経済キャスターの鈴木ともみです。連載『経済キャスターが惚れた、"珠玉"の一冊』では、私が読んで"これは"と思った、経済・投資・金融に関連する書籍を、著者の方へのインタビューなども交えながら、紹介しています。第4回の今回は、藤野英人さんの著書『もしドラえもんの「ひみつ道具」が実現したら~タケコプターで読み解く経済入門~』(阪急コミュニケーションズ)を紹介します。

藤野英人さんプロフィール

レオス・キャピタルワークス創業者・取締役CIO(最高運用責任者)。早稲田大学法学部卒業後、野村投資顧問(現野村アセットマネジメント)入社。ジャーディンフレミング投信・投資顧問(現JPモルガン・アセット・マネジメント)などを経て、2003年に独立。レオス・キャピタルワークス設立。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネジャーとして豊富なキャリアを持つ。東証アカデミーフェロー。明治大学非常勤講師。

もし"どこでもドア"が実現したら…「距離で決定される価値や基準が崩壊」

『もしドラえもんの「ひみつ道具」が実現したら~タケコプターで読み解く経済入門~』(阪急コミュニケーションズ、定価1,400円+税)

毎週金曜日。早朝からの生放送番組を担当している私が、いつも寝ぼけ眼(まなこ)で思うのは、「あ~今すぐ『どこでもドア』がほしい~!」ということです。皆さんもご存知の通り、「どこでもドア」とは、漫画・アニメ「ドラえもん」に登場する「ひみつ道具」の一つです。行きたい場所を念じれば、一瞬でどこにでも連れていってくれるというとても都合の良い道具。「ドラえもん」のお話の中でも、よく出ている必須アイテムです。

この「どこでもドア」さえあれば、通勤時間分は寝ていられます。寒い冬の朝などは、「寝室から即スタジオへ!」などとボーっとしながら空想するのが、金曜日早朝の習慣になっています。このように、私の空想は全く"発展性"がないのですが、この「もしどこでもドアが実現したら」を空想のベースに、社会や世の中のしくみをわかりやすく解き明かしてくれている一冊が、『もしドラえもんの「ひみつ道具」が実現したら』なのです。

以下、「もしどこでもドアが実現したら…」の章からの抜粋を示します。

「どこにでもすぐに行ける」ということは、つまり、A地点からB地点へ移動するための距離がゼロになるということです。そうすると、これまで距離によって決定されていた価値や基準がすべて崩壊するということになります。都心だから家賃が高い、郊外だから安い、といった差は全くなくなるでしょう。(中略)また、土地の担保価値が一気に縮小してしまうため、一等地の不動産を保有している企業やグループが大打撃を受けます。東京の丸の内の地主たる三菱グループが大変な打撃を短期的に受けてしまいます。しかし、長期的には、これまで「都心から遠い」という理由だけで評価を下げていたエリアの魅力が再発見され、土地の価値が急上昇します。そう考えると、三菱グループは、その総合力で全体的にはメリットを受けるでしょう。
そして、長距離・短距離問わず、人を運ぶ運輸業界は存在意義を失ってしまいます。飛行機や鉄道は、利用者激減です。ただし、どこでもドアは人が行き来する前提のサイズなので、ドア枠以上の物は運べないはずです。巨大な荷物を運ぶ貨物は残るかもしれません。(中略)さらに凄いことが起きます。距離の概念と同時に崩壊するのは、「所有」の概念。どこへでも行けるから、物は、必要を感じたときにそれがある場所まで取りに行けばいい、という考え方が一般的になりそうです。そうすると、自宅に所有しておくのは、最低限の衣服や仕事道具、お気に入りの寝具くらいで、あとは必要なものを好きなときに取りに行くスタイルになるでしょう。つまり“暮らしのミニマム化”が急速に進みます。

いかがでしょうか?このように想像力の翼を広げれば「どこでもドアが今すぐほしい~!」という私の空想も、好奇心豊かで建設的なスト―リーへと発展するのです。

ドラえもんの世界観をベースに、経済についてわかりやすく解説

土地の価値、不動産業界、運輸産業、所有の概念、などなど…。今の日本社会・経済・文化を形作っている仕組みや現状が見えてきます。さらには、各業界の市場について知ることで、投資をする上でのヒントを探ることもできます。

分かりづらいとされがちな、経済や投資に関する解説は、同書の「もしフェール銀行が実現したら…」の章にも詳しく記されています。「インフレとは」「デフレ経済とは」「経済のグローバル化とは」「投資の本来の意味とは」「金融の役割とは」。普通に「経済・金融」系の書籍を読んだら難解な内容も、同書はとてもシンプルにわかりやすく語ってくれているため、苦手だという人も、きっと自然に知識が深まるはずです。

