高度1万メートルの上空を、多くの乗客を乗せて飛行する旅客機。その安全を支えているのが、コックピット内で交わされる会話をはじめ、地上スタッフや客室乗務員とのやり取りなどの"コミュニケーション"。その技術を磨くために、パイロットたちがちょっと変わった教育を受けていると聞き、日本航空を訪ねた。

左から塚本裕司さん、金子幸市さん

話をしてくれたのは、ベテランパイロットの塚本裕司さんと金子幸市さん。金子さんは1992年入社で、96年に訓練生から副操縦士に昇格、2006年に機長となり、ボーイング767、MD11を経て、現在は再びボーイング767の機長を務めている。塚本さんは1993年に入社し、97年より副操縦士、2007年より機長となり、ボーイング747、ボーイング744を経て、ボーイング777(通称トリプルセブン)の機長を務める。おふたりは、2012年に導入した「言語技術」教育の講師でもある。

必要なのはセンスではなくテクニック

――「言語技術」とは、どんなものですか?

塚本さん:「言語技術」は、英語ではランゲージ・アーツといって、欧米など、海外で行われている言語教育のひとつです。僕たち日本人の言語教育といえば、学校で習っていた国語ですが、海外ではみんなランゲージ・アーツを学ぶんです。

金子さん:国語では物語を読んで、「このときのおばあさんの気持ちは?」という勉強をしましたよね。そういう教育では、どうしても個人の感性や表現力が問われるし、感情を読み取れる人とそうでない人が出てきます。でも、「言語技術」は技術、つまりスキルですから、センスは必要ありません。苦手な人でも、トレーニングすれば身につくし、誰でも使いこなせるものなんです。具体的なトレーニング法がわかったことで、コミュニケーションに苦手意識があった人からも「こうすればよかったのか」と、いい評価を受けています。

パイロットのための新しいトレーニング法

――パイロットがコミュニケーションの教育を受けている、というのが意外でした

金子さん:そうかもしれませんね。でも、コミュニケーションは、パイロットにとって非常に重要なスキルの1つです。飛行機は時速600~1,100kmというものすごいスピードで飛んでいますから、情報の伝達が遅れたり、万が一間違って伝わったりすることがあれば、不安全につながりかねません。そういった意味でも、コミュニケーションの技術は、パイロットには不可欠なんです。

――もともとコミュニケーションのトレーニングも行っていたんですか?

塚本さん:フライトシミュレーターという機械を使ったトレーニングは、以前から取り入れていました。実際のフライトと同じように機長と副操縦士の2名が乗り込んで、さまざまなトラブルなどを想定した操縦訓練をするのですが、そのときに録画した映像を2人で見ながら、「あの言い方はよくわからなかった」「あのときは黙っていたけど、何を考えていた?」などと検証するものです。

――そういったトレーニングがあったのに、なぜ「言語技術」教育を取り入れたのですか?

塚本さん:シミュレーターでのトレーニングは、あくまで現場に即したコミュニケーションがベースでした。でも、「言語技術」では、例えば人間関係をうまく作るなど、現場ベースのトレーニングとはまた違った、新たなスキルを身につけることができるんです。それに、シミュレーターのような大掛かりな装置がなくても、教室で話をしながらトレーニングできるのもメリットです。

初対面同士でフライト!?

「言語技術」教育が始まった2012年から、日本航空の全パイロットが年1回、3時間の講習を受けている。講師の塚本さん、金子さんを含む8名は、茨城県にある「つくば言語技術教育研修所」で「言語技術」を学び、日本航空オリジナルのプログラムを作り上げた。

――言語技術は、どんな場面で役立ちますか?

塚本さん:僕たちは通常、機長と副操縦士の2名で運航にあたります。現在、日本航空には約2,000人のパイロットが所属しているので、同じ人と組むことは、実はほとんどないんです。たまに、同じ人と年2~3回飛ぶことはありますが、初対面の相手と組むことのほうが、圧倒的に多いんです。初対面の相手とどうしたらいいチームを作れるかというと、やはり、コミュニケーションしかありませんよね。

――機長と副操縦士って、決まったパートナーなのだと思っていました……

金子さん:国内線の場合、フライトの1時間半前集合ですから、そこで「初めまして」ということもよくありますよ。もちろん、それでガチガチに緊張しては仕事になりませんから、パイロットは初対面の人とも笑顔で仕事ができるし、お互いにいいチームにしよう、と努力します。そんなときに、「言語技術」という共通のスキルを活用することで、お互いにコミュニケーションが取りやすくなったと思います。

塚本さん:日本人は以心伝心というか、言われなくても「空気を読む」、「相手の気持ちを察する」のに長けていますよね。僕たちもやはり人間同士ですから、年齢差や、機長と副操縦士というポジション差から、相手の話に合わせたり、意見をはっきり言えなかったり、という場面があります。でも、「言語技術」では最初から「短い時間で、わかりやすく話す」ことをテーマとしているので、機内でのコミュニケーションは確実に洗練されてきたと感じています。

※次回は「反論しない」というルールなどについて。