの関係者で座組をつくって検討したので、三井不動産が「こうあるべき」という理想を押し付けるものではなく、スタートとしては皆が合意できる、最大公約数のようなマニュアルになっています。

現実的な部分でも、不動産協会で検討したことのメリットが生じます。例えば財務会計の数字を外に出すときは、監査法人にお墨付きをもらいますが、それと同じようにCO2排出量も、公表にあたり監査法人のチェックが必要です。そのとき自社製のマニュアルで算出した数字だと、なかなかOKが出ません。自社に都合のいいように設計されているかもしれませんからね。一方、「不動産協会」という業界団体で、有識者も交えて作った客観的なマニュアルにもとづいていれば、納得してもらいやすい。

そのようなわけで、「皆で一緒に作ったマニュアルだ」ということが、普及のためにとても重要だと思っています。これを共通言語として、今後改訂を重ねて脱炭素に取り組んでいけたら理想的だと考えています。

—— 現在の普及状況はいかがですか?

山本:三井不動産では、2023年10月1日以降着工する物件については全て、このマニュアルを利用してCO2算出を義務化しています。

不動産協会としてはこのマニュアルを「選択肢の一つ」ということにされていますが、実は他社さんでも少しずつ、義務化の動きが出始めています。別の大手デベロッパーさんから、今回のマニュアルで計算するというルールを見積もり要綱に取り入れる方針だと伺ったときはとても嬉しかったですね。

また、世の中の関心はとても強いと感じています。各ゼネコン・設計会社だけでなく他業界の方からも、いろいろな方がヒアリングしたいとお声掛けしてくださいます。

—— 運用や普及にあたって苦労することはありますか?

山本:会社と会社の取引の話になると、やはり大変なこともありますよ。例えば、ゼネコンさんが社内で使われている見積もりシステムと今回策定したマニュアルとの連携がしづらいケースもあります。そういったところで、ご負担をおかけしている部分もあると思います。

でも先日、あるゼネコンさんが、社内の見積もり算出をこのマニュアル向けに変換するシステムを作り始められたと聞きました。少しずつですが、業界の中にムーブメントが起き始めています。

そういう流れを見ると、やはり三井不動産が旗振り役を務める意味があると感じます。サプライチェーンの真ん中に位置するデベロッパーが音頭を取ることで、ゼネコン、建材メーカー、素材メーカーと、どんどん周囲へと波及していくと思います。

逆に、僕らがそれをやらないと「脱炭素なんて無理だからやらなくていいよね」みたいな空気感が醸成されてしまうおそれもあります。そういった意味で、今回のマニュアルづくりは小さいけれど大切な一歩だと思っています。

—— 今後に向けての課題はありますか?

山本:現在のマニュアルでまだ拾えていない工事項目を増やしていくことが大きな課題です。特に、マンション向けの項目を充実させて、今年度末には改良版として2023年度版を発表できる見込みです。

あとは使える原単位ももっと増やして、使いやすいマニュアルにしていきたいですね。 まだ本当にスタートラインについたばかりだと思っているので、今後も不動産協会を主体とした枠組みで、改良を重ねていきたいと思います。

—— マニュアルに限らず、脱炭素の取り組み全体について考えておられることがあればお聞かせください。

山本:三井不動産グループでは、テナントさん向けにグリーン電力提供サービスを実施しています。そういったテナントさん向けの取り組みにはとても意味があると思います。今ご契約いただいているのは比較的規模が大きい会社さんが多いですが、少しずつ裾野が広がっていけば、世の中全体での脱炭素に向けたムーブメントにつながるのではないでしょうか。

住宅においても、グリーン電力提供サービスが始まっていますので、一般消費者の方の意識や行動の変化にも期待したいですね。

—— 最後に、今後の展望をお聞かせください。

山本:今回のマニュアルについて「三井不動産のルールを業界のスタンダードにしようとしている」と思われるかもしれませんが、実際は全く逆で、「不動産協会で最大公約数的なマニュアルを策定できたこと」が大きな成功でした。

そして、行政と連携できたことも大きかったと思っています。検討会のオブザーバーとして、国交省・環境省・経産省の方々に入っていただきましたが、彼らに応援、後押ししていただきました。

実は今、「ゼロカーボンビル推進会議」という国交省の補助事業に委員として参加していますが、実はこの会議でもスタンダードモデルとして不動産協会のマニュアルを検討する動きがあるんです。

近い将来、国でつくる枠組みの中で今回のマニュアルが活用される日が来るかもしれません。これからも未来の地球環境のために、プラットフォーマーの一員として、貢献を続けていきたいと思います。

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