相互直通運転の境界の駅では、運転士が交替する。例外として直通先まで乗務する路線もあるけれど、原則として鉄道の運転士は所属する鉄道事業者の路線しか運転しない。運転できる車両は所属する鉄道事業者の車両と、直通運転で乗り入れる車両に限られる。

京急電鉄の場合、自社線内で都営浅草線の電車、京成電鉄の電車も運転する。東急東横線の運転士は、自社線内で東京メトロ、西武鉄道、東武鉄道、横浜高速鉄道の電車も運転する。これだけ会社が多いと、電車の形式も多くなる。そこで相互直通運転に使う電車は、運転士がまごつかないように、各社とも運転席の仕様をなるべく統一している。

  • JR貨物の機関車に牽引され、輸送される小田急電鉄の新型車両70000形。御殿場線内ではEF65形が牽引し、小田急線へ機関車ごと乗り入れたという

ところで、小田急電鉄の運転士は、自社の電車はもちろん、乗り入れてくる東京メトロ・JR東日本の電車も運転する。さらにJR貨物の電気機関車を運転できる運転士もいらっしゃるそうだ。……ん? JR貨物? 電気機関車? なんで?

小田急電鉄に聞いてみた。

「当社には現在、運転士としてハンドルを握っている者が582名います。そのうち23名は、JR貨物のEF65形電気機関車の運転資格を保有しております。その理由は、JRと小田急で車両の受け渡しをするためです」

小田急電鉄は12月5日、新型特急ロマンスカー70000形「GSE」を小田急大野総合車両所で公開した。この新型車両を小田急線内に運び入れるときも、途中の経路でEF65形が使われた。そのとき、わずかな区間を小田急電鉄の運転士が担当している。

今回の70000形に限らず、小田急電鉄の新製車両等は車両メーカーから貨物列車として小田急線内へ輸送される。輸送はJR貨物が担当し、JR線を走ってくる。小田急線とJR線は軌間が同じだから、そのまま走行できる。ただし、信号システムが異なるなどの理由で自走はできない。

機関車に牽引された車両は、まずJR御殿場線の松田駅に到着。ここから小田急線の新松田駅付近まで線路がつながっている。この線路は小田急線からJR御殿場線へ直通する特急ロマンスカー「あさぎり」が使っていることでも知られる。JR松田駅からの連絡線は小田急電鉄の線路になっているため、小田急電鉄の運転士が担当し、JR貨物の電気機関車を運転して新松田駅まで走る、というわけだ。新松田駅で機関車を切り離し、小田急電鉄の運転士が機関車を運転してJR松田駅へ返しに行く。

  • JR御殿場線と小田急線を結ぶ連絡線。車両を搬入する際、JR松田駅から機関車に牽引されて連絡線に入り、本線で折り返して新松田駅に入線する。機関車は逆の手順でJR松田駅に戻す(国土地理院の空中写真より http://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1523434)

そんなに頻繁に機関車を使うわけでもないのに、23名も有資格者がいらっしゃるとは驚きだ。そして582名のうち23名と聞くと「選ばれし者」という印象がある。

「社内で不定期に開催する選抜試験に合格した者が、名古屋でJR貨物様の研修を受けて資格を得ます。ロマンスカーの乗務員も選抜制度があるんですよ。ちなみに現在23名という人数になった理由は、車両の輸送時期と乗務員のローテーションの調整で、輸送を対応する必要に応じて資格を取得しているためです。人事異動もありますから、つねに一定数の資格者を保つというわけではないです」(小田急電鉄)

そもそも運転士の総数が582名ということにも驚く。ちなみに車掌もほぼ同数で、駅員は約900名もいらっしゃるという。保線なども含めると、たくさんの職員が小田急電鉄の路線を支えている。