世界で1億4千万人以上のユーザーをかかえる音楽ストリーミングサービス・Spotify。2006年にスウェーデンで創業し、2017年現在60カ国でサービスを提供している。昨年9月に日本でもエントリー制でスタートし、11月より誰でも利用できるようになった。今年5月にはONE OK ROCKが国内アーティストでは初めて累計1億再生突破するなど、音楽を聴くツールとして日本国内でも市民権を得ようとしている。

有料会員に加え、広告収益による無料会員プランが多くのユーザーを引き込むきっかけとなっているSpotify。その実態を探るべく、スポティファイ ジャパンのディレクター・野本晶氏を取材した。トム・ヨークやテイラー・スウィフトらSpotifyに懸念を抱いていた一部海外アーティストの反応の変化を探った前編(「Spotify、無料会員の狙いとは? - トム・ヨークやテイラー・スウィフトらの懸念に対する見解と理念」)に続いて、後編では同社の「音楽愛」を掘り下げながら、「プレイリスト」の存在意義を聞く。

スポティファイ ジャパンのディレクター・野本晶氏

「スター」と「ヒット」を生み出す仕組み

――前編でおうかがいした「アーティスト側のメリット」を、ここではもう少し掘り下げてみたいと思います。前編ではトム・ヨークさんやテイラー・スウィフトさんの名前が挙がりましたが、新人アーティストにとってはどのようなメリットがありますか?

Spotifyには、世界中の音楽を聴いてプレイリストを作るキュレーターが世界で60人ほどいて、そのラインナップのクオリティが高く評価されています。それとは別にSpotifyのビッグデータからユーザーの嗜好を解析することによって楽曲をオススメするAI的な機能、この二軸でユーザーに音楽発見の楽しさを届けています。

キュレーションチームが新人を推すプレイリストは、日本だと「Early Noise Japan」です。このプレイリストに収録されているアーティストを軸にしたライブイベントも開催するなど、新人アーティストの音楽に触れ、口コミや人気が広がりやすい環境を作っています。

そこで注目度が上がった新人は、「Tokyo Super Hits」という人気プレイリストへ。さらに幅広い人に聴いていただき、プレイリスト名の通り「スーパー・ヒット」に繋げることが狙いです。

――海外では、Spotifyのプレイリストからグローバルに成功したアーティストもいるんですか?

ニュージーランドの歌姫・ロードやアメリカのメジャー・レイザーなど、この流れでスターになったアーティストはたくさんいます。日本でも同じようにスターを生み出したいですね。

The Hotpantz

――日本国内で、その気配は?

日本ではまだ無名の新人ながら世界に飛び出せそうなアーティストがいます。1組がThe Hotpantz(ザ・ホットパンツ)。日本のプレイリストで推していたらSNSを通じてアメリカに波及し、いまやリスナー数が6万人以上もいます。そのうち、アメリカで聴かれているのが約7割。楽曲ごとでは、200万回以上再生されたものもあり、いまだに数字を伸ばし続けています。日本でユーザーデータがたまってきたこともありますが、海外で同じような嗜好を持つユーザーのプレイリストで紹介されたことに加えて、ソーシャルでの反応が上手く合わさって、自然なヒットにつながりました。

もう1組はAmPm(アムパム)。彼らの曲もすごく聴きやすくて海外向きだと何となく感じていたのですが、デビューシングルを出した時に、アメリカの口コミチャートの6位に突如現れました。世界のキュレーターたちに勧めてみたところ、UKやチリなどでも人気プレイリストに採用されました。全くの無名の新人がいきなり世界で活躍する。これが1カ月ぐらいの間に起こります。このあたりがエキサイティングで面白いです。

――キュレーターの責任も重大ですね。判定もシビアなんですか?

そうですね。判定はシビアですし、できるだけユーザーからの反応も重視するようにしています。その曲が「好みの合った多くの人にいかに聴いてもらえるか」がポイントなんですよね。例えば、予想したほど聴かれなかった場合は、違うプレイリストに移すこともあります。もしくは、曲順を並べ替えたり。「スキップ率が高い=このプレイリストのリスナーの好みに合っていない」ということになります。そうやって試行錯誤しながら、ヒットの機会を狙っています。

――ものすごく細かい作業ですね。

あるキュレーターの方は、細かいデータを見すぎて目が悪くなったと言っていました。アーティストの未来がかかっているわけですから、目を大切にしながら頑張ってほしいです。

AmPm

――こうした機能面に対して、アーティスト側の反応は?

