目的地が決まって列車で移動する場合、同じ区間に特急列車が走っているなら、あなたは特急に乗るだろうか? それともあえて鈍行に乗るだろうか?

この選択は、「用事があって列車に乗る人」と「列車に乗ること自体が目的の人」では考え方が変わってくる。用事があって列車に乗る人は、「なるべく早く目的地に着きたい」「できるだけ安く行きたい」「座って行きたい、ラクに行きたい」という考え方になるだろう。結果として、「予算があれば特急に乗る。さらに予算があればグリーン車や寝台特急で」「予算がなければ仕方なく快速・普通列車を乗り継ぐ」となる。

特急列車と普通列車、どっちも楽しい!

「乗り鉄」になると事情は変わってくる。速く行きたい、のんびり行きたい、ラクに行きたい、安く行きたい……、人の価値観はさまざまだ。しかし、「乗り鉄」の基準には別の価値観が加わる。「面白い列車に乗りたい」だ。「特急と鈍行のどちらがいいか?」、それは愚問。どっちも面白いに決まってる!

特急のスピードを楽しむか、鈍行の長時間停車を楽しむか

では、「乗り鉄」はどんなふうに特急や鈍行を楽しんでいるだろうか? 特急の楽しみは、おもに「スピード」と「追い越し」だ。速い列車は景色の変化が大きい。都市間を結ぶ特急列車の場合、ビル街を出発して商業地、住宅地と景色が変わり、少しずつ農地が増えて、山や川などの自然に囲まれ、今度は逆の順序で街に着く。東海道新幹線「のぞみ」に乗れば、東京~名古屋間の1時間41分でこのような展開が繰り返される。

在来線特急でも、小さな駅をビュンビュンと通過し、鈍行を待避させて先行する優越感がいい。複線区間で追い越しを見たいなら、進行方向左側の席がいいだろう。待避線はたいてい左側にあるからだ。もちろん例外もあるから、あらかじめ駅の構造を調べておくといいかもしれない。ウェブ上に駅の線路配置の情報があるし、なければ自分で確認するという楽しみもある。乗る列車が決まったら、事前に時刻表で追い越しやすれ違いの見当をつけておくと、もっと楽しい。

一方、鈍行は、同じ距離でも長時間乗車できるという満足感と、駅で長時間停車するときの楽しみがある。たとえば中央本線の甲府~松本間の場合、特急「スーパーあずさ」なら約1時間。鈍行なら約2時間。特急に乗れば1時間しか列車に乗れないけれど、鈍行なら2倍の時間を楽しめる。特急のきっぷ代は2,620円。鈍行は1,890円。1時間あたりの値段は特急が2,620円で、鈍行は945円。鈍行のほうが安くてたっぷり楽しめる。「ものは考えよう」ってところだ。

駅での停車時間を楽しむのも「乗り鉄」の旅の醍醐味といえる(写真はイメージ)

長距離の鈍行の場合、10分前後、あるいはそれ以上の長時間停車がある。停車時間の使い道もさまざまだ。ホームで体操や散歩をして体を伸ばしてもいいし、駅舎を観察してもいい。売店で買い物もできる。途中下車できるきっぷなら、改札を出ておみやげ屋さんやコンビニなどへ、ちょっとした散歩もできる。雰囲気が気に入ったら、次の列車が来るまでしばらく滞在してもいい。

地方の幹線の単線区間なら、長時間停車の理由を予想しても楽しい。特急に追い越されるか、対向列車を待つか……、と思ったら、貨物列車に追い越されることも。車窓の変化は少ないけれど、それだけにじっくり景色を楽しめる。スイッチバックの駅など、鈍行しか立ち寄らない駅も魅力的だ。

筆者の場合、時間が許されるなら鈍行でのんびり行きたい。でも、夜間など景色が見えなくなってしまったら、特急に乗って快適に過ごしたい。夜間でも駅は明るいから、灯りがシュッと過ぎていく様子や、各駅停車の追い越しは楽しめる。もっとも、夜間の鈍行が持つわびしい雰囲気も好きだ。結局はなんでも楽しいわけだ。

もし出発前に時間がたっぷりあるなら、時刻表を元に列車ダイヤを作ってみよう。どこで対向列車とすれ違うか、追い越しがあるか、あらかじめ把握しておけば見逃さないはずだ。これは特急も鈍行も共通。要するに、乗った列車に合わせた楽しみ方を知っておこう。

映画評論家の故・淀川長治氏は、「つまらない映画なんてひとつもない」と言っていたそうだ。それになぞらえれば、「つまらない列車なんてひとつもない」といえる。