似たようなモノやサービスが溢れている現代。その中から選ばれるためには、「ブランディング」の考え方が不可欠です。そしてそれは、モノやサービスだけに限らず、個人にも同じことが言えるでしょう。

本連載では、ブランディングプロデューサーとして活躍されている後藤勇人さんに、「パーソナルブランディング」についての基本的な考え方を伺います。これからの時代に、あなたが“その他大勢”の中から抜け出し、自分らしく生きていくためのヒントが見つかるかもしれません。

後藤さん自身が選ばれる人材になれた秘訣とは?

人、モノ、サービスが飽和状態の現代社会では、何の特徴も持たないものはその他大勢と見分けがつかず、埋もれてしまいます。

埋もれてしまうということは、選んでもらえる確率がグンと下がり、いわば開店休業の状態になるので、利益を生み出せなくなります。

これは、自営業者に限った話ではありません。
一会社員であっても、自分の強み=特化した特徴を持っていなければ、上司から選ばれる人材とはならず、どんどん価値の低い人リストに振り分けられてしまいます。そうなると、期待する評価も厳しい状態になってしまうでしょう。

では、選ばれる存在とは、どんな存在のことを指すのでしょうか。

それは、何でもできるパーフェクトな人材とは限りません。ほとんどのことは平均点でかまわないのですが、何か一つだけは他者の追随を許さないような強みを持っている。そんな存在となることが、選ばれる秘訣なのです。

ここで、私の話をしましょう。
私は24歳でヘアサロンを立ち上げましたが、スタイリストの独立の業界標準からすると、これはとんでもなく早い年齢でのサロンオープンとなります。修行期間は、わずか5年弱です。

修行を始めたのは、20歳の時でした。専門学校に入学するのが通常のルートより1年遅れたために、そのまま1年遅れでのスタートとなりました。

実は、高校時代の私は当時流行りの「ツッパリ」ブームに乗り、ヤンチャばかりしていたので進学校をクビになったのです。

その後、夜間高校に編入し2年間通ったため、トータルで4年間高校生をやりました。言ってしまえば、高校時代にすでに「リストラ」を経験していたということになります。

それでは、なぜ他のライバルたちより1年遅れてスタートしたにもかかわらず、私はわずか5年弱で独立しヘアサロンをオープンできたのでしょうか?

これには理由があります。
私は、スタイリストとして明確な強みがあったのです。言い換えれば、この時点で「ブランディング」ができていたということになります。
私の強みは、「カットが速くて上手い」ことでした。

もちろん他のスタッフも練習をしていたので、カットの技術はありました。そんな中で、誰よりも練習するというのは当たり前のことで、最初の3年間は毎日23時まで練習をしていました。しかし、私はその他にもちょっと特別なことを仕込んでいたのです。

それは、“カットする鏡の前を自分の舞台だと考えること”でした。カットしている時間は、「自分のショー」だと考えていたのです。いかにお客様から上手く見てもらえるか。その点を考えて、ハサミさばきを磨いていたのです。また、給与はすべて洋服につぎ込んで、見た目の華やかさや見栄えにも気を遣っていました。

他のスタイリストは、カットすることだけを練習していましたが、私はカットしながらそれをショーとして見せる練習もしていたのです。つまり、私は自分のことを一つの商品として捉えていました。ここに大きな違いがあったのです。

この練習の結果、もしカットの仕上がりが他のスタイリストと同じでも、お客様から鏡越しに見える私のカットは数段華麗で、ショーアップされた舞台のように映り、その他大勢から大きく抜け出すことができていたのです。これがまさに、「パーソナルブランディング」です。

これにより指名してくれるお客様も増え、たくさんの顧客を持ち、5年足らずの修行で自分のサロンがオープンできました(資金はもちろん借金ですが)。
繰り返しますが、私はスタイリストとして「カットが速くて上手い」というブランドが確立できていたのです。それゆえに選ばれる存在となり、最短期間での独立を果たすことができたというわけです。

独立後も「カットが速くて上手い」という強みのおかげで多くのお客様に来店いただき、1年で地域一番店になりました。ブランディングという手法は、これほど強力なものなのです。

さて、あなたには、選ばれる理由がありますか?
もし何もないようであれば、今すぐにその武器を見つけましょう。

見つけたあとはそれをしっかりと磨き上げて、他者の追随を許さないレベルまで高めてください。そうすればあなたは、選ばれる人材として大きく価値を放ち、注目されることになるはずです。

■ 筆者プロフィール: 後藤勇人 (ゴトウハヤト)

一般社団法人「日本女性ビジネスブランディング協会」代表理事。
専門学校卒業後、24歳で最初のヘアサロンを開業。32歳までに、ヘアサロン、日焼けサロン、ショットバーなど、グループ4店舗を展開し、年収2,000万円達成。1億円の自社ビルを建設する。
その後、「グレコ」で有名な世界のギターファクトリー「フジゲン」創業者・横内祐一郎氏の総合プロデューサー、元ミスワールド日本代表のビジネスブランディングプロデュースを経て、一個人や会社のブランドをつくるブランディングプロデューサーとして活躍。
著書に『成果を出す人、出せない人との大きな違い その「1分」を変えなさい!』(実業之日本社)、『世界一の会社をつくった男』(中経出版)、『最強の社員マネジメント』(総合法令)など。
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