連載『老後サバイバル』では、フィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長の野尻哲史氏が、同社が勤労者3万人を対象に実施したアンケート結果などをもとに、退職後にいかに備えるかについて考察します。


4割が子供を持たないつもり

2014年4月に勤労者3万人アンケートで子供の数を聞いた結果、「今はいないが将来も持つ予定なし」と答えた人が全体の41.9%に達しました。驚きの結果ですが、そう思わせている背景は経済的な不安なのでしょうか。今の生活でも大変なのに子供を持ったら、教育費が大変だし、仕事にも制約が出てしまう、といったことがあるのかもしれません。

新生児の4人に1人は母親が35歳以上

皆さんのまわりで「いやー、この子が20歳のときに俺、もう定年だよ!」とか「この子が20歳の時に主人は60歳なの」といった話を聞いたことはありませんか? 自分が定年を迎える時になってもまだ子供の教育費がかかると自覚していることで、こういった言葉が出てくるのでしょう。

急速に進む少子高齢化の背景として、晩婚化による出産年齢の上昇がよく指摘されています。しかし、実際のデータをみると平均値ではなく分散が進んでいることが大きな課題だと思われます。母親の平均出産年齢は1985年の26.7歳から2012年には30.3歳に過去37年で3歳程度上昇しているに過ぎません。しかし新生児のうち母親が35歳以上だった比率をみると、1985年には9.5%だったものは2012年には25.9%へと大幅に上昇しています。

教育、老後、介護で身動きできない"トリレンマ世代"

こうした世帯の課題をちょっと具体的な家族を想像しながら考えてみましょう。例えば、妻A子さんは38歳で2人目の子供を出産しました。ご主人Bさんは2歳年上の40歳です。ちなみに、2012年の平均初婚年齢は夫30.8歳、妻29.2歳なので、1.5歳の差がありますが、これをそのままこのご夫婦の年齢差にしてみました。ちょうど2人目の子供を10年目に授かったということになります。なお、1人目の子供は現在4歳だとしましょう。

Bさんが60歳で定年になるときに、この2人目のお子さんはまだ20歳。大学2年生か、3年生。文系の大学でもあと1-2年、理系の大学に通っていて修士課程まで行くと考えると、あと3-4年は大学の授業料がかかることになります。自分が定年退職のときに、最もお金のかかる大学就学中になるわけですから、子供の教育費と自分の退職後の生活費が一度にのしかかってきます。

問題はそれだけに留まらないのです。このご夫婦の親の世代は、1970年代の平均出産年齢27-29歳から逆算すると現在60代後半ですから、孫が20歳になる頃には80歳後半となっています。いわゆる介護適齢期といっていいでしょう。とすると、Aさん、Bさんの夫婦の20年後は、子供の教育費と自分の退職、そして親の介護が一度にのしかかってくる懸念があるのです。

ジレンマ(Dilemma)が2つの選択肢/前提がともに受け入れられない状況なら、親の介護、自分の老後、子供の教育と3つ(Tri)の課題に一度に直面する世代を「トリレンマ世代」と命名しました。

潜在的には200万世帯も

従来、海外では現役世代のうちに子供の教育費と親の介護の負担に挟まれた世代を「サンドイッチ世代」と称して、その2つの負担が同時にのしかかることを懸念していました。最近アジアでもそうした指摘が出ています。しかし、世界で元も高齢化水準の高い日本では、それに自分の退職も重なる「トリレンマ世代」へとさらに負担を増しているのです。

ちなみに、母親が35歳以上の新生児が毎年26万人ほど生まれています。すなわち毎年「トリレンマ世代」となりうる世帯が26万世帯生まれているわけで、10年もすると200万世帯を大きく超える潜在的な「トリレンマ世代」が存在することになります。決して少ない世帯数ではありませんから、しっかりと対策を考えておく必要があります。特に3つの課題はそれぞれだけでも大きな資金負担ですが、それが一気に来るとしたら1+1+1=3ではなく、4にも5にもなってくることが大きな問題です。

対策は早めの準備

トリレンマ世代のための資金対策に特効薬はありません。そうした事態を認識して、早目に手を打つことだけでしょう。まずは自分の退職後の資産はできるだけ早く計画的に着手する必要があります。その点は今回の連載のなかでしっかりまとめていきます。

子供の教育費は、全て親が負担するということから子供自身がある程度負担ができるように、意識だけでなく、奨学金や学生ローンなどの制度も利用することを考えたいところです。また親が子供の教育資金を積み立てるための税制上の支援も使いたいところです。現在、英国にあるJunior ISAという子供の教育費を積み立てる非課税投資制度を日本へ導入する機運が高まっています。導入の暁には是非、使ってみることをお勧めします。

祖父母の世代も自分の介護費用は自分で用意する自助努力が求められます。孫が生まれた60代からでも遅くはありません。祖父母の世代は、親の世代に介護負担を少しでもかけないために、その時からでも自分が資金面でできる限りの準備を行うべきでしょう。現状の年金制度は現在の60代にはまだまだ手厚い方です。

執筆者プロフィール : 野尻 哲史

一橋大学卒業後、内外の証券会社調査部を経て、2006年からフィデリティ投信株式会社 フィデリティ退職・投資教育研究所所長。大規模なアンケート調査をもとに投資家への提言をするなど、投資教育に従事。「退職金は何もしないと消えていく」(2008年) 、「老後難民 50代夫婦の生き残り策」(2010年)、「40代のサイフ」(宝島社、2012年)、「50歳から始めるお金の話し」(2013年2月、小学館文庫)など著書も多数。現在、日本アナリスト協会検定会員、日本FP協会、日本証券経済学会、行動経済学会などの会員。