“ワンコインとちょっと”で味わえる、天国みたいな時間、それが銭湯だ――この連載では、毎週末の銭湯巡りを趣味とする街歩きライター・デヤブロウ氏が、都内&近郊の選りすぐり銭湯を訪ねて、湯の特徴や整うポイント、ちょい寄りスポットまでご紹介。今回はJR山手線の内側にある、「都心一等地の銭湯3選」。


銭湯といえば「昔ながら」「昭和レトロ」「下町」などを連想する人は少なくないはずだ。日本国内の銭湯軒数は1968年(昭和43年)にピークとなるが、当時は家風呂が備わっていない一般住宅もまだまだ多く、銭湯は現在以上に衛生面で欠かせない存在であった。このため、銭湯は今なお私たちの脳裏で「昭和の下町」という風景と深く結びついている。

  • 銭湯と言えば下町の風景とセットで語られることが多いが…

    銭湯と言えば下町の風景とセットで語られることが多いが…

また、近年では下町・商店街の多くが再開発で姿を消しつつあることも、同じく閉業が相次ぐ銭湯業界と斜陽的なイメージで合致してしまっている側面もあるだろう。

だが、そんな「下町」「斜陽」といった単語とは全く無縁かのような都心ド真ん中の一等地、時には「超」一等地にも、実は銭湯が少なからず存在する。当記事で取り上げる銭湯も、閑静な高級住宅エリアや高級ブランドショップの建ち並ぶ流行最先端エリアなど、「本当にこんな街に銭湯が!?」と驚かされる所も。そのいずれもが、リノベーションやランナー対応といったトレンドを巧みに読み取り、変動の激しい東京に合わせてアップデートを重ねてきた良店である。

  • 実はこうした都心部のすぐ近くにも銭湯はあるのだ!

    実はこうした都心部のすぐ近くにも銭湯はあるのだ!

■和の街・神楽坂の「坂と坂」の間にあるランステ銭湯『第三玉乃湯』

和のテイストと上品さが人気の街・新宿区神楽坂。JR飯田橋駅近くから東京メトロ神楽坂駅の間には、街路樹の並ぶ狭い坂道が伸びているが、その両隣には和風雑貨・小物を扱うセレクトショップや高価格帯の飲食店などが連なり、多くの観光客で賑わっている。路地裏に一歩入れば伝統と品格のある日本料理屋にも多く巡り会えるし、坂道の途中で1595年(文禄4年)創設の善國寺を参拝するのもよい。

  • 坂道の高低差が独特の奥行きを生んでいる神楽坂

    坂道の高低差が独特の奥行きを生んでいる神楽坂

この坂道は東から西に向かう途中で、一度上ってから下り、また上がるという波状になっているのだが、その一旦下がりきった「谷間」にあたる神楽坂上交差点の近くにあるのが『第三玉乃湯』である。創業は1回目の東京五輪と同じ1964年(昭和39年)で、2018年にはリニューアルで高濃度炭酸泉や露天風呂を新設。建物は寺社のような宮造り建築だが、入口部分が両脇のビルに挟まれてかなり細く、その先に店舗があるので全体像は見えない。

  • 第三玉乃湯の入口は屋根付きの駐輪場になっている

    第三玉乃湯の入口は屋根付きの駐輪場になっている

フロントや脱衣所は昔の銭湯らしい趣を残しつつも、リニューアルによって現代風のスマートさも採り入れられている。脱衣所から天井を見上げると宮造り特有の折り上げ格天井も見え、天井板はギラギラしたシルバー模様。浴室内は壁面や天井が白い一方で浴槽部分は黒いタイルを使用しており、シャープな印象だ。

  • 遠景から見ると第三玉乃湯の建築様式が垣間見える

    遠景から見ると第三玉乃湯の建築様式が垣間見える

設備は5~6人ほど入れる炭酸泉と、電気風呂とジェットバスを併設した浴槽、加えて露天スペースにも熱めの浴槽がある。とりわけ筆者オススメなのはこの露天風呂である。湯温は肌がピリピリするほどで結構高めなので、少し我慢して湯船に身を沈めて、一息つこう。頭上の空をゆったり眺めつつ、静かな空間でじっくり身体の芯まで加熱できる。夜になれば照明のおかげで更に雰囲気がアップし、いかにも神楽坂らしい「和」の時間に包まれるだろう。

  • 第三玉乃湯は看板も和テイスト

    第三玉乃湯は看板も和テイスト

人気のサウナ・水風呂も備えており、特にサウナ室は12人収容と余裕があり、高すぎない室温と静かな空間でじっくり汗をかける。第三玉乃湯では銭湯ロッカーに荷物を預けて周辺をランニングする「ランステ」利用も可能なので、神楽坂や神田川沿いを一走りしてから第三玉乃湯のサウナでリフレッシュというのも良い。営業時間も25:30までとかなり長く(最終入店時刻は25:00)、仕事終わりにも利用しやすい店舗だ。


