学ぶことの楽しさを知り東京大学へ

後編では、声優活動を続けながら東京大学を受験した理由や、「生き方」について迫る。

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──佐々木さんにとってもうひとつ大きな転機として挙げられるのは、2013年に東京大学文科一類に一般前期試験で合格したことだと思います。大学に通おうと思った経緯について改めて教えてください。

先ほど(前編)もお話しましたように、かつてノドを痛めたときに、そこから脱却しようと声と演技についてイチから猛勉強をしました。いやがおうにも声を回復させなければと、切羽詰まった状況ではありましたが、同時に、何かをとことん調べたり追求したりするのって面白いんだなと気づいていったんです。

──演技以外のことも含め、とにかく学ぶことが楽しいと思えるようになった。

はい。そうなっていきました。発声と演技の勉強をするにあたって、関連しそうな本を片っぱしから集めて読んでいったんですが、中には洋書も多くありました。それらを読むことで、英語に触れる時間も自然に増えていきました。発声と演技から始まって、俳優のメソッドの古典、身体の使い方についての本、スポーツにおけるメンタルトレーニングの本など、オーディオブックも活用して英語で読む本を広げていきました。声の演技にとって参考になりそうなことは何でも知りたかったんです。

最初はそれが目的だったんですが、もともと英語は好きだったので、そのうち、並行して英語自体の勉強も始めるようになりました。指針というか、客観的な自分の英語の位置を知りたかったので、まずは英検一級を取得、その後、英語の全国通訳案内士の試験にも合格しました。でも自分の英語はまだまだなので、次のステップとして大学でアカデミックな英語を学んでみたいと思ったんです。

──ス、ストイックですね!

いや、本当に学ぶのが楽しかっただけなんです(笑)。大学を選ぶとき、最初は、年齢的に一般の受験はできないんじゃないかと想像していて、社会人受験とか夜間クラスとかになるのかと思っていたんですが、調べたところ、基本的に大学には別に年齢制限はないと分かりました。そうか、それなら自分でも普通に受けられるんだと思って受験を決めました。

──なかでも東京大学を選んだ理由は?

仕事に支障がなく通学や勉強ができる大学、というのが最優先の条件でしたので、選択肢は都内の大学でした。そして、もし合格したとしても、その後どうなるか分からなかったので、ものすごく学費が高いところじゃない方がいいなと思いました。ほら、入学しても何かの事情で通えなくなったり、勉強に付いていけなくてやめてしまったりすると、もったいないじゃないですか(笑)。

それで、国立大学にしようと思ったんです。私の場合は絶対に何年以内で受からないといけないわけじゃないし、仮にずっと受からなかったとしても失うものはないので、目標を高くと思って東京大学を志望しました。

──とはいえ、国立大学の受験となると、英語以外の科目の勉強も必要となります。

そうなんですよね。国立大学はまずセンター試験(現:「共通テスト」)を受けるために数学や社会や理科も勉強しないといけませんでした。最初は外国語学部をと思っていましたが、せっかく色々な科目を勉強するなら、と大学に入ってからも英語だけに絞らずに色々学びたいと欲が出ちゃったんです(笑)。

「やりたいからやる」で行動してもいい

──そうして受験勉強をして見事に合格。卒業されたのは法学部でしたよね。

はい。東京大学は、1、2年の間はみんな教養学部に所属して、そこで文理を問わず幅広いジャンルから学べるんです。その間に自分の進みたい学部を決めて、3年生から専門の学部へ進みます。私は仕事柄でも個人の嗜好としても文学や映画や演劇が大好きなので、3年生からは文学部に進むのが自然な流れかなと思っていました。でも、文科一類の必修科目だった法学の講義が、難しいながらもすごく魅力的に思えて、せっかく大学に来たんだから、いっそ未知の学問を覗いてみたいと思って法学部に進むことにしました。

──実際に法学部の講義を受けてみていかがでしたか?

