いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、中野の喫茶店「ばらーど」をご紹介。

  • 自宅が昭和な喫茶店に?「ばらーど」(中野)

明らかに普通の一軒家だけど……?

高円寺方面から早稲田通りを進み、大和陸橋を越えると、やがてチモトコーヒーの緑色の立て看板が見えてくるんですよ。ちょうど、法務局の真正面あたり。

  • お店が見当たらないのに看板が

ずいぶん前、車道の端を自転車で走りながらそれを見つけたときには、「喫茶店があるんだな」とだけ感じて通り過ぎてしまったのです。けれど、後日改めてよく見ると、お店が見当たらない……。そこで自転車を停めてチェックしてみたところ、路地の奥には明らかに普通の一軒家が。そして、そこにも同じ立て看板が見えます。

  • 路地の突き当たりには……3

つまり、自宅が喫茶店ってこと?

ちょっと緊張しながら近づいてみたら、やはりそのとおりでした。整えられた庭の向こうに民家があり、玄関に「コーヒーを楽しむ店 ばらーど」という木製の看板が出ていたのです。

  • たしかに「営業中」とあります

いわれてみれば、室内からは食器を重ねるような音も微かに聞こえてきます。

そうかー、本当に喫茶店だったのか。となれば、店内を拝見してみたくなりますね。ということで意を決してドアを開けてみると、目の前に現れたのは木の質感を生かした玄関。

  • まさしく家庭の玄関

左側には黒電話や洗面所などがあり、一見するとやはり普通の民家ですね。右正面の階段には額縁や皿が飾られていて、登れないようになっています。つまり2階はプライベートスペースなのでしょう。

喫茶店は、右側のドアの向こうにあるようですが、足を踏み入れてみたらビックリ。非常に落ち着いた、見るからに居心地のよさそうな喫茶店になっていたからです。

  • 落ち着きのある店内

右側のテーブルを選ぶと、窓の向こうには先ほど目についた庭が。木々の緑が目に心地よく、すぐそこに早稲田通りがあることを忘れてしまいそうになります。

  • とても落ち着ける雰囲気

  • 庭も整えられています

左側にも3卓ほどの席があり、突き当たりにはカウンター。広すぎず、狭すぎもせず、そこにいるだけで気持ちが落ち着きます。

おそらくそれは、店内のつくりによるものなのでしょう。たとえばしっかりとした柱は、いまどきの建築物にはない重厚さを感じさせるのです。

椅子やテーブル、柱時計などの装飾物も、明らかに古くから使われてきたものだとわかります。

すっきりとまとまった空間に、時の流れを感じさせるさまざまな要素が盛り込まれているということ。センス抜群ですね。

お水を持ってきてくださった奥様にブレンドコーヒーをオーダーすると、奥のカウンターでご主人が準備をはじめられます。本を読みながら待っていたら、ほどなく上品なカップ&ソーサーが運ばれてきました。これもまた、明らかに大切に使われてきたものですね。

  • カップ&ソーサーも上品

コーヒーの味も期待どおり、いや、それ以上だったかもしれません。苦味と酸味とのバランスが非常によく、飲みやすいのに深みがある。コーヒーショップの本領はブレンドコーヒーに表れるものだといわれますが、本当にそのとおり。理想的なバランスです。

ものすごく興味が湧いてきたのでマスターにお声がけし、お話を伺ってみたところ、いろいろ納得できる答えが返ってきました。

  • 長らく時を刻んできた柱時計

というのも、お店にはとても古い歴史があったのです。

昭和41年から神田で11年、上野で11年、平成元年に京橋へ移転して26年。そののちご自宅の日本家屋を改装し、ちょっと変わったこの地に落ち着いたとのこと。

  • 額には「今日の日はさようなら」の歌詞が

昭和の雰囲気をうまく残した内装は、マスターのお知り合いの棟梁が手がけたもの。ちなみに壁に飾られた横長の額には、馴染み深い「今日の日はさようなら」の歌詞が飾られています。これはマスターのお好きな詞で、作詞された金子詔一さんの承諾を得ることができたため、奥様が書かれたものなのだとか。雰囲気によく溶け込んでおり、このお店を象徴する重要な逸品であると感じさせます。

また、静かに流れるクラシックも魅力のひとつ。ベートーヴェンがいちばんお好きだとのことでしたが、重厚なオーケストラの旋律は、たしかにコーヒーの深い味わいと見事に調和しているのでした。

  • 「また来たいな」と思わせる雰囲気

●ばらーど
住所:東京都中野区野方1-44-1
営業時間9:00~18:00
定休日:日曜