今年7月の九州北部豪雨で壊滅的な被害を受けた日田彦山線について、JR九州は自力復旧しない方針を表明した。今後は他の交通手段に代替するか、鉄道復旧ならば沿線自治体に支援を求めていくという。鉄道復旧のカギは「鉄道軌道整備法」の改正だが、特別国会開催中も、いまだ動きがない。

日田彦山線は添田~夜明間(黒線)が現在も不通に(国土地理院地図を加工)

日田彦山線は城野駅(福岡県北九州市)と夜明駅(大分県日田市)を結ぶ路線だ。小倉~日田間を短絡する内陸ルートで、列車の運行経路としては、北は鹿児島本線の小倉駅から、南は久大本線の日田駅まで直通している。おもに添田地区などで産出される石炭の輸送を目的に建設され、北九州炭鉱全盛期は地域の輸送の柱として君臨した。石炭時代終了後も、北九州と由布院を結ぶ路線として急行列車も走っていた。

しかし、自動車の普及などで長距離乗客数は減り、急行などの優等列車は廃止。現在は地域輸送に特化している。JR九州が明らかにした「路線別ご利用状況」によると、田川後藤寺駅を境に北側の平均通過人員は2,595人/日、南側の平均通過人員は299人/日となっている。小倉駅方面の通勤通学需要がおもな役割といえそうだ。

今年7月の九州北部豪雨で、日田彦山線は添田~夜明間において壊滅的な被害を受けた。利用状況の少ない田川後藤寺駅以南にあたる区間だ。5カ所の橋梁が流され、路盤が崩壊するなど、4カ月が経過した現在も復旧のめどが立っていない。報道によると、被災箇所は63カ所もあり、JR九州の社長も「線路をイチから作り直すレベル」と語ったという。新路線を建設するようなプロジェクトとして考えると、採算が取れるほどの需要はない。あくまで原状回復として議論を進める必要がある。

11月6日。日田彦山線沿線の田川市長、添田町長、香春町長、川崎町長がJR九州本社を訪問し、日田彦山線の早期復旧と路線存続を求める要望書を提出した。田川市周辺の8市町村が参加する田川地区広域政策協議会として取りまとめた。「地域の産業や暮らし、観光事業に大きな役割を果たし、被災地域の復興を図る上でも大変重要」という認識を持ち、「一日も早く全線で運転再開」すること、そのために添田~夜明間の路線存続を求めた。JR九州がバスなどの代替交通手段を視野に入れていると報じられたため、鉄道存続に危機感がある。

この要請に対して、JR九州は鉄道廃止という前提ではなく、「国や県の支援」と「沿線自治体との費用分担」について協議したいと考えているようだ。JR九州は不動産事業などで利益を上げている。しかし上場会社となったからには、明らかに赤字となる前提の事業に対して、株主の理解を得られない。鉄道復旧については、黒字前提とはしないまでも、企業の社会的責任として負担できる範囲に収めたい。

3日後の11月9日、JR九州は九州北部豪雨と台風18号で不通となった3区間について、合計復旧費用が約120億円になると明らかにした。このうち、日田彦山線の復旧費用が最も高額で約70億円となった。産経新聞によると、内訳は5つの橋梁の架け替えに約42億円、軌道の復旧に15億円、斜面対策費用に10億円とのこと。

一方、九州東部の幹線である日豊本線臼杵~佐伯間は約31億円で、すでに復旧整備に着手し、12月18日の運行再開が決まっている。久留米~大分間を結び、九州を横断する久大本線の光岡~日田間は約17億円の復旧費用が見積もられ、2018年7月に運行を再開する見通し。博多~由布院・別府・大分間を結ぶ観光特急ルートとして重要という認識だろう。

日豊本線の不通区間を含む大分~佐伯間の平均通過人員は5,617人/日。久大本線の不通区間を含む久留米~日田間の平均通過人員は3,867人/日。田川後藤寺駅以南の日田彦山線はこれらの10分の1以下だ。最も利用客が少ない区間に、最も大きな費用が発生する。自力で復旧できないという気持ちは理解できる。というより、企業経営の観点では常識的な判断だろう。現状の輸送量で自力復旧は考えられない。

JR九州は事業用固定資産税を2019年度まで5分の3に軽減されている。つまり2020年度から鉄道事業用地の税負担が増える。これも赤字路線の鉄道復旧を躊躇する理由となっている。復旧費用の国、県、自治体の分担だけではなく、復旧後の継続的な負担を軽減するため、自治体に対して上下分離を要請する考えもあるだろう。

JR九州は沿線自治体に対し、年内にも費用分担の協議を始めたい考えだ。しかし、田川地区広域政策協議会には財政に厳しい自治体もある。また、実質的に不便となっている自治体は不通区間の添田町、東峰村、日田市だけど、添田町としては小倉側のルートが確保されている。需要の少ない日田側に対してどれだけ負担できるか悩ましい。今後、分担金の具体案が出ると、各自治体の温度差も出てきそうだ。

また、当連載第82回でも紹介した通り、黒字鉄道会社の復旧に関して、現在は国から費用負担することができない。鉄道軌道整備法が「自社の資力で復旧できない場合に限り」国が補助できると定めているからだ。しかし、資力があっても赤字となる案件に対して企業は前向きになれないわけで、この条文が鉄道復旧の妨げになっていた。

鉄道軌道整備法については法改正の動きがあった。「平成23年7月新潟・福島豪雨」で被災したJR只見線の復旧をめざす議員などによって「赤字ローカル線の災害復旧等を支援する議員連盟」が結成され、自民党の国土交通部会が8月1日に改正案を了承し、秋の国会で審議、成立をめざしていた。黒字鉄道会社の赤字線も補助する一方で、継続的な運行のために上下分離などの施策を奨励する内容だった。この法改正が実現すれば、JR九州の被災区間も国の補助が可能になると見込まれた。

ところが、秋の臨時国会の冒頭で衆議院は解散されてしまった。審議中議案はすべて結審せず、鉄道軌道整備法改正案は提出すらできなかった。現在は第195回特別国会が開かれ、11月1日に招集、12月9日終了となっている。しかし、衆議院公式サイトの国土交通委員会の項には情報がない。

只見線は上下分離方式での鉄道復旧が決まった。法改正を待たなかったけれど、改正後は自治体から国に支援を求めていくことになるだろう。日田彦山線はどうなるか。JR九州のコメントには「国や県の支援」という言葉が入っており、鉄道軌道整備法改正案も視野に入れているはず。となれば、年内に協議を開始したいという意向もわかる。特別国会の鉄道軌道整備法改正案の動向をうかがっていると思われる。

日田彦山線の復旧は、国会の審議の行方と、沿線自治体の結束力にかかっているといえそうだ。鉄路が復旧さえしてくれたら、小倉駅から日田・由布院方面への優等列車の復活、あるいは観光列車の運行など、できることはいろいろあるだろう。いち鉄道ファンとして、鉄路復旧を希望しつつ、復旧後の日田彦山線の旅に思いを馳せたい。