テクノロジーが進化し、AIの導入などが現実のものとなった今、「働き方」が様変わりしてきています。終身雇用も崩れ始め、ライフプランに不安を感じている方も多いのではないでしょうか。

本連載では、法務・税務・起業コンサルタントのプロをはじめとする面々が、副業・複業、転職、起業、海外進出などをテーマに、「新時代の働き方」に関する情報をリレー形式で発信していきます。

今回は、IT企業経営者としての経験も持つ弁護士・中野秀俊氏が、「法人と個人事業主のメリットとデメリット」について語ります。

  • 法人と個人事業主のメリット・デメリット

法人化ってした方が良いの?

事業をスタートして、まず突き当たる疑問が、会社にするのか、個人事業主でいくのかです。前提として、起業して事業を始める場合、必ずしも会社を設立しなければならないわけではありません。会社をつくらず、個人のまま事業を行う個人事業主として事業を始める例も少なくありません。また、個人事業主でも事業の成長に応じて会社にすることもあります。

個人事業主とすべきか、それとも会社にすべきか、正解はありません。しかし、メリットデメリットを把握しておく必要はあるでしょう。

法律的な違いと会社のメリット

個人事業主と会社の法律的な違いとしては、誰が責任を負担するかです。個人事業主は、その名のとおり個人が事業を行っているので、その個人が責任を負います。この責任は道義的な責任だけではなく、法律的な責任も同じです。

例えば、事業によって生じた借金(負債)も、その個人が全額負担することになります。そのため、材料を仕入れたときの購入代金や従業員に対する賃金や問題を起こしてしまった場合の損害賠償債務など、一切の債務について個人事業主は個人として全責任を負うのです。

つまり、個人事業主は何かあった際、事業とは関係なく持っている資産(銀行口座、不動産)も差押えの対象となり、個人資産から全ての債務を弁済する必要がでてきます。

一方で、法人の場合には、責任を負うのはあくまでも会社であり、取締役といった経営者個人や株主個人が会社の債務に責任を負うことはありません。経営者個人が連帯保証をしている場合や個人資産を担保に入れている場合を除けば、会社の債務は会社だけが責任を負うこととなります。

会社の責任と経営者・株主の責任は切り離されている、これが会社の最大の特徴であり、個人事業主として事業を行う場合と比べたメリットです。

会社設立は手間と費用がかかる

事業に対する責任という観点からは、事業を行うために会社を設立するメリットが大きいことは間違いありませんが、個人事業主と比べた場合の会社設立のデメリットとはなんでしょうか。それは、会社の設立や管理運営のために費用がかかることです。

起業時に必要な費用としては、個人事業主であればとくに費用はかかりませんが、会社設立のためには少ない場合でも20万円ほどの費用がかかります。

また設立後も、会社の管理運営のために税理士に依頼することが一般的ですし(もっとも、個人事業主でも事業の拡大とともに税理士に依頼することが一般的です)、役員の変更や再任などの場合には登記手続きが必要です。毎年決算公告もしなければなりません。

このように、会社の管理運営には手間と費用がかかります。

税務面の違いについて

個人事業主と会社には、税務面の違いもあります。個人事業主はあくまで個人であるため、事業で得られた収益にはそのまま所得税がかかりますし、ほかにも住民税、消費税、個人事業税がかかります。

会社の場合は経営者への報酬が経費と認められたり、生命保険料もそのまま経費となったりしますが、個人事業主の場合はこのような取扱いは認められておらず、個人事業主は会社と比較すると経費として認められる範囲が狭いといえます。

そして、会社の場合には法人税や法人住民税、法人事業税、消費税などの税金がかかりますが、法人税の税率は所得税の税率よりも低いことが多く、所得金額にもよりますが、一定の規模以上であれば会社のほうが納付すべき税金額が低くなることが通常です。

両者の細かい税務面のメリットについては、きちんと調べておいて損はありません。

ビジネス上の信用性にも影響が

このほかの違いとしては、一般的なイメージに基づく信用性の大きさもあげられるでしょう。たとえば、個人事業主で、屋号のみを掲げて事業を行っている場合に比べて、株式会社という形態を取っていると一般的なイメージとして信頼されやすいという現実があります。

実際に、個人事業主ではなく会社でなければ取引をしないという企業もありますし、従業員採用の場面でも個人事業主よりも会社のほうが採用候補者を集めやすいとも聞きます。

また、資金調達面でも会社であるほうがメリットがあるでしょう。個人事業主の資金調達方法としては原則として借入れしかありませんが、会社の場合には株式を発行して出資してもらう方法や社債を発行する方法など、借入れ以外に利用できる手段が増えます。さらに、事業によっては個人事業主ではなく会社であることによって、金融機関からの貸出枠が増加したり、利率が有利になったりすることもあります。

個人事業主と法人の違いを知って適切な選択を

このように、個人事業主としての事業は手間がかからないというメリットがあり、他方で会社の場合には、設立や管理運営に手間と費用がかかるというデメリットがあるものの、事業の責任を経営者や株主ではなく会社のみが負うという大きな特徴があります。

税務面のメリット・デメリットも考える必要がありますが、会社は個人事業主に比べて税務面や信用面でのメリットがあることも踏まえると、起業して事業を行う場合には、早い段階から、いつ法人化するかも考えておくとよいでしょう。

執筆者プロフィール : 中野秀俊

グローウィル国際法律事務所 代表弁護士、グローウィル社会保険労務士事務所 代表社労士、みらいチャレンジ株式会社 代表取締役、SAMURAI INNOVATIONPTE.Ltd(シンガポール法人) CEO。
早稲田大学政治経済学部を卒業。大学時代、システム開発・ウェブサービス事業を起業するも、取引先との契約上のトラブルが原因で事業を閉じることに。そこから一念発起し、弁護士を目指して司法試験を受験。司法試験に合格し、自身のIT企業経営者としての経験を活かし、IT・インターネット企業の法律問題に特化した弁護士として活動。特に、AI・IOT・Fintechなどの最先端法務については、専門的に対応できる日本有数の法律事務所となっている。