本連載の第71回では「未読メールの蓄積は業務効率を低下させると心得よう」と題し、未読メールを少なく保つことのメリットについてお話をしました。今回は最近にわかに脚光を浴び始めた「脱ハンコ」を進める上でのポイントをお伝えします。

コロナ禍で満員電車やオフィスでの密を避けるためにリモートワーク化が進められています。一方で、リモートワークをしようにも「出社しないと業務が回らない」という理由で出社を余儀なくされている社員も多くいらっしゃるようです。

その理由の一つとしてよく挙げられるのが「会社でハンコを押さないといけないから」。会社のハンコを外に持ち出すわけにはいかないのでどうしても出社せざるを得ないということですが、ハンコのためだけに出社するというのはナンセンスですね。

また、これはコロナ禍の前から言われていたことですがそもそも紙の決裁文書などに押印して承認者に回していくという行為自体が非効率であるという問題もあります。承認者が外回りや出張中で不在だった場合は承認に何日もかかってしまう場合がありますし、他の紙に埋もれて紛失するリスクもありますし、どの階層まで承認が進んでいてどこで止まっているのかといった状況も分かりません。これでは組織としての意思決定に無駄に時間がかかってしまいます。

こうした状況を打破するために一刻も早く押印をやめましょうということですが、では「明日から一切の押印をなくします、以上!」と宣言してしまって全く問題はないのでしょうか。また、一方では古参の社員から「これまで長年、押印し続けてきたのは文書の信頼性を担保するために必要だったからだ。押印をやめてしまえば信頼性が失われてしまうではないか。絶対に残すべきだ!」といった反対意見が出てくることもあるでしょう。

このような「0か100か」という意見をぶつけ合っているだけでは不毛な論争に終始してしまい、到底生産的な議論とは言えません。ではどのように検討すればよいのでしょうか。本稿では「脱ハンコ」の検討を生産的に進めるための4つのポイントをお伝えします。

1. 現在、押印を必要としている書類には何があるのか

押印の是非について熱い議論を交わしているのに、そもそも当事者たちが自社で何の書類に押印しているのか把握していないというケースはよくあります。「きっと多くの書類にハンコを押しているに違いない」という曖昧なイメージに基づいて話していては精緻な議論ができるはずはありません。稟議書や備品の購入申請書、有給休暇申請書など現在、社内で押印を必要としている書類には何があるのかを調査し、全て洗い出しましょう。

「調べてみたら押印が必要な書類は思ったほどなかった」というケースや、その反対に「想定以上に多くの書類に押印が求められていた」というケースもあるでしょう。こうした情報を把握することで押印をなくすことの効果の大小を大まかに把握できます。

2. 押印する人と押印の頻度はどのように分布しているのか

「押印のせいで多くの社員のリモートワークが滞っているに違いない」とか「押印によって業務効率が著しく下がっているはずだ」と決めつける前に、客観的な現状把握をお勧めします。誰が何の書類に押印しているのか、それは毎日何十件もあるのか年に数件しかないのかなどを調査・分析します。

それによって、「日々押印するのは本社勤務の経理部員だけで、他の社員のリモートワーク化にはほぼ影響していない」とか「実は全社員に押印が求められるのは年末調整の書類だけだった」、或いは「ある営業所では全営業担当者に日報への押印が求められている」といった実態が掴めるでしょう。その実態に基づいて、どの押印をなくすと大きな効果が得られるのかを判断できます。

3. 押印は業務プロセスにどのように組み込まれているのか

押印を必要とする業務プロセスを調査し、1人が押印して完結するプロセスなのか多くの人の押印を必要とするプロセスなのか、どのようなタイミングで押印が必要なのか、押印時に参照する資料には何があるのか、それは紙資料なのか電子データなのか、といった業務プロセスに関する情報を整理するとよいでしょう。

よくある稟議書のように決裁者が押印した書類を上位の決裁者に順番に回していくようなケースでは最終的な承認を得られるまでに時間と手間がかかってしまいます。決裁者の一人でも在宅勤務をしていたりすると郵送でやり取りするか押印のために出勤してもらわなければならなくなり、いずれにせよ負担が大きくなりますし決裁に要する時間も著しく長くなってしまいます。そのため、このような業務プロセスに組み込まれた押印をなくして電子化することのメリットは大きいと判断できるでしょう。

一方で、たとえ押印をなくせたとしても参照する資料が紙のままであった場合には単純に押印をやめるだけでは効果は薄くなってしまいます。この場合には、その紙資料の扱いもセットで電子化するなどの対策を立てることが重要になります。

4. 押印はどのような役目を果たしているのか

よくあるのは、資料に押印する理由が単に「昔からこの資料には押印しているので、今もそうしている」というケースです。前任者から「この資料には必ず押印してください」と言われたから、周りの人たちがやっているから、というだけでハンコを押しているという話をよく聞きます。

今改めて、「その押印は何のために行っているのか」を問うことが大事です。これから変わるかもしれませんが年末調整の書類のように役所に提出するもので、押印が義務化されているようなものであれば有無を言わさず押印は必要でしょう。しかし、そのような書類以外ではなぜ必要なのでしょうか。

「確かに本人が作成した、或いは本人が承認した」という証拠を残すため、文書の偽造を困難にするため、などの理由があるかもしれません。押印の理由が前者であれば紙にサインすれば済むかもしれませんし、紙資料を電子化するなら電子署名で代替できるかもしれません。後者の理由で、かつ電子化するならWordなどのファイルをPDF化して暗号化することで偽造を回避できるでしょう。

以上、4つのポイントをお伝えしました。「ハンコをなくせ!」とか「ハンコを守れ!」という極端な論争を続けるのではなく、これらのポイントを踏まえて検討を進めて頂くことで業務の効率化を実現するための現実的かつ効果的な取り組みを実現して頂ければ幸いです。