本連載の第51回では「アフターコロナに向けて個人はどう備えるべきか」と題し、変化に適応して個人が生き残るためにやるべきことをお伝えしました。今回も引き続きアフターコロナに着目し、これを機に自社の業務のデジタル化を推進しようとする企業で陥りがちな罠と予防策についてお話します。

緊急事態宣言が解除されて以降、朝夕の通勤電車やオフィス街に人が戻りつつあるように見えます。ところが新型コロナウイルスの脅威がなくなったとは言えず、むしろ東京や北九州では第2波が到来する懸念が増しているようです。

この不確実性の高い状況において、テレワークを導入した企業の中には「できるか不安だったけれど、やってみたら意外と仕事が回った」という話をよく耳にします。その一方、テレワークを導入したという企業でも紙資料の存在やFAXでのやり取り、ハンコ決裁が残っているために一部の社員が出社を余儀なくされているという話も聞きます。

いつまた感染拡大が起きて緊急事態宣言が再び発出されるかわかりませんので、このような企業の中にはこれを機会に業務のデジタル化を進めようというところもあるでしょう。しかしながら、こうした取り組みを進めるうえでは陥りがちなトラブルがあります。そこを把握し、未然に防ぐことで取り組みを成功に導きましょう。

アナログをデジタルにすることを目的に据えない

「我が社は業務のデジタル化を推進する」というようなお題目はよくあるものの、文字通りデジタル化することを目的に据えてしまうというのはどうかと思います。なぜならデジタル化はあくまでも手段として捉えるべきことであり、デジタル化を通して何を実現するのか、その目的をしっかりと定義しておくことこそが重要だからです。

そこを認識しないままデジタル化を目的に据えてしまうと、オフィスに存在する大量の紙資料を片っ端から取り出して1枚ずつスキャンしてPDFファイルにしようとしたり、そのPDFファイルをハードディスクや共有フォルダにランダムに突っ込んだりすることになります。

これをやってしまうとまず、担当者は紙資料のスキャンだけで膨大な手間と時間をかけたうえで「この作業、ひょっとして永遠に終わらないのでは」と不安とストレスを感じることになるでしょう。そこをどうにかクリアできても、今度はできあがったPDFファイルの名前を付けるのに手間取ることが予想されますし、取り急ぎハードディスクや共有フォルダの1カ所に保存できたとしても検索性が極めて乏しく、却って探す手間が増えてしまうこともあるでしょう。

また、PDF化した紙資料の廃棄の是非の判断がつかずに結局は紙のまま残ってしまい、挙げ句の果てには「紙の方が見やすかった」と多くの社員からクレームが上がってしまうなど「踏んだり蹴ったり」の事態に陥りかねません。

デジタル化によって目的を達成するロジックを詰めよう

「うちの会社は紙の資料が多くて業務が非効率だ。だから紙の資料をデジタル化したい」というような話を聞くことは少なくありません。しかしよく考えてみてください。アナログの情報をデジタルに変換するだけで本当に業務の非効率性が解消されると言えるのでしょうか。

業務の効率化を目的に据えてデジタル化を手段と捉えていても「デジタル化すれば業務が効率化する」と単純に考えているようでは、やはり先ほどと同様の事態に陥りかねません。

それは「デジタル化すれば部署をまたいだ情報共有が円滑になる」とか「デジタル化すればコミュニケーションが活発になる」といった論法も同様です。このような主張をする人はデジタル化を魔法のようなものと捉えているフシがありますが、極めて危険な考えであると言わざるをえません。

業務の効率化を目指す場合においても、単に情報をアナログからデジタルに変換するだけでは大した効果を得られず、場合によっては効率が下がってしまうこともあり得ます。そうならないためにはデジタル化によって業務プロセスがどう変わり、それによって何の業務の工数が減るのかとか、情報共有の仕組みがどのように変わることで情報の共有や閲覧の仕方が変わるのか、などの改善に繋がるロジックを精緻に詰めることが必須です。

例えばこれまでの会議では事前に資料をプリンターで印刷してホチキスで留めて、出席者のテーブルに並べるという作業を行っていたのだとしたら、これからは事前に資料を出席者にメールで送付しておいたり、プロジェクターで投影したりするようにルールを変更するだけで、印刷とホチキス留め、配置という面倒な作業の工数を削減でき、その分をもっと生産的なことに費やせられるでしょう。

また、担当者が稟議書を作成して印刷したものを係長に提出、そこから課長、部長と回しながらハンコの捺印をもらう決裁プロセスがあったとすると、その中の誰かがオフィスにいないとプロセスが中断してしまい意思決定の遅れを招きかねません。このような稟議のプロセスについてはワークフローの導入により電子化してしまえば、仮に部長が出張で不在だったとしても出張先で内容を確認し、すぐに決裁処理してもらえるので意思決定のスピードが上がります。

このように、何の業務をどのように変えることで目的を達成するのか、そのためにデジタル化が必要ならば、それはどういう機能や役割を果たすものなのか、業務プロセスや社内ルールをどう変えるのか、などをしっかりと考え抜くことが不可欠です。

デジタル化は万能薬ではないと心得よう

テレワークを推進するのに紙資料のデジタル化が欠かせないことは言うまでもありませんし、しっかりロジックさえ詰めていれば、基本的にはデジタル化によって様々な業務で恩恵を受けられることでしょう。

その一方で、何もかもデジタル化した方がよいかと言えばそうとは限りません。上述したような、過去数十年間に渡って蓄積してきた膨大な紙資料をデジタル化するというのは手間とコストが膨大にかかるので割に合わないという場合もあるでしょうし、デジタル情報より紙の資料を使った方が、作業が効率的に進むという場合もあります。

例えば大きな設計図や地図のような拡がりを持った情報の全体像を把握しようとすると、パソコンのモニターでは一部分しか見えないのでスクロールしなければならなかったりする一方、紙であれば一瞥して全体を見ることができます。また、それを複数人で見て議論しながら情報を書き込んだり印をつけたりするようなことも紙の方が簡単にできるのではないでしょうか。

あるいは、1つ1つの情報は地図ほどの拡がりを持っていなくても、それを並べて各々の情報の共通点や相違点を比較するような作業を1つのモニターの中だけで行うのは骨が折れる場合でも、紙を並べれば一目瞭然だったりします。

このようにアフターコロナを見据えて業務のデジタル化を推進する場合においても、デジタル化は目的ではなく手段であると心得て、目的達成に至るロジックをしっかり構築し、紙の方が適しているケースがある点も踏まえて考えることで、ありがちな失敗を未然に防ぎましょう。