たくさんの感謝の言葉をいただきますが、何よりも「聴かれた回数」が見えるのはすごく面白いと。どの国でいちばん聴かれているのかもすぐに分かりますし、「なぜそこで聴かれたのか」を調べていくと、プロモーションやライブツアーを組む参考にもなります。海外では、何曲か配信してユーザーの反応をチェックし、次のシングルの方向性を決めるアーティストも多いです。ユーザーとアーティストの距離がどんどん近くなっています。

――最大手の競合がApple Musicだと思いますが、Spotifyの前年にスタートしました。リリースのタイミングには何か事情があったのでしょうか? それともあえて後発を狙ったのか。

ストリーミングサービスは業界の中でも市民権を得るのに時間がかかっていたサービスではあったのですが、ユーザーの満足度を考えるとできるだけ「カタログ」は多い状態が良い。楽曲を揃えるのにちょっと時間がかかりました。

――他のサービスに比べて邦楽が少ないとも言われていますが、それは事実ですか?

今のところ洋楽6割、邦楽4割。Spotifyに配信していない日本人アーティストもまだいます。他のストリーミングサービスと比較して邦楽の曲数はほぼ変わらないかと思います。アーティストやレーベルの方々に理解してもらって、われわれを好きになってもらった上で活用していただきたいです。

――今のところあまりデメリットとなる部分が見えにくいのですが、断られる時はどのような理由なのでしょうか?

「成功するだろう」ではなくて、「絶対に成功する」という確証がないと受け入れてもらえないところはあります。

社内のロビーには訪問アーティストのサインがずらり

コンピレーションCDとプレイリスト

――最近では学割キャンペーンも実施しました。若者を取り込む狙いがあるんでしょうか?

日本に限らず若者は音楽をすごく好んで聴きますが、無料サービスで聴いている傾向が強い。動画共有サイトのエンジンを使ったような、ちょっとグレーな聴き方をしている人も含めて。こういったユーザーを正規のサービスであるSpotifyに誘導したいという意識はあります。

――たしかに、スマホアプリでもYouTubeからダウンロードして聴くものもたくさん出ていましたよね。

そういうものが蔓延したため、正規で配信する音楽動画も短くなっています。フルで聴けない不自由さがありますので、プロモーションのための動画なのに曲のプロモーションにならないという皮肉な状況です。僕らの正規のサービスを使っていただくことで、業界全体がより健全な方向に流れればと考えています。

海外では、2つ以上の有料ストリーミングサービスに入っている人が増えています。聴ける音楽はそこまで変わらないのですが、プレイリストの中身が全然違う。日本はまだそこには至っていません。

――プレイリストを聴く文化がまだそこまで浸透していないんですかね。

日本でもコンピレーションCDが売れに売れていた時期がありましたので、いずれプレイリストも受け入れてもらえると思います。

――コンピレーションCDは、種類が豊富すぎてどれを買っていいのか分からなくなります。キュレーターの中でも人気の方がいらっしゃるんですか?

います。Spotifyのキュレーターは「作成者 Spotify」となっており匿名ではありますが。主に音楽ジャンルなどによって専門が分かれています。「RapCaviar」という世界的人気のラップのプレイリストは、アメリカ人のヒップホップ担当が管理しています。

――一日中音楽を聴いているんですか? 音楽愛がないとできませんね(笑)。

そうです(笑)。

アーティストやユーザーとの信頼関係

――ところで、CMなど大々的にプロモーションを掛けないのは何か理由があるんですか?

まずは熱心な音楽ファンの方に使っていただいて、Spotifyのよさを実感していただき、信頼を得た上で、ユーザーを広げていきたいと考えています。一般的にアプリビジネスは、サービス開始とともに認知を上げるためTVCMなどを大々的に打ち、期間限定の無料キャンペーンなどでとにかくユーザー数を増やそうとする方法がよく見られますが、あえてそれはやっていません。まずは何よりもアーティストやユーザーと信頼関係を築いていきたいというのがSpotifyの考えです。

――拝金主義ではなく、音楽愛が根本にはあると。

そうですね。もちろんサービスを継続していくためには利益をあげないといけないわけですが、それ以上に音楽を愛するユーザーやアーティストと強い絆を作りたいと考えています。

――今回の取材をまとめますと、まずは多くの音楽ファンに使ってもらって、レコード会社やアーティストからの信頼もさらに集め、やがては新しいヒットやスターを生み出すサポートをしたいと。

そうですね。邦楽アーティストでも、どんどん参加していただいています。最近では、エレファントカシマシやナオト・インティライミなども新たに加わりました。レーベルの理解も広がっていますので、ぜひこれからも注目してください。

■プロフィール
野本晶(のもと・あきら)
ソニー・ミュージック、ソニー・コンピュータ、ゾンバレコードジャパン、ワーナーミュージックを経て、2005年からiTunes株式会社にてミュージック担当としてiTunes Storeの立ち上げに参加。2012年9月より現職。

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