今回登場するのは、声優の佐々木望。『AKIRA』『幽☆遊☆白書』『銀河英雄伝説』など、アニメ史に名を残す名作のメインキャラクターを演じてきた彼にとってのターニングポイントは「声優の生命線であるノドを痛めたこと」。突然壁にぶつかったことで、のちに東京大学へ進学したいと思えるきっかけにも繋がる「学ぶことの楽しさ」と、「声優」の仕事に対する自身の想いを知ることとなる。インタビュー前編では、声優デビューから壁にぶつかるまでを語ってもらった。
声優オーディションにはバイト仲間に誘われて
──『幽☆遊☆白書』、『魔法騎士レイアース』、『AKIRA』などを見て育ちました。
ありがとうございます。仕事で出会う方からもよく「出演作を見て育ちました」と言っていただけます。特に3、40代の男性に(笑)。
──まさに直撃世代です(笑)。佐々木さんが出演された作品から、たくさんのことを学ばせていただきました。そんな数々の名作に出演されている佐々木さんですが、そもそも声優を目指したきっかけは?
偶然だったんです。当時、バイクが好きで、東京に来てからもアルバイトをしながらバイクに乗るという生活をしていました。そんな日々のなか、アルバイト先でよく一緒にいた方が芸能情報が載った雑誌を持ってきて「オーディションがあるから、みんなで応募しない?」って誘うんですよ。そこに書かれていたのは「声優事務所が新人を募集します、経験不問」という文言。
当時は声優の仕事がどのようなものかよく分かってなかったのですが、「いやいや、やめとくよ」って言うとその場のノリに水を差しそうだし、書類を出すくらいはいいやと、そこにいた人みんなで応募したんです。そうしたら自分だけ一次審査を通過、二次審査は面接とセリフでしたが、それも合格して、事務所に入ることになりました。
──元々役者になりたいなどの希望があった訳でも、アニメが好きだった訳でもなかったんですね。
読書は好きでしたが、アニメは詳しくなくて。でも『トムとジェリー』などはよく観ていましたよ。映画も大好きでしたけど、自分が演じることは考えたことがなかったです。だから演技者になったのは自分でも不思議なんです(笑)。でも改めて振り返ってみると、子供のときは、本を読むといつもその物語の登場人物になっていたかもしれません。
──登場人物に?
例えばモーリス・ルブランの『アルセーヌ・ルパン』シリーズを読んだときは、心の中で怪盗ルパンになっているんです。『レ・ミゼラブル』を読んだときはジャン・バルジャンに、『赤と黒』を読んだときはジュリアン・ソレルやジェラール・フィリップに。ヤクザ映画を見終わった人が肩をいからして歩くみたいに、私も登場人物になったつもりの言動をしていました。演技をしている自覚まではなかったかもしれませんが、自分じゃない誰かになるという意味では、ここが原点かもしれません。
──意識はしていなかったものの、根底では「演じる」のが好きだった?
「演じる」というよりも「その人になる」っていう感覚の方が近いかもしれません。誰かを演じている私がいるのではなく、そのまま別の人として存在している感じです。周りの人にそう言っていた訳でもなく、自分の中だけでひっそりキャラクターになったつもりでいました。
業界にとっても可能性が広がる
──先ほどオーディションで合格したというお話がありました。声優を目指していないなら、辞退するという選択肢もあったかと思います。
そうですね。オーディションの募集要項には「合格者は無料で育成」と書かれていましたが、「そんなこと言って、どこかの段階でローン組ませるとかしてお金を沢山取られるのかもしれない?」とちょっと疑っていたりもしました(笑)。もし危なそうなオーディションなら逃げようと思っていたのですが、合格者はどうやら本当に無料で声優養成所のレッスンを受けられるということで。それなら別に失うものもないし、やってみるかと思ったんです。
そうして何回か養成所のレッスンを受けているうちに、事務所のマネージャーさんから「アニメの新番組のオーディションがあるので、行っておいで」と言われて、まだよく分からないままスタジオに行きセリフを喋ったところ、役をいただけることになりました。
──その作品と役どころは?
『ドテラマン』というテレビアニメの短鬼という役です。毎話出てくるけど、セリフがたくさんあるという役ではなかったので、新人にチャンスをあげようと使ってくださったんでしょうね。そこから、少しずついろいろな作品に入れていただいて声のお仕事を続けて行くようになりました。
──10代・20代の声優さんにインタビューすると、多くの方が「声優になりたくてなりました」と語ります。ただ、佐々木さんが20代のころは声優を目指していたという人は、割合としては少なかったのかなと。
最初から声優を目指して声優になったという方は多くはなかったです。私がデビューした頃は、同世代の声優は劇団で子役からずっとやってこられた方たちがほとんどだったと思います。先輩方の中には「俺たちは声優ではなくて俳優なんだ。俳優が声優の仕事もやっているんだ」、「声優ではなくて役者と呼んでくれ」と言う方もいらっしゃいました。声優は職業というよりは、俳優の中に含まれる仕事の一ジャンルだという考え方が根底にあったんですよね。
──それが今では、「佐々木さんに憧れて業界を目指しました」という方もいる時代になっています。
そうですね。今はあの頃とは変わって、しっかりと声優という職業が独立してあるんだ、と声優自身も捉えるようになったように思います。アニメ業界が盛り上がっていくにつれて、アニメや声優が好きで声優を目指す方の数も自然と増えていったということなのかもしれません。そうやって更に業界が活性化されて盛り上がるのは良いことですよね。ただ、これから声優になりたい方が、もし私のように声優を演技者だと考えるならですけど、好きなものがアニメや声優まわりだけだとしたらちょっともったいないかなと思います。
アニメを作る一員として、アニメ以外のことも見て知っておく方がその方にとっても業界にとっても可能性が広がるように思うんです。フィクションでも現実でも、アニメ関係以外の世界や人間に、何でもいいんですけど、何にでも興味をもったり体験したりすると、それら全てが自分の演技にも通じていくと思っています。
──先輩たちが「自分たちは俳優なんだ」と言っていたのも、本質的にはそういう意味があったのかもしれません。
そうだと思います。これは「声優か俳優か」という呼び方とか位置付けの問題ではなくて、どちらにしても「演技者である」ということなんだと思っています。私自身、当時も今も自分は声優だと思ってきましたし、呼び方は声優でも俳優でもタレントでもナレーターでも何でも、まったく気にしないんですが、声優の仕事の本質は演技者であることだという意味で、先輩方のお考えはよく理解できます。
前編その2へ続く
佐々木望 書き下ろし書籍情報
著者 : 佐々木 望
出版社 : KADOKAWA (2023年3月1日)
発売日 : 2023年3月1日
単行本 : 304ページ