自動車で人身事故を起こしたにもかかわらず、通報も救助もしないまま立ち去る"ひき逃げ"。 非常に悪質な犯罪として、厳重に処罰されるべき行為です。 今回は、近年のひき逃げの状況と刑罰の概要、そして万が一犯人が見つからない場合に用意されている政府による保障制度についても解説します。

ひき逃げ事件の検挙率は?

※法務省『令和2年版 犯罪白書』より引用

『令和2年版 犯罪白書』によると、ひき逃げ事件は年々ゆるやかに減少しており、令和元年は前年比866件(10.4%)減の7,491件でした。

一方、警察によるひき逃げ事件の検挙率は事件発生数と反比例するように上昇傾向にあります。 令和元年における全検挙率は、64.4%。一方、重傷事故の場合は84.2%、死亡事故は100.8%となっており、人身事故による被害の深刻度に応じて警察も検挙に力を入れていることが伺えます。

警察による検挙率の上昇とひき逃げの厳罰化が、事件の減少に繋がっているのかもしれません。

ひき逃げ事故における慰謝料・損害賠償について>>

ひき逃げで捕まった場合の罪と罰則

ひき逃げとは、自動車やバイクなどで人身事故を起こしてしまったにもかかわらず、車両の停止、負傷者の救護、警察への通報などの法律で定められた措置を取らないことを言います。

法律で"ひき逃げ罪"という一つの犯罪が定められている訳ではなく、以下の複数の違反行為で構成されています。一つひとつの違反行為にはそれぞれ刑罰が定められています。

「ひき逃げ」を構成する違反行為
負傷者の救護と危険防止の措置違反(道路交通法第72条) 10年以下の懲役及び100万円以下の罰金
事故報告の義務違反(道路交通法第72条) 3ヶ月以下の懲役及び5万円以下の罰金
現場にとどまる義務違反(道路交通法第120条) 5万円以下の罰金
過失運転致死傷罪(自動車運転致死傷行為処罰法第5条) 7年以下の懲役・禁錮又は100万円以下の罰金
危険運転致死傷罪(自動車運転致死傷行為処罰法第2条) 負傷の場合は15年以下の懲役、死亡の場合は20年以下の懲役

最後の"危険運転"とは、飲酒運転や違法薬物の使用、スピード違反など、通常よりも悪質性が高い運転のことを意味しています。

このような状態で自動車を運転していた人が人身事故を起こした場合により厳罰を科されるのは、当然のことだと言えるでしょう。

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ひき逃げ犯が見つからなかった場合

冒頭で説明した通り、近年は人身事故の被害の大きさに応じて非常に高い検挙率をキープし続けていますが、ひき逃げ犯がなかなか見つからない可能性もゼロではありません。 その場合は、本来損害賠償などの責任を負うべきひき逃げ犯に代わって、日本政府(具体的には国土交通省)が損害を最低限保障してくれる制度があります。

政府の保障事業を利用する

“政府の保障事業”は、ひき逃げ犯が見つからない場合、そして相手が無保険車であった場合に利用できます。

この場合、被害者は自賠責保険に請求することができませんので、損害保険会社の窓口を経由して政府にお金を請求することになります。最終的には、政府が加害者に求償することになります。

請求手続きを行うのは原則として被害者本人ですが、死亡事故の場合には被害者の配偶者や子どもなどの法定相続人(遺族慰謝料請求権者)が代わりに請求できます。 なお被害者が未成年者の場合は保護者が、事故による後遺障害などにより手続きが難しい場合には代理人に任せることも可能です。

請求手続きの流れ

ひき逃げ被害を政府の保障事業に請求する場合の手続きの流れは以下の通りです。

  1. ひき逃げ事故による怪我の治療
  2. 人身事故証明書の受け取り
  3. 政府の保障事業 請求キットの記入
  4. 損害保険会社に書類一式を提出
  5. 損害保険料率算出機構による調査・損害金額の算定
  6. 国土交通省による最終確認、支払額の審査・決定
  7. 損害保険会社より保障の支払い

まずはすぐに警察に事故の届出を行い、その後病院で必要な治療を受けます。自動車安全運転センターで人身事故証明書を受け取ったら、損害保険会社の窓口で“政府の保障事業 請求キット“を使用して請求します。請求キットの記入方法は、窓口で教えてもらえます。

損害保険会社に提出された書類は、次に損害保険料率算出機構に送付され、同機構が事故状況の調査や損害金額の算定を行います。

さらに同機構から国土交通省に調査結果が送付され、最終的な確認と支払額の審査・決定が行われます。国土交通省が決定したてん補額は、最初に窓口で手続きを行った損害保険会社から直接支払われます。

ひき逃げ事故で政府保障事業を利用する場合の注意点

政府の保障事業を利用する際には、いくつか注意点があります。

請求権の消滅時効に注意

一つ目は、政府保障事業へのてん補金請求権の消滅時効です。

障害の場合は事故発生日から3年以内、後遺障害の場合は症状固定日(症状が安定したと医師が診断した日)から3年以内、死亡の場合は死亡日から3年以内に請求手続きを行わないと、それ以降は一切請求できなくなってしまいます。

保険金の請求時効は民法改正による変更なし

2020年4月に施工された民法改正では人身事故の損害賠償請求の消滅時効が3年から5年に変更されました。 一方で、自賠責保険や人身傷害保険の支払いについて定める「自動車損害賠償保障法」「保険法」の時効は3年から変更は行われていません。

損害賠償請求権の時効とはズレがあるので、誤認することがないよう注意してください。 ひき逃げ事件で加害者不明となると、どうにか犯人を見つけられないか、解決できないかと腹立たしい思いはあるかもしれませんが、治療が終了した時点で速やかに手続きを進めることをおすすめします。

政府保障の支払いは健康保険・社会保険からの給付分を差し引いた額

二つ目は、健康保険や労災保険などの社会保険による給付を受けた場合には、政府のてん補額から差し引いて支払われるということです。

政府保障事業が支払う「てん補金」は、本来、加害者に請求できる慰謝料とは性質が異なり、発生した損害を補填することを主眼に置いた制度です。 受けられる補償は健康保険・社会保険からの支給を含め必要最低限の額になると考えておくとよいでしょう。

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まとめ

悪質なひき逃げ事件には重い刑罰が科され、検挙率も高水準をキープしていることから、年々減少傾向にあります。

しかし人身事故を起こしてしまった加害者の中には、通常時は「ひき逃げは重い責任を問われる」ということを頭では理解していたとしても、とっさに頭の中が真っ白になり逃げてしまったという人もいます。 自動車などの技術が改善されない限り、人間の"心がけ"によってのみひき逃げを完全になくすことは難しいのかもしれません。

ひき逃げの被害に遭わないよう日頃から十分注意しながら歩行すると共に、万が一被害に遭ってしまった場合には政府の保障事業があることも押さえておくとよいでしょう。

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