地下鉄はどこへでも連れて行ってくれる存在。行きたい場所だけではなく、行きたい時代にも連れて行ってくれたなら……。堅実な会社勤めの男が地下鉄の階段を上ると、そこは昭和。東京オリンピックの頃だった。しかも男の兄が命を絶つ数時間前。

地下鉄を介し、現在と過去を行き来する主人公が見たのは…(写真はイメージ)

東京メトロの全面協力で制作された映画『地下鉄(メトロ)に乗って』は、現代と昭和、戦時中の地下鉄風景を忠実に再現し、主人公の兄、父の時代を遡って見せる。物語はいくつもの伏線を張り巡らせながら、やがて巧みに回収されていく。まるで地下鉄の路線図のように、登場人物たちの人生が絡み合っていく。

「もしかしたら兄を救えるかも……」と過去へ

主人公の真次(堤真一)は女性用下着のセールスマン。勤務先は神田で、自宅は東急田園都市線にある。彼の通勤ルートは、田園都市線から半蔵門線に直通し、永田町駅に隣接する赤坂見附駅から銀座線だ。

ある日、会社帰りに真次が永田町駅の連絡通路で携帯電話の電源を入れると、弟から伝言が入っていた。父が倒れたという。その日は、彼らの兄で、若くして不慮の死を迎えた昭一の命日でもあった。永田町駅のホームでは真次の恩師に出会い、真次は父に似ているという。真次の父は1代でコンツェルンを築いた男だが、腹黒い一面もあった。真次はそんな父と断絶するため、戸籍を離脱していた。

なぜか半蔵門線の列車が来ない。「銀座線で行くか」真次が乗換えの長い地下道を歩いていくと、死んだ兄によく似た少年を見かける。気になって追いかけて地上に出ると、そこは昭和39年の東京だった。真次は兄を探し出し、叔父と名乗り、自宅に送り届ける。今日は外出しないようにと念を押すのだが……。

気難しい父と、その言葉と暴力に耐えかねて死んだ兄。現代に戻った真次は、世の中が変わっていないことを知り、また過去へ向かう。だが行先は終戦直後に戦時中とさまざま。その過去への旅の中で、真次は兄の死の真相と、父の本当の気持ちに触れる。

この作品では、タイムスリップファンタジーの定石として、随所に伏線を配置し、きちんと辻褄を合わせて拾っていく。明らかに伏線とわかることもあれば、「あれがこうなるのか」と驚く展開もある。気持ちよく期待を裏切られ、何度も「あっ!」とか「えっ!?」とか声を出しそうになる。とくに見事な伏線は、途中から真次と過去に向かう人物。仲が良いのはわかるけど、なぜこの人物が……、と思っていたら、終盤で納得の展開に。そしてこの人物の行動こそ、物語が観客に問いかける最大のメッセージかもしれない。

「地下鉄を舞台に、こんなに泣ける映画を作っちゃうなんて」と感動する作品だ。

新旧地下鉄車両の「競演」も見所

東京メトロの全面協力とあって、地下鉄シーンのほとんどはロケ。しかもCGを使わず、映像の合成技術で乗り越えた。その効果もあって、昭和の地下鉄の描写は温かみがある。ただし、冒頭に登場する丸ノ内線300形は、よく見ると造作がちょっと変。じつは当時現役だった東西線の5000系にラッピングを施したという。また、新中野駅のシーンは竹橋駅のホームで撮影したそう。でもそんなことが気にならないくらい、よくできている。

戦時中の地下鉄銀座線1000形は地下鉄博物館の所蔵車。客室は博物館で撮影し、車窓に流れる景色は、東京メトロが提供したモーターカーで撮影されたという。これも見事に合成されている。一方、現代のシーンでは銀座線の01系、丸ノ内線の02系が随所に登場。02系は御茶ノ水駅付近の地上区間を走る姿や、小石川車両基地での姿も見られる。小石川車両基地の情景は、時間の経過や登場人物の心情とリンクする。

映画『地下鉄に乗って』に登場する列車・施設

300形 301号が登場。実際には東西線の5000系の前から3両までをラッピングしたものだという。車内は八王子の公園に保存されていた車両を使ったとのこと
02系 丸ノ内線の現在の車両
01系 銀座線の現在の車両
08系 半蔵門線の現在の車両。側面だけの登場だが帯の色から08系とわかる
1000形 銀座線の初代車両。1968年に全車引退。地下鉄博物館に保存
赤坂見附駅 銀座線・丸ノ内線のホーム
永田町駅 半蔵門線のホーム。赤坂見附駅とは長い地下道でつながっており、相互乗換駅となっている
神田駅 主人公の勤務先。戦時中の場面でも登場する