いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、新宿の喫茶店「名曲・珈琲らんぶる」をご紹介。
新宿の喫茶店「名曲・珈琲らんぶる」
新宿駅東口を出て、大塚家具などが並ぶ「新宿中央通り」を5分ほど直進。左側に見えてくるディスクユニオンの並びに、黄色い看板が出たレンガづくりの喫茶店が現れます。
そこが、今回ご紹介する「らんぶる」。
昭和25年に開店した、紛うことなき老舗の名曲喫茶です。参考までに書き添えておくと、昭和の時代に点在していた名曲喫茶とは、「クラシックを聴ける喫茶店」のこと。レコードがまだ高かった時代には、名曲喫茶で何時間も粘る学生などが多かったのです。
もうだいぶ減ってしまったけれど、渋谷の「ライオン」や、前にご紹介したことのある阿佐ヶ谷の「ヴィオロン」などはまだ健在。この「らんぶる」も、いまや数少ない名店であります。
お店は1階と地下の複数階構造になっていますが、1階の席は閉鎖中(考えてみると、1階を使ったことは一度もないかも)。
「いらっしゃいませ 地下のお席へどうぞ」の看板に導かれ、左側の階段を降りていくことになります。
その先に広がる光景こそが、まさにこのお店の真髄。
店内に入ると、右側にはシャンデリアに見下ろされて重厚なソファ席がずらり。
そちらを目にしただけでもレトロ感にぐっとくるはずですが、左側に目を向ければまた驚かされることになるでしょう。広々とした階段をさらに降りたその先には、ゆったりとした……などという副詞ではとうてい表現しきれないほどの空間が広がっているからです。
とにかく広く、しかもとってつけたような"レトロ風"とはまったく次元の異なるリアル・レトロ(なんだよそれ?)。
73年もの歴史があるのですから当然ですが、新宿駅前で昔と変わらないスタイルを貫いているというだけですごいこと。
僕が初めてお邪魔したのは20歳くらいのときだったと思いますが、そのときからずっと変わらないしなあ。
ちなみに近年は、レトロ喫茶ブームの影響で若い子たちにも人気のよう。休日には行列ができるなんて話も聞いたことがありますが、個人的には午前中をおすすめします。なにしろ9時半から開いていますし、そのくらいの時間帯ならお客さんの数も少なめなのでね。
この日も、早めのランチを兼ねて読書を……と考え、11時すぎに階段を降りたのでした。
「名曲・珈琲」と銘打っているだけあり、基本的にメニューはコーヒーを中心とした飲みものがメイン。とはいえトースト、ピラフ、スパゲッティなど食べもののラインナップも揃っております。
僕の知る限り、いちばん人気はロールパンを使用した「卵とツナのサンド」。ただ、具材がたっぷり入ったそちらも魅力的ではあるのですけれど、個人的にはここのミートソースが大好きなんですよ。
ミートソース自体はおそらく業務用のものだと思われますが(手づくりだったら謝ります)、その味はまさに、子どものころに連れて行かれたデパートの大食堂で食べたミートソースそのもの。
いまどきっぽくはないけれど、その懐かしい味が、昭和の時代から変わらない店内の雰囲気と見事にマッチするんですねえ。だから迷うことなく今回も、「スパゲッティセットのミートソースに、セットでホットコーヒーを」とオーダーです。
予想どおり、お昼前の店内に人の姿はまばら。話し声もほとんど聞こえてこない空間に、バッハのカンタータが心地よく響いています。そんな雰囲気を楽しみつつ、端っこの席で本を読んでいたら、やがてセットのサラダが登場。
それからしばらくすると、いよいよミートソースのお目見えです。
そうそう、これこれ。白いボウルに盛りつけられたそれはスパゲティ・ミートソースでもボロネーゼでもなく、まさに昭和の「スパゲッティミートソース」。これが食べたかったんです。
しかも、もっちりとした食感のスパゲティ……じゃなくてスパゲッティは、見た目以上にボリュームがあって食べごたえも充分。懐かしいし、おいしいし、いろんな意味で満足できちゃうので、「たまには卵とツナのサンドを」と思っても、結局はこっちにしちゃうんですよねー。
食べ終えたころを見計らい、絶妙のタイミングで運ばれてくるホットコーヒーもまた、当然ながら(いい意味での)ホッとする昭和の味(オヤジギャグではありません)。
やっぱり、味も雰囲気も、ここはいつまでもこのままであってほしいなあ。
心の底からそう感じ、お昼休みで人が押し寄せる前に、満足しながら店を出たのでした
●名曲・珈琲らんぶる
住所: 東京都新宿区新宿3-31-3
営業時間: 9:30~20:00
定休日: 元日