トヨタは現在の世界経済の減速を予測していたのだろうか。そうであったのならば、そのリサーチ力は神がかり的といえる。iQが初めて姿を見せたのは2007年9月のフランクフルトモーターショーでのことだ。約1年前というタイミングだから、今思えばすでに市販モデルは完成していたことになる。
全長3m未満のボディは衝撃的な小ささだ。外観からは、ここに大人3人が乗車できるとは思えない |
リヤスタイルも個性的だ。リヤシートに座るとリヤガラスとの距離がほとんどないため、追突に備えて世界初のリヤウインドーカーテンシールドエアバッグが搭載されている |
当時はまだiQコンセプトと呼ばれていたが、ディメンションは全長2.985mという超コンパクトサイズ。市販車とほぼ同じスペックで姿を見せていたわけだ。この小さなボディで世界各国の衝突安全基準をクリアするということに驚いた。実はコンセプトという名前が付いていたので、ボクは当初市販モデルになるとは考えていなかったのだ。これをベースに欧州市場用のコンパクトカーを模索していると思っていた。
ところがそれがまったくの間違いであったことに気づかされる。フランクフルトショーの翌月に開催された、東京モーターショーにもiQコンセプトは姿を見せたのだ。そこで聞かされたのはほぼ市販モデルの姿だという事実だった。欧州だけでなく日本市場にも投入するモデルだと聞いてさらに驚いたことを覚えている。こうした超コンパクトカーは日本市場ではあまり評価されないからだ。過去にはスズキがツインという超コンパクトカーの軽自動車をリリースしている。iQが登録車でツインは軽自動車という違いはあるが、ツインはハイブリッドまで用意した、力の入ったモデルにもかかわらず失敗した。スバルの軽自動車R1も超コンパクトだが販売は低迷している。
こうした日本の市場をよく知るトヨタが、登録車とはいうものの日本市場に投入するというのが信じられなかった。だが、社会情勢はiQの追い風になった。原油価格は高騰、発売直前には世界経済をゆるがす金融不安が広がり、高価格車の販売が急減速した。iQはプレミアムコンパクトを名乗るもののボトム価格は140万円台。軽自動車の価格が高くなってきているため、価格に対するネガティブなイメージも少ないはずだ。
横から見ると全長が短いことがよくわかる。全長に対してホイールベースは長く、2000mmを確保している |
女性が手を広げるともう少しでクルマの全長に届きそうなくらい小さい。少なくとも居住スペースは広げた手で届いてしまうほどだ |
リヤタイヤもバンパー近くまで追いやられている。タイヤを車体の四隅に配置することで居住スペースを稼ぎ出している |
横から見ると全長が短いことがよくわかる。全長に対してホイールベースは長く、2000mmを確保している |
超効率パッケージを具現化
iQのコンセプトであり、最大の特徴は超高効率パッケージ。わずか全長3mのクルマに大人3人が快適に座ることができる新世代のプレミアムコンパクトカーなのだ。高齢者ドライバーや子育て世代を卒業したダウンザイジングを求める層は、今まで乗っていたクルマと同じ質感や快適性を求めるということでプレミアム感を追求している。トヨタがこれからのカーライフを提案しているようにも思えるが、実はトヨタの市場リサーチ力が生み出したクルマではないかと思う。
もう少し詳しくクルマを見てみたい。全長2985mm、全幅1680mm、全高1500mmという超コンパクトボディはかなり小さい。軽自動車の全長の規制より約400mmも小さいのだ。この小さなボディの中に4人が乗れる空間を実現できたのは、驚異的だと言える。正確には乗車定員が4人だが実際には大人3人乗りだろう。ファミリーで使うことは想定していないクルマなのだ。
短い全長で大人3人乗りができるクルマが実現できたのは、高効率のパッケージングを可能にする新型プラットフォームを開発したからだ。これは既存のプラットフォームや補機類を使いまわしてできるレベルではない。コスト増を承知で、トヨタは将来に投資をしたわけだ。全長3m未満のクルマなのにホイールベースはなんと2000mmもある。全長から考えるとホイールベースは長い。そのため極限まで前後オーバーハングを削ぎ取って、ホイールベースを確保している。日本のお家芸である軽自動車も前後オーバーハングを小さくしているが、それらと比べても異様なほどタイヤは四隅に追いやられ、前後バンパーとタイヤの位置が近いのだ。
