2009年7月9日、イギリス・ロンドンでジャガーは新型XJを公開した。発表会場はコンテンポラリーアート美術館のサーチ・ギャラリー。まさにイギリスが誇る新世代プレミアムモデルのローンチにふさわしい場所だ。
ジャガーはフォード経営不振により、同社のプレミアムカー戦略から離れ、ランドローバーブランドとともにインドのタタモーターズの傘下に入った。ジャガーにとって新たな歴史を刻むフルチェンジモデルがXJ。ラインナップの中でもフラッグシップモデルと呼べる一台だ。もちろん開発はフォード傘下の期間に進められたものであることは明白だが、新生ジャガーにとっては今後のかじ取りに大きくかかわるモデルだ。
ジャガーカーズ社のマイク・オドリスコル社長は、「われわれにとって、まさに心躍るときを迎えています。新型XJは、美しいスタイリング、心わき立つようなドライビング体験を提供し、その大胆でありながら良識あるデザインアプローチで、急速に変化するわれわれの世界が直面する難問に立ち向かっています『究極のスポーティング・ラグジュアリーカーとは何か?』新型XJはこの問いについて改めて考えさせてくれます」とコメントしている。同社にってXJはなんとしてでも成功たせなければならないクルマであるわけだ。コメントの中でも「大胆なデザインアプローチ」と言っているが、そのスタイルはいいまでのXJからは想像がつかないほどドラスティックな変貌を遂げている。丸目4灯のいかにもジャガーらしいクラシカルなデザインがXJの伝統でもあったわけだが、新型には先に登場したXFの影響が色濃く表れている。XFが登場したときに、このデザインがこれからのジャガーのデザインであると言っていたが、XJがこのように変化するというのは少し驚いてしまう。デザイン的にはとても魅力的で美しいのだが、保守的なデザインを好むXJユーザーが離れてしまう可能性もある。だが、それをわかった上で新しい道にチャレンジしていこうという強い意思表示とも受け取ることができる。このデザインはまさにジャガーブランド復興の象徴というわけだ。
もちろん4ドアモデルであることに変わりないが、そのスタイルはクーペのように力強く美しい。デザインディレクターのイアン・カラム氏は「ジャガーの神髄を現代的に解釈したクルマです」とコメント。細長いティアドロップ形状のサイドウインドーが特徴だという。確かにグリーンハウスを小さく見せるサイドウインドーとなだらかに下がるルーフラインがエレガントだ。さらにサイドからもその存在がわかるパノラマビューのガラスルーフも、このデザインを成立させているカギ。グリーハウスが小さく見えるとスポーティな半面、車内が狭く見えて開放感が薄れがちになる。そこで解放感と明るさをもたらすガラスルーフを採用することで、解放感とスポーティさを両立させたわけだ。
さらに解放感とプレミアム感を求めるユーザーには、125mmホイールベースが延長されたロングホイールベース仕様もラインナップされている。標準ホイールベースでもロングホイールベースモデルでもトランク容量は520Lと変わらない。XFよりわずかに容量は少なくなっているが、大型のスーツケースを2つ並べて収納することが可能だという。パーソナルユースのユーザーにとって十分なラゲッジスペースだと言える。
伝統のジャガーDNAがもっとも表れているのがインテリアデザイン。上質な革とウッドに包まれたキャビンはジャガー以外の何物でもない。こうしたデザインを後発のブランドも手本にしてきたが、ジャガーの仕立てはいまだにトップクラス。本物を知りつくし、目の肥えたユーザーに納得してもらえるだけの伝統の技が、そこには惜しみなく注がれている。さらに魅力的なのは伝統だけに縛られ、かつ甘えず、最新のテクノロジーを融合させている点。XFで採用されたジャガードライブセレクターが、最新テクノロジーのアイコンとしてXJにも採用されている。これは通常のATのようなセレクトレバーではなく、イグニッションオンでアルミ製のダイヤルがスーッと持ち上がり、このダイヤルでDやRレンジを選ぶというもの。その演出は巧みで、シートに座った瞬間から作動感や触感を含めてプレミアム感を感じさせてくれる。
新型XJのパワーユニットはすでに搭載済みのXFと基本的に同様だ。ヨーロッパではガソリンとディーゼルの2タイプのエンジンがすべてのグレードに用意されるが、日本はガソリンのみになるだろう。3L V6ディーゼル、5L V8、同スーパーチャージャー装着の3タイプのエンジン。スーパーチャージドは最高出力470PSと強力。ディーゼルを搭載したのは燃費性能のためだ。ヨーロッパメーカーは燃費規制に対応するため、燃費に優れたモデルをラインナップするのに必死だがジャガーも例外ではない。
最近のジャガーはアルミボディの採用に熱心だった。だが先行して発売された新世代モデルのXFは、意外にもスチールボディ。高コストで収益性が悪いとされていた一因がアルミボディだったためか、ジャガーが方向転換したと思っていた。だが、新型XJはアルミボディを採用しているのだ。独自のアルミ技術はさらに進化したようで、同クラスのクルマよりも150kg以上もの軽量化に成功しているという。実はコスト面でも大きな改革があったようだ。アルミボディは50%がリサイクル原料のアルミを使うことで、環境に配慮すると同時にコストも引き下げている。軽量化は燃費性能にも直結する。ジャガーはアルミボディをあきらめていたわけではなかったのだ。
