あなたは、自分自身がこれまでにどんな予防接種を受けて、何を受けていないか正確に把握していますか? おそらく、多くの人が「分からない」と答えるでしょう。でも、グローバル化がますます進むこれからの時代、自分の接種歴を知っておくことは大事なことなのです。

今、世界各地で様々な感染症が流行しています。そうした実状を踏まえ、この時代を生きていく社会人に必要な予防接種についての知識や情報を、『ナビタスクリニック』理事長で医師でもある久住英二氏に教えていただきました。

  • 自分が受けた予防接種を把握していますか?(写真:マイナビニュース)

    自分が受けた予防接種を把握していますか?

定期予防接種の実態

予防接種には、法律に基づいて市区町村が主体となって実施する「定期接種」と、希望者が各自で受ける「任意接種」があります。定期接種は、行政の費用負担の下で行われますが、接種対象年齢が定められており、それ以外の年齢で受ける際には任意接種の扱いになります。

現在の日本の定期予防接種スケジュールは以下の通りです。

  • 日本の定期予防接種スケジュール 出典:国立感染症研究所

    日本の定期予防接種スケジュール 出典:国立感染症研究所

定期予防接種を受けることは、以前は「義務」とされていましたが、現在の法律では「努力義務」となっています。

「人から人に伝染することによる感染症の発生やまん延を防止するため、または重症化するおそれのある感染症の予防やまん延防止のため、予防接種が必要とされる病気(A類疾病)について、国民は予防接種を受けるように努めなければならない」という扱いです。

したがって、接種を受けるかどうかを最終的に決めるのは、接種を受ける本人または保護者ということになっています。

ですから、実際には、予防接種の接種歴は人によって違いがあります。また、予防接種法は時代によって変遷しているため、世代によっても開きがあるのです。

日本で大人の風疹が流行っている理由

近年、日本国内で風疹が流行しています。国立感染症研究所によると、2012~2013年に起こった大流行における患者数は全国で16,000人超、そのうちの約90%が成人で、男性が女性の約3倍。この流行の影響で、45人の赤ちゃんが先天性風疹症候群と診断されたそうです。その後一度流行は収まりましたが、また2018年より患者数が急増しています。

ところで、なぜ日本人の大人の間で風疹が流行してしまっているのでしょうか。それは、これまでの予防接種法の変遷に理由があると久住氏は言います。

「風疹の予防接種が現在のように男女とも幼児期に2回の定期接種と定められたのは1990年4月2日以降です。それ以前は、接種の時期や回数、対象者が、何度も変わっています」。

  • 麻疹・風疹の予防接種対象者の変遷 出典:ナビタスクリニック

    風疹の予防接種対象者の変遷 出典:ナビタスクリニック

「風疹は、免疫のない女性が妊娠初期に罹患すると、ウィルスが胎児に感染し、出生児に先天性風疹症候群と総称される障害を引き起こすことがあります。風疹のワクチン接種は、この母子感染の予防が第一の目的。そのため、かつては女性に免疫があれば大丈夫だろうという目論見から、将来母親になる可能性のある女子中学生を対象に集団接種を行っていました。でも、そのやり方では病気をコントロールできませんでした」。

風疹のように、誰もがかかって、かつ免疫ができると繰り返しかかることが少ない病気は、基本的には子どもがかかるもの。水ぼうそうや麻しん(はしか)も同様ですね。だから幼児期のうちにワクチンを打っておく方が良い。そうした考え方に、日本は変遷を経てやっとたどり着いたそうです。

なお、イギリスもかつては日本と同じ方式(女児だけに接種)で行っていましたが、それでも先天性風疹症候群を無くすことが出来なかったため、1988年から両性とも幼児期にMMR(麻しん・風しん・おたふく混合)ワクチンを接種する方式に切り替えました。アメリカは最初から子供に打っていたので、比較的早くから病気を封じ込められたとか。

