いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、四谷の喫茶店「ロン」です。

  • 喫茶「ロン」(四谷)


時を経ても新しさを保つワケ

高校生のころ、ある事情でよく四谷に足を運んでいました。もうかなり昔の話ですけれど、そのころから気になっていたのが、今回ご紹介する「喫茶ロン」。気にしながらも、当時は入ったことがなかったんですけどね。

四谷駅を出て四谷見附の交差点を渡り、新宿方面に進んで数分。コンクリートの外壁が個性的な、洗練された外観が目印です。それにしても、周囲に点在するチェーン店とは明らかに趣が異なっていますね。

それもそのはず。1954に建てられたというこの建物は、大阪芸術大学芸術情報センターなどを手がけた建築家の高橋靗一(ていいち)氏によるものなのです。つまり、当時の最先端を行く感性が取り入れられているわけです。

70年近い時を経ても新しく、それでいて昭和っぽい懐かしさをも感じさせてくれるのは、そんな理由があるから。

  • 新宿通沿いにレトロな看板

ちなみに店名の「ロン」の正式な表記は"Lawn(芝生)"。小さなことではありますが、「ローン」ではなく「ロン」としているところにも、ちょっとしたこだわりを感じます。

店内は右側が厨房になっていて、左側にレトロな椅子と印象的なテーブル席が並んでいます。入り口のすぐ左側には、丸いテーブルをソファが囲む、5人くらいなら余裕で座れそうな席も。

  • 適度に差し込む外光も心地よい店内

年月を経てほどよく薄茶色に染まった白壁、木製の壁、椅子やソファと、全体的に茶系統でまとまった心地よい空間。天井の柔らかな明かりと、細長い窓から過不足なく注ぐ外光がちょうどいいバランスを保っています。

  • ホッとするおしゃれ感

なお喫煙OKのお店ではありますが、広々とした印象があるし天井も高いので、個人的には気にならなかったかな。

ちなみに天井が高いことには理由があって、実は厨房の側が吹き抜けになっているのです。そして奥の螺旋階段を上がると、2階にも席があるようです。確認できなかったけれど、いつか上がってみたいですね。

  • 2階席へと通じる螺旋階段

ふんわり玉子の"サンドヰッチ"を味わう

ところでレシートに「コーヒーとサンドヰッチ」(「イ」ではなく「ヰ」というあたりがまたいい)と書かれていることからもわかるとおり、コーヒーと並ぶこのお店の名物メニューがサンドイッチ。

お昼も近かったので、ブレンドコーヒーとタマゴサンドをオーダーすることに。

  • レシートのデザインもおしゃれ

そういえば、店内にはいつもビートルズが流れているという話をどこかで聴いたことがあるのですが、この日、静かな音量でかかっていたのはクラシック。

気分や雰囲気によって変えているのかもしれませんが、この日は穏やかに晴れていたこともあって、クラシックがほどよくマッチしていると感じました。

その旋律の向こうに、たまごをかき混ぜる音と、フライパンが放つジュッという音が。オーダーしたタマゴサンドがつくられているわけで、おのずと食欲を刺激されます。

  • プチトマトがアクセントに

やがて、シンプルなカップに入ったコーヒーとともに登場したタマゴサンドは、見るからにふんわりとした玉子が魅力的。楊枝が刺さったプチトマトがひとつだけ添えられていますが、白いパンとクリーム色の玉子焼き、そして赤いプチトマトのコンビネーションがとても上品です。

できたてで温かく、食べてみれば「あ、昔こういうタマゴサンドを食べたことがあるぞ」と、数十年前の記憶を蘇らせてくれるような味わい。

違っているのは、記憶のなかのそれよりも玉子に厚みがあることです。ふんわりとしているので、シンプルなのに食べ応えがあるのです。しかも多すぎず、少なすぎもしない、ちょうどいい分量。

  • 玉子はふんわりとした焼き上がり

ブレンドコーヒーも、"いま風"ではないからこそホッとできる風味。昭和の喫茶店の味を、明らかに守り通しています。

そんなコーヒーを味わいながら本を読んでいると、無理なく自分の世界に入り込めていることに気づきました。車と人の行き交う新宿通り沿いだと思えないほど落ち着いていて、この店にしかない空気が流れているからです。

四谷を訪れることがあったら、そしてお茶を飲む場所を探すことになったら、チェーン店ではなくこの店のドアを開けてみることをおすすめします。


●喫茶ロン
住所:東京都新宿区四谷1-2
営業時間: 11:00~18:00
定休日:土曜、日曜、祝日