駅のホームにあるものといえば、ベンチ、自動販売機、待合室、駅員事務室、階段など。余地が広ければ地域の名物を飾っている駅もある。ところが、大阪のある駅では、地上から生えている樹木がプラットホームと上屋を突き抜けている。まるで串刺しのような光景だ。一体どうしてこうなったのだろう?
その珍しい駅とは、京阪電気鉄道京阪本線の萱島(かやしま)駅だ。大阪側のターミナル・淀屋橋駅からの距離は12.8km、所要時間は各駅停車で約25分、準急で約17分。急行以上は停まらないけれど、京都方面に寝屋川車庫があるため、当駅止まりの電車も多い。電車の行先表示板に「萱島」が表示されるから、地元の知名度も高いと思われる。
ローカル線に乗ると、ホームに樹木がある駅をいくつも見かける。駅を建設するときに植樹されたと思われる。ただし、それは地平にある駅に限られる。高架駅のホームで木を植える例はあまりないし、ましてホームの下から生えた木が貫く駅とは珍しい。
萱島駅は天満橋駅からの複々線区間が終わる駅でもあり、ホームは2面4線。その中の淀屋橋方面のホームを樹木が貫いている。なんとも不思議な光景だ。家を建てたら床下から木が生えてきたから、床と天井に穴を開けたという話を聞いたことがある。それと同じように、高架線の下から木が生えて、その木のためにプラットホームに穴を開けたのだろうか? それとも、もともと木が生えているところにプラットホームをつくり、木を切らずに残したのだろうか?
正解は後者だ。この樹木は高架駅の下にある萱島神社の御神木のクスノキである。ご近所の方の話では、もともと京阪本線の線路はクスノキの裏手を通っていた。しかし時代の変遷によって京阪本線の乗客は増加し、線路は順次、高架複々線として改良されていった。1972年に萱島駅を含む区間の工事に着手したとき、淀屋橋方面の線路やプラットホームがクスノキ側に張り出す形になった。
この木は伐採する予定だった。しかし、「萱島の大クスノキ」として地域の人々に親しまれ、かつて神社もあったと伝えられていた。この木は神木だったわけだ。樹齢700年とも言われており、保護を要望する声も多かったという。そこで京阪電気鉄道はこのクスノキを残すと決め、クスノキがプラットホームの中央になるように駅を設計した。1980年に工事が完了したとき、クスノキがプラットホームと屋根を突き抜ける珍しい姿になった。
萱島神社に掲示されている由緒書によると、この付近の開拓の祖、神田氏の祖先を祀るため、1787年に建立されていたという。祭神は他に菅原道真公と豊受大神とのこと。しかしいつしか神社は廃れ、神木のクスノキだけが残った。京阪電気鉄道はクスノキを守るだけではなく、神社再興のための寄進も行った。神社の敷地まわりだけは同社のものではなく、神社が保有し、同社に賃貸する形になっているという。
萱島神社には地元の個人や企業の名がついた柱や提灯が並び、受験シーズンのせいか、たくさんの絵馬が掲げられていた。節分祭の告示もある。地域に人々にとって大切にされている様子だ。萱島駅から徒歩0分という立地でもあり、遠方からもお参りに訪れる人も多いとのことだった。