いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、荻窪の「酒処 かみや」です。

  • 浅草・神谷バーより暖簾分け「酒処 かみや」(荻窪)


荻窪にある「神谷バー」の暖簾分け店へ

荻窪駅に「北側の西口」と「南側の西口」があることは、「中華徳大」の回でも触れました。今回ご紹介する「酒処 かみや」があるのも、徳大と同じ「南側の西口」。駅を出てすぐ真正面です。

名前から想像できるとおり、ここは「電気ブラン」で知られる浅草の銘店「神谷バー」から暖簾分けした老舗の居酒屋。本店に負けず劣らず、60年もの歴史を持っています。

僕が初めてお邪魔したのは、20代半ばのころ。つまりは30数年前ということになるのですが、記憶がいまだ鮮明なのは、そのときの出来事がなかなか印象的だったから。

平日の夕方にふらっと入ってみたら、会社帰りとおぼしき30代くらいのサラリーマンの方となぜか意気投合してしまったのです。

で、「妻の料理がどうしても口に合わない」「"お袋の味"が懐かしい。あれを超えるものはない」というようなお話を延々と聞かされたのでした。

僕はまだ独身でしたから「結婚するといろいろなことがあるのだなぁ」と思いながら聞いていたのですけれど、初対面の相手にすらそんなことを語りたくなってしまうような雰囲気が、このお店にはあるということなのかもしれません。

さて、「どうしても行ってみたい」という友人のリクエストを受けて訪れたこの日は、秋の気配が心地よく感じられたある土曜日。

たまたま一番客となり、開店まで外で待ったのですが、あっという間に後ろに列ができていたのでびっくり。やっぱり人気店ですね。

開店の合図とともに入店すると、縦に長い店内はあっという間に埋まってしまいます。1か月くらい前の訪問時はもう少し空いていた気がしたのですが、週末なのですから当然かもしれません。

なお店頭表示にあるように、換気も万全。南北が開いているため風が通り抜ける構造になっていて、1時間に1~2回換気をしているのだとか。飛散防止用の透明プレートもしっかり用意されていますし、これなら安心して飲めそうです。

  • 換気もばっちり

  • 開店と同時に席が次々と埋まる

ということで、「とりあえず」と頼んだ生ビールを喉に流し込みながらメニューを眺め、いくつかの料理を注文。

  • 気になる品がズラリ

名物「デンキブラン」のハイボールも

ところで待っている間に店内を見渡して気づいたのは、客層の幅広さです。

本を読みながら静かに酒を飲んでいるお年寄りがいるかと思えば、50代くらいの夫婦が楽しげに話していたり、30代らしきカップルが入ってきたり。年齢に関係なく、さまざまな人が思い思いの楽しみ方をしているわけです。

BGMのようなものは流れていませんが、静かすぎず、騒がしくもないお客さんの話し声が空間に溶け込んでいます。この落ち着きは、老舗ならではですね。

やがて次々と運ばれてきた料理の数々は、どれも絶品。奇をてらっているわけではないものの、職人さんがきちんと仕事をしていることがはっきりとわかります。しかも値段も手ごろ。

  • なにを食べても本当においしい

特に魅力的なのは、「海の幸盛」に代表される魚介類。なかでも際立っていたのは、人気の品だという「ぬた盛合せ」です。

  • 人気の「ぬた盛り合わせ」

ご存知のとおり、えび、まぐろ、たこなど豊富な魚介類を酢味噌で和えた「なます」。正直なところ、最初はそれほど期待していたわけではなかったのですが、食べてみたら人気の理由がわかりました。味噌が少し強めで、お酒にとても合うのです。

ということで、飲み物をチェンジすることにしましょう。選んだのは当然ながら、名物のデンキブランを使用した「ブランハイボール」です。20度と30度の2種類があり、スッキリと飲みやすいのですが、30度はなかなかの濃さ。すぐに酔いが回ってしまいました。

  • 飲みやすい「ブランハイボール」

ちなみにデンキブランの「電気」の由来は、電気が新しかった明治時代に誕生したブランデーだから。早い話が「最先端」という意味合いだったわけですね。

それから時間が経過して、いまや老舗の名店を代表する商品となったわけですが、浅草まで行かなくても荻窪で楽しめるのですから、なんともうれしいところです。

  • レトロな看板が夕暮れに似合う


●酒処 かみや
住所:東京都杉並区荻窪5-26-8
営業時間:[ランチ]11:30~13:00、[平日]16:30~23:00、[土祝]16:00~22:00
定休日:日曜