また、ジャガーは優れたスポーツカーメーカーでもある。XJはプレミアムモデルだがスポーツを忘れてはいない。エアサスペンションにはアダプティブ・ダイナミクスと呼ぶ連続可変ダンパーを組み合わせ、アクティブ・ディファレンシャル・コントロール(ADC)、クイックレシオ・パワーステアリングなどによって、優れた走行性能を実現しているという。XJは発表されたばかりでまだ試乗していないが、XFに追加されたXFRの走りを見ればおおよそ予想がつく。
リヤコンビランプのデザインを見れば、新型XJであることがわかるほど特徴的だ |
新型XJの走りは、XFシリーズの走りを見れば予想ができる。相当期待できる仕上がりに違いない |
革新的なデザインだけに、保守派のXJユーザーに受け入れられるかが心配 |
サイドから見るスタイルはさらにスポーティだ。グリーンハウスが小さく、リヤウインドーはかなり傾斜させたデザインだ |
これぞジャガーといった雰囲気のインテリア。質感の高い本革とウッドがふんだんに使われている |
伝統とハイテクを調和させた操作系が新世代ジャカーの魅力でもある。コンソールのダイヤルでATのレンジを選ぶ |
驚異のプレミアム・スポーツモデル XFRの誕生
ここからはジャガーの新世代スポーツモデルとして登場したXKRの試乗インプレッションをお届けする。XFは新世代のモデルとして日本では08年4月から発売されているが、早くも約1年というインターバルでマイナーチェンジ。この変更と同時にラインナップされたのが、ジャガースポーツの証である"R"の名前が付けられたXFRだ。
ジャガーは伝統的なスポーツモデルのDNAを持っている。レースの世界でも輝かしい成績を数多く残しているブランドだ。そのためRが付くクルマには特別な思いがある。XFが登場したときにRが付くモデルがなかったため、ジャガーはXFからラインナップの方向性も改めたと思っていた。そう思わせたのはボディの造り。それまでのアミボディに熱心だったが、XFはスチール製。ハイカーボンスチールやボロンスチール、ベークハードスチールを組み合わせ、優れたボディ剛性を確保しているとはいうものの、重量という点ではスポーツモデルにとってハンディ。そのためRはないのだと…。
しかし、それはまったくの間違いだった。XFRに乗って、プレミアムスポーツが何であるかを改めて思い知った。スピードを出さなくてもそれはわかる。少し荒れた道を20インチの大径ホイールを履くXFRで走ると、予想以上に乗り心地がいいのだ。ハイパフォーマンスモデルは強力なエンジンパワーに対処するためシャシーもハードなセッティングになりがちだが、XFRは違う。確かに小さなショックは伝わってくるが荒さがまったくない。510PSという驚異的なパワーを発生する5LのV8スーパーチャージドエンジンを搭載するクルマとしては、かなり乗り心地がいいと言っていいだろう。直接のライバルとなるメルセデスのAMGやBMWのMが青ざめるシャシー性能だ。
さらにAMGやMを青ざめさせるのがハンドリング性能。なにしろXFRの走りは楽しいのだ。パワーがあることだけではなく、シャシー性能の高さからボディの大きさを感じさせない。アクセルを深く踏み込むとまるでボディサイズが小さくなるような不思議な感覚さえある。動力性能は強烈で、0-100km/h加速は4.7秒を記録しているという。ワインディングではそのパワーを使いきることが難しいが、じつは直線だけではなくコーナーも大得意。ステアリングを切れば重いはずのノーズが忠実にインを刺す。人工的な制御を感じさせない巧みなセッティングだ。さすがにパワーがあるためドライ路面でもアクセルを踏み込むと簡単にスタビリティシステムが作動。もちろんシステムをオフにすることもできるが、このパワーではサーキット以外でオフにすることはお薦めできない。そこで少し気になるのは、スタビリティシステムが作動してから復帰までの時間が少々長い点。ワインディングで作動してドライバーを助けてくれるのはありがたいが、すぐにパワーが復活しないため走りのリズムを乱されることがあるのだ。制御の仕方は巨大なパワーを持つクルマの悩みでもあるわけだが…。
ジャガードライブコントロールでスポーツモードを選ぶと、エンジンとミッションの制御がスポーティに切り替わるのもいい。4500回転からは重厚でビート感のあるエキゾーストノートが楽しめる。ただしキャビンはあくまで静かでBGMのようにドライバーに聞かせてくれるのだ。車外でXFRの排気音を聞くとV8スポーツらしい迫力のあるもので、車内の遮音性と音の調律がいいことがわかる。プレミアムスポーツが何であるかを理解しているジャガーらしい。日本のプレミアムブランドも、こうした作り込みをしたプレミアム・スポーツモデルをリリースしてもらいたいものだ。XFRの魅力的な走り味を知ると、新型XJの走りも大いに期待できる。