生方はこれまでの8話で主人公の月岡夏だけでなく、現恋人・百瀬弥生(有村架純)、元恋人・南雲水季、夏と水季の子・南雲海(泉谷星奈)、水季の母・朱音(大竹しのぶ)、水季の同僚・津野晴明、夏の弟・月岡大和などの心模様を丁寧に描いてきた。

その「時間をたっぷりかけて主要人物の心境や言動、背景や事情を丁寧に描く」というスタイルは生方の十八番であり、他の脚本家ではまず見られないもの。だからこそ特別編「恋のおしまい」は夏がメインの物語ではなくても、違和感なく受け入れられやすかったのだろう。

例えば、全話のオープニングに水季を登場させたり、5日放送の第6話で水季が出産を決意した理由を明かしたり、12日放送の第7話を「いちばん近くで支えてくれた人」というタイトルで津野がメインの物語にしたり。視聴者は水季や津野への思い入れが増した状態で特別編を迎えられたため、決して唐突ではなかった。

そんな生方の脚本は演じる俳優たちにとって「見せ場たっぷりでやりがいがある」一方で、「演じるのが難しく大きなプレッシャーがかかる」などの負担も大きい。つまり技量がなければ演じられない役柄なのだが、だからこそ実力優先のキャスティングが貫かれている。

古川と池松は人気こそ同世代のトップクラスではないものの、その演技力は世代屈指。その他でも大竹しのぶ、利重剛、西田尚美、林泰文、田中哲司らベテラン勢も含め、「演技力優先の妥協なきキャスティングが、突然の特別編を成立させた」と言っていいのではないか。

特別編の放送に際して、村瀬プロデューサーが自身のX(Twitter)に「津野くん、本編では見せたことのない表情を今夜は見せまくってくれてます」「夏と過ごしていた大学時代とも、海が小学校に上がる頃とも違う、この時期だけの水季を古川琴音さんが見事に演じてくださっています」などと投稿していた。これは古川と池松が「本編とは違う演技が必要な特別編をこなす技量がある」ということだろう。

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次作はさらに特別編が増えるか

あらためて、最後に連続ドラマの特別編そのものについてふれておこう。

基本的に連続ドラマは“1話1時間×1クール(9~11話程度)”という枠が決まっていて放送できるシーンが限られている。制作サイドは「本当は描きたいけど枠の問題であきらめた」「主人公以外の人気キャラにもっとスポットを当てたかった」、一方の視聴者も「できることならそれを見たい」と思っているケースは多い。

もちろん放送にしろ配信にしろ営業的なうまみがなければ特別編は制作できないのだが、放送が始まって視聴者の反応を見て決断するのでは間に合わない。クランクイン前などの早い段階で「このキャストとスタッフなら放送か配信のいずれかで稼げるのではないか」と見立てて動いておくべきだろう。

その点、『海のはじまり』は“全12話”で放送されるところが興味深い。近年の連続ドラマは全10話がベースであり、全12話は異例の長さ。TVerのスピンオフ配信や特別編の放送と同等以上に、本編の長さに「ヒットするのではないか」という確信に近い見立てがうかがえた。

実際に、『海のはじまり』は放送開始1か月弱で見逃し配信2,000万回を突破したほか、Xの世界トレンド1位を記録し続けるなどの結果を残している。さらに、今回の特別編も「続きが見たい」という声が多かったように、脚本・演出のレベルは本編に勝るとも劣らないものがあった。だからこそ村瀬プロデューサー率いる同チームの次作は、より多くの特別編が手がけられるかもしれない。

とにかくお金が稼げるコンテンツとして成立させる精度が高いチームだけに、ファンサービスというもう1つの目的を忘れることなく、今後も積極的に仕掛けてもらいたいところだ。