やり方を間違えていたら変えていけば良い、けれど、日本はなかなか対策が進まなかったようです。

  • 日本はなかなか対策が進まなかったと話す久住氏

    日本はなかなか対策が進まなかったと話す久住氏

もう一つ、日本の予防接種の変遷において注目すべきポイントが、集団接種が中止になったことだと久住氏は言います。

「1994年の予防接種法の改正で、定期接種の方法と位置づけが、『集団接種(義務接種)』から、『個別接種(積極的推奨と努力義務)』に変わったのです。これは、ワクチン接種による副反応に対し、集団訴訟が起こったことがきっかけでした。

『集団接種だと十分な問診がなされないから、副反応を起こすリスクが高い。だから、かかりつけ医による十分な問診の上での個別接種にしよう』となったわけです。でも実際には、どんなに十分な問診をしても、副反応が起きるかどうかを見分けることは不可能なんですよね」。

つまりは、何を是として考えるか。例えば、DDTという殺虫剤は発がん性があることが分かっているので先進国では使いません。しかし、マラリアによる疾患が多いアフリカやアジア、中南米などの国々では制限を設けて使用しています。がんのリスクはあるけれど、マラリアのリスクは許容するのかという話です。

「日本は、予防接種の集団接種をやめて個別接種にしたことで、接種のハードルを上げてしまった。それによって接種率を低迷させて、病気にかかる人を増やしたってことなんです。そんな紆余曲折がありまして、日本は風疹ワクチンの接種率が十分でない世代が残ってしまった。結果、定期的に流行が起こってしまっている。それが、2013年及び昨年から今年にかけての風疹流行の原因ですよね」。

社会人が受けておくべき予防接種

久住氏に、今の社会人が受けておくべき予防接種についてうかがったところ、次の5つを挙げてくれました。

麻疹(はしか)、風疹

「今、日本の子どもたちは、麻疹(はしか)、風疹、みずぼうそうの予防接種を1歳に初回を受け、それぞれ2回目まで受けることになっています。しかし、今の社会人の多くは、はしかも風疹も1回ずつしか受けていないか、全く受けていない。みずぼうそうも受けていない人が多いでしょう。特にはしかと風疹は現在日本で流行していますので、免疫がない人は接種すべきです」。

水ぼうそう

「水ぼうそうのワクチンは、帯状疱疹の予防が可能です。帯状疱疹は50歳以降で増加し、年齢とともにどんどん増えていきます。ただ、梅雨の時期は、気温や湿度の影響で体が疲れやすくなるため、若い人の間でも増えるんです」。

新卒の社会人1年目の人たちは、新しい環境に入って数カ月後の梅雨時が、ちょうど疲れが出てくる頃。ですから、ストレスフルな環境下にある方は、帯状疱疹の予防のために水ぼうそうのワクチンを打っておくと良いそうです。

なお、現在日本では、水ぼうそうワクチンの成人の接種対象者は50歳以上となっていますが、実際には、何歳の人が受けても科学的に問題はないと久住氏は言います。

B型肝炎、HPVワクチン

「B型肝炎も、今の子どもたちは定期接種になっています。これは、血液や体液を介して感染する病気です。性行為に伴って感染するケースが多いので、すべての人が接種しておいた方がいいでしょう。

さらに、HPVワクチン、子宮頸がんワクチンと呼ばれたりもしますが、これは、子宮頸部や中咽頭部にがんをつくるヒトパピローマウィルス感染症に対する予防ワクチンで、アメリカでは45歳くらいまで、男女とも接種が推奨されています。子宮頸がんは25歳くらいから増えてきており、感染すると子どもを産めない体になってしまう可能性がありますので、特に女性は早めの接種をお勧めします」。


こうした大人の予防接種は任意接種となりますが、現在、はしかや風疹については、市区町村で抗体検査を行っていたり、費用の一部助成をしたりする場合があります。ホームページなどで、是非一度チェックしてみてください。