東大法学部の鬼のようなスピードと物量の講義に最初は全然ついていけませんでした(笑)。試験も難しくて厳しくて大変でした。時間のやり繰りを含めて、卒業までは心身に負荷がかなりかかっていたと思います。でも結果的に、法学に出会えたことはとてもよかったと感じています。

法学って論理と言語を扱う学問なんです。論理立てて言葉を使うことは、私たち声優がセリフを構築していくことと共通したものがあります。声優も、セリフの意味を伝えるために論理と言葉を扱う職業なんです。そのことに気がついてからは、法学がいっそう面白くなりました。

──楽しく学びながらも、それを演技にも結び付けていたんですね。

そうですね。普段から演技者としてのフィルターを通して物事を見たり考えたりしているんだと思います。大学の授業中でも (笑)。

──将来的に法学部で学んだことを活かした活動をしてみたいという気持ちはありますか? 例えば……政治家を目指すなど。

いやあ、それは考えたこともなかったです(笑)。大学には、何かに活かそうと思ってではなく、勉強したいから行ったんです。勉強が面白いと思ったので。だから、将来を見すえてとか、何かに活かそうと思ってとか、そうやって計画的に行動していたわけではないんです。人からは、「50歳近くで大学に行くなんて無駄では」とか「何の役に立つの?」と思われるかもしれません。でも、何か行動を始めるとき、必ずしも先に繋がる目的を持ってなくてもいいと思うんです。

結果的に何かに活かせることができれば、それは素晴らしいことですけどね。法学を学んだことで何に繋がるのかはこれから見えてくると思っていますし、仮に見た目の上で繋がらないようでも、学んだことは私の中に残るものです。声優として出会った作品や役が宝ものに思えるのと同じように、出会った学問もそう思います。学問でなくても、ですね。だから自分では、単に楽しいからやる、やってみたいからやる、というので全然いいんじゃないかと思っているんです。

──若い方でも、そういう考え方でいい。

考え方と年齢は関係がないように思います。どう考えてどう動くかは個人それぞれの選択ですので。おかれた環境も条件もそれぞれ違いますし。私自身は、若い頃は成り行き任せでした。声優の業界に入ったのも人から誘われたオーディションがきっかけですし、その後も、仕事を中心に目の前のことで一杯一杯で、長期的な視点で人生を考えることをほとんどせずに生きてきたように思います。

今も多分に、「なるようになる」みたいなところがあります。自分だったら、10代、20代の頃に「将来のことを考えろ」と言われても、考える材料としての経験も知見もないので、考えようにも考えられなかったと思います。だから10代、20代でしっかりとした将来のビジョンを持っている方は尊敬します。でも、将来が見えなくて思い悩まれたりする方もきっと沢山いらっしゃると思うんですよね。

決めきれないのはダメなことじゃないですし、遅れをとっているわけでもないです。若い方に限らず、何歳であっても、決められなくて迷うことがあっても不思議じゃないと思うんです、生きている限り。ただ、そういうときは自分を他人と比べない方がいいように思います。

──他人と比べない。

陳腐な言い方かもしれませんが、人の数だけ人生のストーリーはあって、浮き沈みのタイミングも人によって違います。自分が沈んでいるときに横の人が楽しそうにしていると「いいな」と思うかもしれませんが、気楽そうに見える人でも、実は事情や苦労を抱えているのかもしれません。それは外からは誰にも分からないことです。だから、人を比較対象にしても仕方ないんです。

──誰かの成功体験が、必ずしも自分の成功につながる訳でもないですよね。

そうですね。人は一人では生きられないという言葉もあるように、私含め多くの人は、人の中で人に助けられて生きているわけですが、誰かから学ぶことはできても、誰かの人生をトレースすることはできないですからね。もし比べられるとしたら、それは自分と自分だと思います。

佐々木望 書き下ろし書籍情報

  • 『声優、東大に行く 仕事をしながら独学で合格した2年間の勉強術』

著者 : 佐々木 望
出版社 : KADOKAWA (2023年3月1日)
発売日 : 2023年3月1日
単行本 : 304ページ

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