『第三玉乃湯』:東京都新宿区白銀町1-4/最寄駅:都営大江戸線「牛込神楽坂駅」から徒歩5分、東京メトロ東西線「神楽坂駅」から徒歩6分、JR「飯田橋駅」から徒歩7分/15:00~25:30(水曜休)/料金:入浴550円、サウナ込入浴料1,200円、レンタルタオル20円(フェイス)60円(バス)/駐車場なし


■激動の再開発都市・渋谷に佇む「クジラ」が目印の超人気店『改良湯』

東京都の「100年に一度の大規模再開発」を象徴する街・渋谷。この十数年で駅周辺には『渋谷ヒカリエ』『渋谷スクランブルスクエア』『MIYASHITA PARK』など数多くの再開発エリアが誕生し、街構造自体が一個の生物のごとくダイナミックに変貌し続けている。巨大迷路やサイバーパンクのような気配もあり、歩き慣れない人間ならば圧倒されてしまうほどだ。

  • 近年の再開発を象徴する渋谷スクランブルスクエア(写真右)

    近年の再開発を象徴する渋谷スクランブルスクエア(写真右)

出口までの動線が日々移り変わることで有名な渋谷駅を何とか脱出して、明治通り沿いを恵比寿方向に徒歩で10分と少し。氷川神社参道の少し先で左折して路地裏に入ると、大きなクジラの絵を壁面に描いた黒い建物が見えてくる。初見の人ならば「アートスタジオ?」「ギャラリーかな?」と思うかも知れないが、そこが銭湯『改良湯』である。

  • 夜の渋谷でも目立つ外壁のクジラ

    夜の渋谷でも目立つ外壁のクジラ

改良湯は1916年(大正5年)に創業した老舗であるが、神楽坂・第三玉乃湯と同じ2018年に、銭湯リノベーションで有名な建築家・今井健太郎氏の設計で設備やデザインを一新。現在は休日やコアタイムならば入店待ち必至という、銭湯業界のトップランナーとなっている。

改良湯のコンセプトは「渋谷CROSSING」。様々な人々・文化・価値観が混在する渋谷の街で、銭湯というパブリックスペースを通じて多様なカルチャーを提供していくことが狙いだ。その精神は外壁のクジラアートのほか、浴室内の壁面に施された有名アーティストのペインティングなど、店舗の各所に表れている。

  • 訪れた時は入口にシャンプーブランドとコラボした暖簾が掛かっていた

    訪れた時は入口にシャンプーブランドとコラボした暖簾が掛かっていた

フロントや脱衣所は高級サロンや美容室のように白くスマートな印象で、その先の浴室内は黒基調でダーク&近未来的な雰囲気と、環境設計の巧みさは特筆すべきだろう。浴室天井近くの青いライティングがSF映画のような雰囲気を漂わせているほか、浴槽へのスポット照明が天井に反射し、安らかな光の揺らぎを生んでいる。加えてアンビエント系の室内BGMも流れており、湯の心地よさも相まって触覚・視覚・聴覚の他方向からリラックスさせてくれる。通常の銭湯のイメージとは全く別次元の雰囲気だ。

設備は炭酸泉、ジェット2箇所の付いた中温風呂、水風呂にサウナと、こちらも過不足ないラインナップ。水は軟水を使用しており、肌に優しく美容効果も期待できる。炭酸泉は浴槽内に深度の差を設けているので「座る」「寝る」など様々な入浴スタイルに対応しやすく、中温風呂は「ラベンダーの湯」など薬湯も兼ねているなど、細かい箇所のサービスも光っている。身体の負荷が無い環境で入浴しながら黒い天井を見つめていると、さながら宇宙旅行のような感覚だ。

  • 店舗コンセプトの「CROSSING(交差)」を感じさせる改良湯のロゴ

    店舗コンセプトの「CROSSING(交差)」を感じさせる改良湯のロゴ

無論、サウナや水風呂もハイクオリティ。薄暗いサウナ室内は素の室温が高めな上に、セルフロウリュ設備に加えて熱波師サービスもあるなど、サウナーの「ガチ勢」も満足させてくれるタイプ。しっかり汗をかいた後はキンと冷えた水風呂で肌を引き締め、外気浴スペースで休憩すると「ととのい」度も抜群である。客も若年層がかなり多く、最先端カルチャーをゆく渋谷ならではの、店名どおりの「改良」で常に最先端を行く銭湯だと言える。


『改良湯』:東京都渋谷区東2-19-9/最寄駅:JR「渋谷駅」から徒歩12分、JR「恵比寿駅」から徒歩12分/12:00~23:30(土曜休)/料金:入浴550円、サウナ550円、レンタルタオル150円/駐車場なし


