ご家族が亡くなり、相続財産の調査をしたところ預貯金の残高が少なすぎることから、「亡くなったご家族と同居していた相続人による財産の使い込み」が発覚することがあります。

使い込みがあると、当然、他の相続人は相続する財産が減ってしまうわけですが、この少なくなった分の財産を、実際に相続する段階で取り戻すことはできるのでしょうか?

遺産の使い込みが発覚。どうすればいい?

今回は、遺産の使い込みの事実があったときの対処法について、具体的な事例を用いて解説します。

父親の入院中に、父親と同居する兄が預貯金を引き出して使用していたことがわかりました。
兄が引き出した預貯金は4,000万円と高額です。

母はすでに他界しており、父親と同居もしていない妹は遺産の詳細を知りませんでした。
父親が死亡し、遺産整理を行う中で消えた預貯金の存在に気づき、使い込みが発覚。

兄は既にマンションを購入するなどして、引き出した遺産のほとんどを使ってしまっています。

妹は、本来、兄が使い込みをしなければ、4,000万円の預貯金のうちの一部を相続できたはずでした。

妹は、まず使い込みが事実かを調査することになります。調査の結果、使い込みの事実が確認された場合、まずは話し合い、それでも解決しない場合は、裁判で自身の相続分を取り戻すことになります。

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「被相続人本人の意思」が最初の争点に

兄の使い込みに対して妹が対処するには、第一に使い込みの事実を確かめなければなりません。

そこで争点となるのが被相続人である父親の意思です。

例えば、父親が預貯金の引き出しを兄に依頼していたのであれば、使い込みにはあたりません。
兄が父親の預貯金を引き出した理由としては、以下のような可能性があります。

  • 父親に頼まれて代わりに引き出しを行った
  • 父親の入院費などに充てるため、引き出しを行った
  • 父親からもらった(贈与された)

引き出したお金の行方から、使い込みの可能性を判断する

父親に頼まれて代わりに引き出しを行った場合、引き出したお金の行方を確認します。
父親の所有する他の口座へ移しただけという可能性もあるので、被相続人が所有していたすべての口座の取引履歴を確認していきます。

入院費等に充てるための出金であれば医療記録などを確認します。
医療費や生活費の額としては多すぎる引き出しの場合は、使い込みが疑われます。

贈与かどうかは贈与契約書を確認できれば判断できる

贈与された可能性も否定できません。ただし、遺書や贈与契約書で被相続人の意思が確認できなければ、兄の行動は使い込みの可能性が高いと言えるでしょう。

遺産の使い込みに対して取れる対応は?

被相続人である父親本人の意思は確認できず、兄による遺産の使い込みが事実とわかったら、本来もらえたはずの遺産について返還交渉に入っていきます。使い込み事案における基本の考え方、妹が取るべき対応を整理していきましょう。

親族間での「遺産の使い込み」は横領・犯罪にはあたらない

まず、大前提として、兄は父親のお金(ならびに妹が本来受け取れるはずの遺産)を勝手に使ってしまったのですから、横領や窃盗にあたるとも考えられますね。
しかし、実際には父親の預貯金を横領した兄は、親族相盗例によって処罰されません。

親族相盗例とは

親族相盗例とは、親族間で起きた一部の犯罪について刑が免除される刑法の特例です。

たとえば、親の財布から、子どもがお金を持ち出してしまった場合、親族間で起きたことなら、刑は免除されます。

今回のケースの場合、同居する父親の預貯金を、その子が使い込んだ形になるので、親族相盗例が適用となり、罪には問われない可能性が高いです。

兄が父親の後見人の場合、刑事責任を問われるケースも

ただし、兄が父親の成年後見人になっていた場合、業務上横領または背任の罪に問われることがあります。

成年後見人は、被後見人の財産を適切に管理する責任を負っています。父親の預貯金の勝手な引き出し・使い込みは、後見人の立場を利用した業務上横領、あるいは被相続人に「財産上の損害を加えた」行為として背任罪による処罰の対象となります。

兄が父親の成年後見人である場合、たとえ親族間でも刑事責任を問われ、家庭裁判所や成年後見監督人から刑事告発される可能性があります。

妹には法定相続分の遺産を受け取る権利がある

一方、妹には父親の相続財産のうち、法定相続分を受け取る権利があります。

相続人が兄と妹の二人であれば、1/2ずつ相続します。 兄が使い込んでしまった預貯金のうち、2,000万円は本来ならば妹の取り分ということです。

使い込まれた財産も、相続財産にカウントされる

この事例では預貯金を使い込まれたのは父親の死亡前ですが、被相続人の死亡後、遺産分割前までに使い込まれてしまうケースも多々あります。

そのようなケースでは遺産分割の際に、使い込まれた財産を相続財産に含めることができます。

例えば相続財産の総額8,000万円のうち、相続開始後(父親の死後)に兄が4,000万円を使い込んでしまった場合、8,000万円の1/2である4,000万円を兄はすでに受け取っていることになりますから、残りの4,000万円を妹が取得します。

使い込みの事実確認と返還について話し合う

被相続人の生前に使い込みをされた場合、基本的には遺産分割協議や遺産分割調停での解決はできません。遺産分割の前提として、遺産の範囲が確定している必要があるからです。

まずは使い込みの事実確認をし、相続財産の対象になる金額を決める必要があります。
話し合いで遺産の範囲が確定して、ようやく遺産分割の話し合いに進みます。

遺産分割協議の結果、兄が使い込みにより自身の取り分よりも多くの財産をすでに取得している場合は、返還について話し合って解決を図ります。

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民事訴訟で遺産を取り戻す

兄が使い込みを認めない、認めても返還に応じない、ということも十分あり得ます。

話し合いで解決しない場合は民事訴訟を起こすこともできます。
この場合、地方裁判所へ「不当利得返還請求」もしくは「不法行為に基づく損害賠償請求」をします。

不当利得返還請求

不当利得返還請求は法律上の理由なく、利得を得た人に対して損失を受けた人が返還を請求するものです。
兄がなんら権利もないのに預貯金を勝手に得たことに対して、相続するはずだった預貯金を失った妹が、失った分の返還を求めることになります。

不法行為に基づく損害賠償請求

不法行為に基づく損害賠償請求は、違法行為によって発生した損害を賠償させるものです。
兄が使い込みという違法行為によって父親に損害を与えたため、その損害賠償を請求する権利を父親が取得し、父親の死亡によって妹がその権利を相続し、自身の相続分について兄に請求することになります。

遺産の使い込みへの対応は「時効」に注意を

相続開始の何年も前から使い込みが行われていた、ということもありますよね。 しかし、裁判での請求には時効があります。

不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は損害及び加害者を知ってから3年、不当利得返還請求権は行為時から10年と権利を行使できることを知ったときから5年のうちいずれか早いほうです。

時効後は請求できませんので、相続財産の使い込みが発覚した場合は、まず速やかに対応を進めることが重要です。

まとめ

遺産の使い込みが発覚した場合、その後の話し合いや返還手続きは困難を極めるでしょう。
裁判での請求には時効がありますし、使い込みがあったようなケースではその後の遺産分割もスムーズに進まないことが予想されます。

相続手続きで使い込みの疑いがある場合には、弁護士に相談して早期解決を目指すことをおすすめします。

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