前回は、売上高の規模だけでは融資金額が決まらない理由について考察いたしました。今回は日本政策金融公庫の国民生活事業と中小企業事業について情報を整理いたします。現在はひとつの法人として運営されておりますが、国民生活事業と中小企業事業の成り立ちは別個のものでした。

国民生活事業は1949年に発足し小規模事業者へ小口の事業資金を貸し付けていた国民金融公庫と、1967年に発足して理容院・美容院・旅館・クリーニング店等へ貸し付けていた環境衛生金融公庫が1999年に統合して誕生した、国民生活金融公庫が母体となっています。中小企業事業は1953年に発足した中小企業金融公庫が母体で、中小企業に対する長期融資を行ってきた金融機関です。

日本政策金融公庫は、2008年に国民生活金融公庫・中小企業金融公庫・農林漁業金融公庫・国際協力銀行の4つの金融機関が合併して設立されましたが、2012年に国際協力銀行が分離して現在の姿になっております。国民生活事業と中小企業事業のそれぞれの経営規模については、日本政策金融公庫のWebサイトに掲載されているディスクロージャー誌にて紹介されているので、情報を抜粋して比較します。なお、下表の期間は暦年ではなく年度です。

融資先数で比べれば国民生活事業は中小企業事業の約20倍の規模、融資残高で比べれば国民生活事業は中小企業事業の約1.5倍の規模になります。平均融資残高は国民生活事業がおよそ1,000万円程度、中小企業事業が1億円を超える金額となり、取り扱う金額の桁が1つ異なる状況です。

融資商品についても確認してみましょう。代表例として事業承継時に活用するプランを比較します。国民生活事業の事業承継・集約・活性化支援資金は融資限度額が7,200万円、中小企業事業の事業承継・集約・活性化支援資金は融資限度額が7億2,000万円となっており、両事業間で10倍の差があることが分かります。融資を申し込む企業の視点からは、融資実績の面でも取扱商品の面でも、国民生活事業と中小企業事業では規模の違いがあることを認識することが重要です。

現在は国民生活事業から融資を受けていて、事業の成長と共に必要資金額が融資限度額を上回る見込みなので、将来的に中小企業事業へシフトしていきたいと考える財務担当者は多いと思います。融資の実務において日本政策金融公庫と取引する際に最も重要なポイントは、国民生活事業と中小企業事業を同時に利用することができることです。片方に融資残高があるとき、もう片方へ新規に申し込みをすることができないと思われがちですが、誤解です。資金ニーズが発生したとき、取扱金額に差異はありますが、どちらへ申し込んでもよいのです。株式会社日本政策金融公庫という法人名からはひとつの金融機関に見えますが、国民生活事業と中小企業事業の両方から資金調達することが可能です。

中小企業事業固有の特徴としては、融資を受けて購入する機械・設備を担保に設定した事例の存在が挙げられます。通常、担保は企業や経営者個人が既に保有している資産を対象とします。融資実行後に獲得する資産を担保に設定することは稀有だと言えます。この手法は民間金融機関で取り扱うことが難しく、政府系金融機関ならではの取り組みです。

また、中小企業事業は従業員人数や資本金の金額等の要件を満たしていれば、上場企業でも利用することが可能です。民業圧迫を避けるため、日本政策金融公庫単独での融資実行は難しいのですが、他の金融機関からの融資残高がある場合は積極的に検討してよいと考えます。

日本政策金融公庫の国民生活事業と中小企業事業の比較は以上です。次回は社債の環境変化について紹介いたします。