■表参道「ポルシェ」から徒歩10秒! 超絶ラグジュアリー地帯から直近の『清水湯』

ここまで第三玉乃湯、改良湯と一等地の銭湯を紹介してきたが、これらは駅や繁華街からは若干離れた位置にあり、周辺は比較的閑静なエリアである。だが、中には駅からも繁華街の中心からも直近という、キング・オブ超一等地で長年営業を続ける銭湯も存在する。それが最後に紹介する『南青山 清水湯』だ。(※以下『清水湯』と記載)

  •  夜もライトアップに煌めく表参道

    夜もライトアップに煌めく表参道

清水湯があるのは、東京メトロ表参道駅からわずか2~3分の場所。数々の海外有名ハイブランド店や超高級レストラン、宝石のようなスイーツショップなどが密集する、都心でも指折りの「お高い」エリアだ。店舗は大通りから少し路地裏に入った所にあるのだが、その目印は何とあの超高級車『ポルシェ』青山店。そこから徒歩で10秒も無い場所に、創業100年越えの銭湯があることに驚愕である。

  • ポルシェ脇の道路(写真右端)から先に銭湯がある

    ポルシェ脇の道路(写真右端)から先に銭湯がある

ビル型銭湯の清水湯は2008年にリニューアルされ、いかにも表参道や南青山に似合うモダンデザインになっている。その店名はかつて、ここの近くに澄んだ湧水(清水)がわいていたことに由来するのだとか。平日は第三玉乃湯と同様にランステとしての利用も受け付けている。入口から先のフロント部分は明るく爽やかな室内に、椅子・テーブル付きの休憩スペースや物販ブースがあり、銭湯というよりスポーツ施設のような雰囲気だ。

  • 清水湯の外観は洋館のような雰囲気

    清水湯の外観は洋館のような雰囲気

浴室内壁面は白~暖色のタイルが張られており、穏やかで安心する雰囲気。天井の一部が高い所に、どことなく昔の銭湯っぽさも感じられる。浴槽は3種類のジェットとバイブラを備えた大浴槽があるほか、別室に高濃度炭酸泉とシルク風呂(微細粒気泡風呂)を配置。特にジェットやバイブラはかなり泡の圧が強く、とても心地よい。清水湯の客層に多い若い世代は満足できるし、高負荷で走り続けるランナー達の身体もガシガシほぐしてくれそうだ。

また、清水湯はサウナの温度・湿度設定もかなり丁度よく、室温自体は強い方ではないが、じっくり心身を整えられる。同様に水風呂も冷やしすぎない適温で、サウナーならば嬉しくなる組み合わせだ。店舗近辺に職場があるビジネスマンの中には、「仕事終わりにランニングで表参道~原宿の並木坂や代々木公園を周回し、清水湯で汗を流してリフレッシュ後は、夜の青山へ……」というラグジュアリーなアーバンライフを趣味とする人もいるのではなかろうか。

  • 清水湯の看板は丸っこくコミカルなタッチ

    清水湯の看板は丸っこくコミカルなタッチ

■「超一等地の銭湯」から見える3つの生存戦略

ここまで都心部の超一等地の銭湯を紹介してきたが、いずれも設備・内装・サービスなどが高水準でまとまった湯処ばかりである。都心部での店舗経営は地価の上昇・再開発事業・周辺施設の変化・観光客の増加・世相や流行の変化など、様々な要因で他地域以上に激しく揺さぶられる。そうした土地柄のなか、ただでさえ施設維持や水道光熱費の面で不利になりやすい温浴施設を長年守り続けてきた手腕は只者ではない。

こうした堅実経営のコツとして、3つの点に着目できる。まず分かりやすいのは、建物自体のリノベーションだ。老舗銭湯とは思えないほどスタイリッシュな改良湯だけでなく、旧来の建物を上手に部分リニューアルしている第三玉乃湯の例も含めて、利用客にリノベを通じて快適性や新鮮味を提供し、常連層の維持と新規拡大に繋げる取り組みは大事である。

次には社会・文化の変化や流行を前向きに受け入れていくこと。これを象徴するのがランニングステーションとしての利用である。銭湯は家風呂の普及とともに公衆衛生の場としての地位は低下したが、現在は代わりにランニング後の入浴やサウナの作用など、健康維持とウェルビーイングの場として見直されている。今後は清水湯などのような、ランステとして優れた銭湯も増加していくのではないだろうか。

そして、銭湯がある街の気風や文化も適度に取り込むことで、地域コミュニティのなかに銭湯を位置づけることも重要である。今回の銭湯も、神楽坂らしい和の香りがただよう第三玉乃湯、渋谷らしい革新性とデザインに彩られた改良湯、表参道らしい高級感とスポーツ性を感じさせる清水湯と、いずれも街ごとの文化にマッチした店舗ばかりだ。超一等地の銭湯を見れば、銭湯業界を再び盛り上げるためのヒントが分かるかもしれない。