2011年3月、九州新幹線鹿児島ルートが全線開業した。映画『奇跡』はその記念企画として制作された映画だ。監督は『誰も知らない』の是枝裕和氏。テレビのドキュメンタリー番組も手がける監督の下、子供たちの生活や冒険が等身大で描かれる。主人公の兄弟を演じる「まえだまえだ」を、樹木希林、橋爪功など実力派役者陣が支えている。
家族の復縁、将来の夢を願い、子供たちは熊本をめざす
小学6年生の航一(前田航基)は鹿児島の母(大塚寧々)の実家で暮らす。うんざりするほど降り続ける火山灰にいら立ちつつ、友達もできて楽しい毎日を送っていた。しかし心の奥ではいつも福岡で父(オダギリジョー)と暮らす弟を思う。その弟、龍之介(前田旺志郎)は小学4年生。芽の出ないバンド活動を続ける父を支えるしっかり者だ。2人は両親の離婚で離れ離れになってしまった。兄は再び家族4人で暮らしたいと願う。しかし弟は、けんかを繰り返す両親の姿をもう見たくない。
九州新幹線の鹿児島中央~博多間の開業が近づく頃、子供たちに噂が流れた。時速260kmで博多へ向かう「さくら」と、同じく時速260kmで鹿児島中央へ向かう「つばめ」。ふたつの列車がすれ違うとき、「そのものすごいパワーで奇跡が起きる。願いが叶う」という。航一は、「ある事件」が起きれば家族は一緒になれると信じ、親友2人と龍之介を誘う。龍之介は仲良しの女の子3人を誘う。子供たちはそれぞれ、夢や悩みを抱えていた。
新幹線の始発列車同士がすれ違う熊本へ。お小遣いをかき集め、宿泊先も決めずに、子供たちの冒険が始まる。はたしてそのとき、願いは叶うか……。
新幹線記念映画だけど新幹線がほとんど出ない、それが『奇跡』
「九州新幹線の全線開通を記念した映画」という触れ込みだったから、鉄道ファンなら新幹線を期待する。さっそうと走る800系、JR西日本から乗り入れるN700系。他にも在来線車両や鹿児島市電など、九州の鉄道風景が盛りだくさん……、という期待は裏切られる。なんと、ほとんど電車が出てこない。
だから、序盤から中盤にかけての物語は、鉄道シーンへの期待が大きい人にとっては正直、退屈かもしれない。新幹線より鹿児島市電の出番のほうが多いくらい。ところが、航一の担任(阿部寛)、司書教諭(長澤まさみ)、祖父(橋爪功)、祖母(樹木希林)との交流や兄弟の友達とのドラマを見ているうちに、少しずつ物語に引き込まれる。鉄道待ちの気分では退屈だけど、物語そのもののユーモアが随所に仕込まれているのだ。龍之介の夢が「仮面ライダーになりたい」で、父親役がかつて仮面ライターを演じていたところにニヤッとしてしまう。
是枝裕和監督は鉄道ファンだそうで、本当は九州新幹線をどんどん出したいはず。制作委員会に加わったジェイアール東日本企画も、ジェイアール西日本コミュニケーションズも、特別協賛のJR九州も、本音は、「電車出せよ……」だったかも。しかし、みんなずっと我慢して「奇跡」の瞬間を待っている。「奇跡」の瞬間を子供たちと同じ気持ちで待つために、日常をしっかり感じておく。それが演出の意図だろう。ここぞというときだけ新幹線が走らないと、この物語は成立しない。それをわかって誰もが待っていた。その心意気に感動する。
いよいよ九州新幹線がすれ違う場面、子供たちの表情やフラッシュバックで描かれる場面から、観る側の思いも高まっていく。観客も列車の風圧を感じるような一体感がある。これぞ「我慢の演出」の勝利だ。子供たちの願いが叶うのか、冷たい現実に戻されるか。それは実際に見てのお楽しみ。ただひとつ言えることは、子供たちにも観客にも、どんな形であれ、いろいろな意味で「奇跡」がたしかに起きていた。
映画『奇跡』に登場する列車
鹿児島市電 | 序盤から中盤にかけて、1000形ユートラム(1018)、600形(603)などが登場。駅前の緑化軌道も見える |
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485系電車 | 国鉄色と「KIRISHIMA & HYUGA」塗装 |
817系電車 | 鹿児島地区の普通列車。航一たちが乗車する |
813系電車 | 福岡~熊本地区の普通列車。龍之介たちが乗車する |
800系電車 | 九州新幹線用電車。クライマックスで登場 |
博多駅 | 龍之介たちが列車をめざしダッシュ |
鹿児島中央駅 | 航一たちが列車をめざしダッシュ。また、航一と祖父が出かける |
川尻駅 | 航一たちと龍之介たちが合流する駅 |
岩崎谷踏切 | 序盤に登場。485系特急色がすれ違い、航一たちに奇跡を信じさせる出来事が起きる |
宇城市トンネル | 「奇跡」が起きるすれ違いの場所 |