それは著者・藤野英人さんの、ある思いが詰まった一冊だからなのかもしれません。取材に応じて下さった藤野さんは、次のように自身の思いを語ってくれています。

「作家・脚本家として功績を残された故・井上ひさしさんの言葉に、「むずかしいことをやさしく、やさしいことを深く 深いことを愉快に 愉快なことをまじめに書くこと」というものがあります。私もこのような思いで、経済や投資に対するハードルを下げながら、老若男女を問わず愛されているドラえもんの世界観をベースに、経済についてわかりやすく伝えたいと考えました。また、私は現役のファンドマネジャーであり、アナリストですので、毎日のように、多くの起業家や経営者からビジネスに関するお話をお聞きし、企業の未来についてイメージを膨らませながら、投資できる会社を探しています。投資はイマジネーションです。この本は、その思考のプロセスの追体験でもあるのです」。

藤野英人さん

「ほん訳こんにゃく」で、言語の壁と同時に"心の壁"を壊す

藤野さんが目指した「もしドラえもんのひみつ道具が実現したら」というある意味、現実的ではないテーマで、真面目に経済について語るという手法は、同書の付録『やちよタケコプター関連株ファンドの投資信託説明書』にも生かされています。

説明書には、世界の金融商品取引所に上場している株式のうち、タケコプターに関連した銘柄(株式)に投資するファンドの目論見書などがこと細かに記載されています。きっと、投資信託の説明書を見たことがない方でも、わくわくしながら見ることができるでしょう。

このように付録にまで工夫が施された同書を読んだことで、私の空想にも少し"発展性"が加味されるようになってきました。

例えば、これまで電力・エネルギー問題については、さまざまな議論や対策が重ねられていますが、私が繰り出すひみつ道具は、人間の怒りを熱に変える道具「カッカホカホカ」です。「カッカホカホカ」があれば、怒りやストレスを解消しつつ、エネルギーを生んでくれるわけですから、言わば負のエネルギーを正のエネルギーへと変換してくれる優れものなのです。私のこのイメージを藤野さんにお伝えすると、藤野さんは笑顔で次のように答えてくださいました。

「そうやって発想を広げ、日本社会・経済を好転させるにはどうしたら良いのかと考えることはとても大切です。私が出会ってきた優秀な経営者の多くは、常に、今の日本を良くするためにはどうすべきかを考えている方々ばかり。ちなみに、私自身が今後の日本を良くするために実現させたい道具は、本にも出てくる「ほん訳こんにゃく」です。これを食べればあらゆる言語を母国語として理解できるようになります。そうなれば、世界で活躍する日本人も急増し、日本の良いものが世界でどんどん売れ、逆に良いものが日本に入ってきます。ただ、そうなるなかで最も大切なことは、言語の壁と同時に、「心の壁」を壊すことです。まずは「心のドア」を開くことが未来につながる第一歩なのではないでしょうか」

経済や投資についてわかりやすく学べ、今を知ることができ、わくわくしながら未来にも思いをはせることのできる本には、なかなか出会えるものではありません。「ドラえもん」を読んで育った全ての皆さんに、ぜひおススメしたい珠玉の一冊です!

『もしドラえもんの「ひみつ道具」が実現したら~タケコプターで読み解く経済入門』

はじめに
もしタケコプターが実現したら…
もしガールフレンドカタログメーカーが実現したら…
もしフェール銀行が実現したら…
もしアンキパンが実現したら…
もしカラオケメイツが実現したら…
もしほん訳こんにゃくが実現したら…
もしお医者さんカバンが実現したら…
もしガリバートンネルが実現したら…
もしカッカホカホカが実現したら…
もしどこでもドアが実現したら…
『もしドラえもんの「ひみつ道具」が実現したら』のもっと楽しい、もっとためになる読み方
付録「やちよタケコプター関連株ファンド」投資信託説明書

執筆者プロフィール : 鈴木 ともみ(すずき ともみ)

経済キャスター、ファィナンシャルプランナー、DC(確定拠出年金)プランナー。中央大学経済学部国際経済学科卒業後、ラジオNIKKEIに入社し、民間放送連盟賞受賞番組のディレクター、記者を担当。独立後はTV、ラジオへの出演、雑誌連載の他、各種経済セミナーのMC・コーディネーター等を務める。現在は株式市況番組のキャスター。その他、映画情報番組のパーソナリティとして、数多くの監督やハリウッドスターへのインタビューも担当している。