いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、西荻窪の喫茶店「びあん香」をご紹介。
コーヒーと相性抜群な「びあん香」ケーキ
西荻窪駅を北口に出ると、パン屋の「サンジェルマン」と三井住友銀行との間に「西荻シルクロード」という、ちょっと恥ずかしい気もする名称(とかいってすみません)の商店街があります。
でね、そこを進んだ最初の角のお店のことが、ずーっと気になっていたんですよ。いや、正確にいうと、最初はそこにお店があることすら気づかなかったのです。なぜって(夏場はとくに)緑が生い茂っているし、ドアがあるのは半地下で非常に目立たないから。
しかも、どうやら喫茶店らしいとわかってから訪ねてみたものの、営業していなかったということが何度か続きましてね。もちろんそれはお店の責任ではなく、タイミングが悪かったからに過ぎないのですけれど。いずれにしても、だからこそ気になり続けていたのです。
が、先日、お昼ごろ西荻を通ることがあったのでチェックしてみたところ、今度はしっかり営業中。階段を降りたドアの脇にも「営業しています」という手書きの小さな看板が出ています。
やっと思いが叶ったぜ。
ガラスのドアの向こう側に現れる店内は左側にカウンター席があり、その向こうが厨房スペースになっています。
右側には数人が座れそうな丸テーブルが3つ並んでおり、意外とコンパクト。でも右側上部の窓から適度に光が差し込んでいるので、半地下ながらも明るい印象です。
メニューを見てみると、コーヒーが中心ですね。
ちょうどお昼を食べてきたあとだったので、「当店自慢のブレンド」と書かれた「びあん香コーヒー」だけを頼もうと思っていたのですが、隣のページに気になるものを発見。
なにしろ名称が「びあん香ケーキ」ですぜ。手描きのイラストだけではどんなものかイメージしづらかったのですけれど、お店の名前をつけている以上は自信の品なのでしょう。 そこで「びあん香コーヒー」と「びあん香ケーキ」と、"びあん香コンビ"(なんだよそれ)にしてみることにしました。
店内はママさんがおひとりで切り盛りされていて、お邪魔したときはFMラジオが流れていました。でも、すぐにイージー・リスニング系のBGMにチェンジ。ラジオはおひとりのときに聴いていらっしゃるみたいですね。
窓際などに植物が多く、照明や装飾物も古いものが中心。いまの時代はレトロな雰囲気を意図的に演出しているお店も少なくありませんが、ここはそういう"なんちゃってレトロ"とはまったく別。あくまで、昔から使っているものを大切にしているわけです。
そういう姿勢って大切だし、なんだか信頼できます。
なんてことを考えていたら、まずは最初に「びあん香コーヒー」がお目見え。カップ&ソーサーもまた、いまどきの食器とは違う上品な雰囲気です。コーヒーは、苦味はそれほど強すぎず、ほどよくバランスがとれた味。
さて、そののち運ばれてきた「びあん香ケーキ」の形状を見てビックリ。シフォンケーキの上に乗っているアイスクリームが、見事にバラの花の形をしているのです。
なるほどー、これが「びあん香ケーキ」の「びあん香ケーキ」たる所以なのね(ややこしい文章を書くなよ)。でも、ここまで無理なくバラを表現するためには、相応の技術が必要なはず。これは恐れ入りました。
しかも、甘さ控えめのシフォンケーキと冷たいアイスクリームがとても合うのです。そしてもちろん、コーヒーとの相性も抜群。客観的に捉えてみれば、おっさんがひとりでバラのケーキを食べている光景は著しく微妙ではあります。けれども食べてみれば、「ここにきたらこれを頼まない手はないな」と実感するしかないのでした。
「すみません、いまからケーキをつくるので大きな音がしてしまいます。申し訳ございません。」 舌鼓を打っているとき、ママさんから声がかかりました。そんなこと、もちろん問題なしです。むしろ、そうやって気づかっていただけたことをうれしく感じます。
いやー、ここはなかなか意外性の高いお店だったなー。レトロな雰囲気が好きな方、とくに女子は気に入るのではないかと思います。
前にご紹介した「物豆寄」や「どんぐり舎」「それいゆ」「Be-In」など、西荻には古い名店がまだいくつか残っていますが、ここもぜひ体験しておくことをおすすめします。
●びあん香
住所: 東京都杉並区西荻北2-3-1
営業時間: 11:00~19:00
定休日: 不定休