本特集では、旅ライターとして国内外の多くの場所を見てきた筆者が、地元である四国で注目すべき「地域活性化に取り組む」場所やその魅力を解説します。

今回紹介したいのは、廃校と水族館、一見つながりのなさそうな二つを見事に魅力に変えた高知県の室戸市にある「むろと廃校水族館」。正式名称は「室戸市海洋生物飼育展示施設 むろと海の学校」といい、ユネスコ世界ジオパークに登録されるほどの自然豊かな場所にある新たな人気スポットとして2018年に誕生しました。

その設立経緯や見どころを同館の館長である若月元樹さんに伺ったので、2回に分けて紹介します。

  • むろと廃校水族館、正式名称「室戸市海洋生物飼育展示施設 むろと海の学校」

むろと廃校水族館とは?

その名前からも分かる通り、「むろと廃校水族館」は元々小学校だった場所。施設の建物はもちろん、学校の備品も展示に有効利用しているので、小学校が改造されて水族館に生まれ変わった! という印象を受けます。実際、オープン直後からSNSなどで話題となり、全国各地から幅広い年代の人たちが訪れているそうです。

元々室戸市は県の中心地である高知市からでも車で約1時間半かかるという立地は便利とは言い難く、直截的な言い方をすればかなりの田舎……そうなると、やはり過疎化が進行していて子供の数も減り、廃校は増加の一途をたどっていました。

  • むろと廃校水族館 館長 若月元樹さん

どうにか廃校を活用したい市は活用する個人や団体を公募。結果として特定非営利団体(NPO)「日本ウミガメ協議会」が運営管理を行うこととなり、若月さんは協議会のメンバーの一人です。

同団体は2001年からウミガメの学術調査を室戸で行っていましたが、同時に標本なども作成していたため、その発表の場としてこの場所を小さな水族館にするということが決定したそうです。

  • きれいにリノベーションされた館内

ただ、水族館としてオープンするといっても、ここが廃校したのは2006年のこと。その数年前から休校状態だったので、10年以上手付かずの状態で放置されていました。最終的に2018年の4月にオープンされたものの、シロアリや雨漏りの問題などクリアすべき課題は山積みで大変だったそう。しかし、そんな面影を今は感じず、外観も内部もとてもきれいな状態に保たれています。

人気の理由は「自分が楽しむこと」

廃校を水族館にする。アイデアを聞けば確かに斬新で面白そうではありますが、オープン半年後には10万人の来館を達成するなど、これほど短期間で目に見える形で成功を収めたスポットは国内でも多くはないでしょう。では、その人気はどこから来たのか、何か秘策などあるのかと思っていた筆者は若月さんに尋ねてみましたが、その答えは意外にもシンプルなことでした。

若月さん「自分が楽しいと思ったことをやる。それだけです。こんなことをやったらウケる、ではなくこんなものがあったら面白い! と、自分が思えることをする。計算じゃなくてひらめきが大事なんです。そうして、楽しそうにやっていれば、みんなが寄ってきますよ。いつも学園祭の前日みたいなノリで楽しんでいます。苦しみながら、楽しいものは作れません」

  • 自分が楽しいことをするだけだと話す若月さん

マーケティングに力を入れているとか、webでの宣伝に力を入れているとか、そういったものを推測していた筆者でしたが、全くの的外れ。実際に「むろと廃校水族館」は自社のホームページすら作っておらず、基本的に情報発信は公式Twitterのみ。正直驚きでした。

ですが、来場者に人気のブリのぬいぐるみを持って、その製作秘話や魅力を伝えてくれる若月さんを見ていると、その説得力はかなりのものでした。ちなみにこのブリは一回1,000円で引けるくじの景品で、特等~4等まで当たった等によってサイズ違いが用意されていて、そのブリくじも今となっては水族館の名物の一つとなっているそうです。

  • 人気のぶりとさばのぬいぐるみ

魚のぬいぐるみは売れない、というぬいぐるみ製作会社の反対意見を覆し、お土産として多くの人に愛され続けています。現在はサバとシュモクザメのくじ引きも仲間入り。シュモクザメのくじ引きは開始からまだわずかしか経っていませんが、すでに品薄になってきているほどの人気だそう。

「外からの目線」が必須の要素

それほどまでに人気となり、全国から観光客が来るようになって、今となっては地域の活性化にも大きく貢献していますが、最初は反対の声もかなりあったとか。ただ、それは最初のうちは仕方がないことだったのかもしれません。というのも、自分が楽しいと思うことをするといっても、そこには「外からの目線」という要素が必須だというのが若月さんの考え。

そのことを端的に表しているのがこの水族館のスタッフたちの出身地です。若月さんを含むスタッフは、なんと全員が県外出身者なのです。そのスタッフたちの外からの目線で、室戸の良さを利用しつつ来館者に伝えていく、そんな形で運営されているからこそ、これほど人気が出たといっても過言ではないでしょう。

例えば、この水族館にいるウミガメやサメを含む生き物たちは室戸の海に生息しているものばかり。室戸に住む人たちにとっては特に目新しくはなく目玉となる生き物もいないので、他のところから珍しい魚などを持ってきた方がいいのではないか、といった声もあったそうです。

しかしながら、実際には来館者は「室戸にはこんな生き物もいるのか!」という驚きとともに、展示を楽しんでいます。こういった見せ方は外からの目線がなければ実現しなかったでしょう。

  • 室戸の海に生息するウミガメの水槽

他にも、最初出ていた反対意見がどんなものだったかも聞いてみました。それは例えば、名前に関してのことだったそう。筆者の意見としては「むろと廃校水族館」という名前は強いインパクトがあり、興味をそそられる印象ですが、「廃校」という言葉のイメージが悪い、という地元住民からの意見があったとのことで、最終的には愛称を「むろと廃校水族館」にする、ということで決着をみました。

確かに自分の母校が……と考えると、その気持ちが湧き上がるのは分からなくはないですが、実際にオープンして廃校と水族館という珍しい組み合わせが一発で伝わるネーミングによって、多くの人に情報が行き届いたというのは揺るぎない事実でしょう。

  • 入り口そばにある石碑型の自動販売機

そして、現在では入り口のそばに石碑(実際には自動販売機)も立てられ、椎名小学校の名前はより多くの人に知られる結果に。地元の人たちにも感謝されることとなりました。なお、正式名称である「室戸市海洋生物飼育展示施設 むろと海の学校」と比較すると、どちらがより観光客への訴求力があるかは、明白ではないでしょうか。

次回の後編では、水族館が今後目指すものや、筆者お勧めの館内スポットを紹介します。