実際にクルマに乗り込んでみると意外にも狭い印象はない。そう感じさせるのは横幅が軽自動車よりもかなり広いからだ。登録車であるiQは横幅を広くできるため、全長が短くても居自由性を確保しやすい。だが4人乗りとはいうものの、予想どおり運転席の後方のシートには大人が座れない。写真のような身長160cm未満の女性ドライバーが座り、それと同じ身長の人がリヤシートに座るならなんとかなるが、それでも近くのファミリーレストランに行くのが精いっぱいだろう。
もちろんこれもコンセプトどおり。最大でも大人3人が乗れることを想定し、それ以上は求めていない。実際街を走るコンパクトカーや軽自動車の多くは、1人乗りか2人乗りという使い方。大人3人が快適に乗れば、多くのユーザーはそれで不都合はないはずなのだ。
走り出すとスーパーCVT-iが、なるべくエンジンを低回転に保とうとするのがわかる。無段変速は他車にも使われていて、このような制御なのは共通だが、たった1Lのエンジンでここまではっきりと制御するのは珍しい。
ヴィッツなどにもこの組み合わせはあるが、これほどハイギヤードな印象はない。今回は都内での試乗ということもあって、周りの流れが40km/hという場面でのエンジン回転数は1000回転ちょっと。アイドリングより少し高い回転域をトコトコと使う感じで走る。
平坦路でなければこの回転域を保つことはできないが、エコモードを選ばなくてもアクセルの踏み込み量が少ない時には積極的に低回転を使う。そのためそこから加速するためにアクセルを踏んでも少し反応が遅れてしまう。都内でキビキビ走ろうとするとドライバーの意思とクルマの動きにキャップを感じる場面がこのようにある。
だが、アクセルレスポンスを期待するならスーパーCVT-iのSレンジを選択すればいい。エンジン回転を高めに維持するからアクセルレスポンスがよく、混雑した都内でも小さなボディを生かしてスイスイと走ることができる。Sレンジは当然燃費が悪化するが、運転があまりうまくないドライバーが都内を走る場合は、Sレンジを選んだほうがいい。
燃費を重視するエンジン・ミッション制御ができるようになったのには、新しい価値観を提示できるプレミアムカーというのが大きい。なぜプレミアムで…と思う方もいるだろうが、iQは見えない部分にもコストをかけている。プレミアムというからには静粛性が求められるわけだ。iQはガラスに高遮音ガラスを採用し、制振材や吸音材、遮音材を最適に配置することで静粛性を大幅に高めている。これができたからノイズと振動を発生しやすいエンジンの低回転域が使えたわけだ。
走りのポテンシャルは都内での試乗ということで限界域は確認できなかったが、ハンドリングは軽快で安定性にも不満がない。ホイールベースが短いのでピッチングを心配したが、前後方向の揺れはよく抑えられていていただが、低速でギャップがあるところを通過するとやや大きくゆすられ、ホイールベースの短さを実感する場面があった。
欧州でもiQは販売されるが仕様は一部が異なる。その代表例がタイヤだ。日本は燃費を求めるためブリヂストンのエコタイヤであるエコピアEP25(iQ専用)を装着しているが、欧州仕様はハンドリングとスタビリティを重視したタイヤに履き替えているという。日本の速度域ではエコピアでまったく不満はない。プリウスに匹敵する10・15モード燃費23.0km/Lを達成しているのは、このタイヤのおかげでもあるからだ。欧州仕様はエンジンが重い1.4Lディーゼルを用意するということも、タイヤ選択に影響を及ぼしているに違いない。ちなみに日本には当面ディーゼルの追加はなく、来年半ばには4気筒の1.3Lガソリンエンジンが追加される。
iQは欧州で高まる燃費規制に対するトヨタの答えの一つなのだが、日本市場でどこまで受け入れられるかが注目される。iQがヒットすれば、クルマのダウンザイジングが加速されることが決定的になるからだ。