『東大発ベンチャー現役CFOが教えるデットファイナンス入門』の連載を始めてから5年が経ち、筆者が紹介したいテーマの幅も広くなってまいりました。2022年からは『中小企業デットファイナンスの新潮流』とリニューアルして、執筆を再開いたします。
今回は、以前の連載の第21回、第34回、第41回の内容を更新するかたちで、2021年の資金調達環境について、創業ファイナンスに焦点を当てて解説します。
【1】新設法人数の推移、【2】ベンチャーキャピタルの投資状況、【3】創業融資の実績の順に、数字を追っていきます。
【1】新設法人数の推移
新しく設立された法人の数の推移については、東京商工リサーチが毎年発表している「全国新設法人動向」調査にて確認することができます。直近5年の新設法人数を抜き書きすると下記の通りとなります。「株式会社比率」は筆者が計算しました。
2021年の新設法人数は過去最多とのことで、2020年から10%以上件数が増えています。2014年の119,552件から2017年の132,306件まで段階的に増加し、一時的に13万件前後で推移する状況が続いていましたが、再び上昇トレンドに入ったようです。新設の株式会社数も増えておりますが、新設法人数のうち株式会社が占める比率は僅かながら低下傾向にあり、先掲の記事にて紹介されている通り合同会社が増えていることが原因と考えられます。なお、「わが国の開業率統計と統計機構再建について」という資料では、1998年の設立法人数が89,463件と紹介されており過去30年で最小の水準です。およそ四半世紀を経て、1年間に設立される法人数は約1.6倍に増えていることを付記しておきます。
【2】ベンチャーキャピタルの投資状況
ベンチャーキャピタルの投資件数・投資金額を集計して発表している法人は3つあります。
・一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター
・株式会社INITIAL
・フォースタートアップス株式会社
うち、フォースタートアップス株式会社が発表している「国内スタートアップ投資動向レポート」には資金調達したスタートアップ数と累計資金調達額が記載されているのですが、出資と融資を合算しているため、出資と融資を一度分けて比較したい本記事での利用が難しい状態です。過去の記事では内容について触れておりましたが、今回は省略いたします。
一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(VEC)が毎年発表している「ベンチャーキャピタル等投資動向速報」は、日本に法人格があるベンチャーキャピタル等に対してアンケート調査をして集計されています。直近5年のベンチャー企業への国内件数投資と国内投資金額を拾うと下記の通りとなります。「投資金額/件」は筆者が計算しております。
2020年のコロナ禍によるブレーキはあったものの、直近5年のトレンドとして投資件数は増加し、1件当たり投資金額も伸びています。
株式会社INITIALが公表している「2021年 Japan Startup Finance ~国内スタートアップ資金調達動向決定版~」は、日本国内のベンチャーキャピタルやCVCだけではなく、事業法人・金融機関・個人・個人会社・海外VC・海外法人からの投資も含めて集計されています。直近5年の調達社数と資金調達額を列挙すると下記の通りとなります。「投資金額/件」は筆者が計算しております。
上記の数字を見て、スタートアップへの出資件数は2018年がピークで現在は減少傾向にあり、一方で1件あたりの投資金額は年を追うごとに増加していて、投資先の選別が厳しくなっていると解釈する記事が多いですが、ここでは更に深掘りします。 強引な演算になりますが、VECの数字とINITIALの数字との差を取れば、日本国内のベンチャーキャピタル以外からの投資の状況を類推できます。
2020年まで例年1,000件前後実行されていた事業法人・金融機関・個人・個人会社・海外VC・海外法人からスタートアップへの投資が、2021年に件数ベースでは突如として収縮し、金額ベースでは急激に膨張したという仮説を立てることができそうです。 日本国内のベンチャーキャピタルからスタートアップへの投資が堅調に増加していることと対照的ですし、調達金額が大型化しているのはエクイティファイナンスを実行したスタートアップのうち1/5程度に限られているかもしれません。
【3】創業融資の実績
金融機関が実行した創業融資の件数と金額について情報提供している機関は2つあります。
日本政策金融公庫以外の政府系金融機関が融資したケース、および、民間金融機関がプロパー融資したケースを除けば、下記の2件の統計を参照することで創業融資の実績をほぼ把握することができます。
パンフレット「2022 日本政策金融公庫のご案内」の中で、創業前及び創業後1年以内の企業に対する日本政策金融公庫の融資実績が紹介されています。「金額/先数(百万円)」は筆者が計算しました。
融資先数は、新型コロナウィルス感染症が経済に大きな影響を及ぼしている状況においても2020年に大きな伸びを見せておりましたが、2021年は例年通りの水準に落ち着きました。また、筆者が調べた限りでは2015年以降一貫して1件当たりの融資金額は減少しています。起業コストの低下が必要な資金額の減少に繋がっているのか、それとも、労働人口が減少する一方で法人設立が増えたために企業規模が小さくなり必要な資金額も減ったのか、因果関係が判然としません。
民間金融機関が信用保証協会を利用して実行した創業融資の件数と金額は、中小企業庁のWebサイトに掲載されています。「保証実績の公表(信用保証協会別の金融機関別、信用保証協会別、金融機関別)」のページに2018年以降の統計がまとめられていますが、ここでは「信用保証協会別の保証実績」の資料を参照します。原典では保証承諾金額が百万円の単位で集計されていますが、他の情報と比較し易くするために1億円未満を切り捨てております。「金額/件数(百万円)」は筆者が計算しました。
創業融資の保証承諾件数は2020年に大きく減少しましたが、2021年は例年通りの水準に回復しました。1件当たりの融資金額は2020年から2021年にかけては減少しているものの、2018年の水準からは増加しております。民間金融機関が創業融資の審査ノウハウを蓄積した結果、金額が増えている可能性があります。
日本政策金融公庫の創業融資の件数が増加する時期は民間金融機関の創業融資の件数が減少し、日本政策金融公庫の件数が減少する時期は民間金融機関の件数が増加するため、創業融資を受ける企業数の観点では相互補完関係が見て取れます。 日本政策金融公庫からの融資と民間金融機関からの融資がどの程度併用されているのか、データを探してみたのですが、まだ見つけるに至っていません。融資を受けた企業数は、重複を排除することができず依然として推計できない状況です。
資金調達の難易度を類推するために、新設法人のうちエクイティファイナンスを受けた企業の比率とデットファイナンスを受けた企業の比率を試算してみます。
エクイティファイナンスを受けられる新規設立された株式会社は2%~3%で、うち1.5%は国内VCからの調達が占める状況と、2020年を例外として新規設立された法人のうち20%前後がデットファイナンスを受けられる状況は、ある程度安定しているように見受けられます。
アーリーステージのスタートアップに対する出資と、スモールビジネスに対する融資に関してはコロナ禍前の水準が維持されているので、これから起業するビジネスパーソンが資金調達環境について悲観することはないと考えます。好況期に投資意欲が旺盛だった国内ベンチャーキャピタル以外の投資家が、アーリーステージのスタートアップから手を引いただけという可能性があります。レイターステージのスタートアップの資金調達は狭き門ですが、1件当たりの投資金額が2022年以降も維持されるのか、注視していきたいと思います。
2021年の創業ファイナンスに関する考察は以上です。昨年の連載では新型コロナ対応融資の状況をまとめた記事を書いたのですが、十分な統計情報を得ることが叶わなかったため、今年は割愛いたします。次回は融資に積極的な金融機関の調べ方について説明いたします。
→前回連載「東大発ベンチャー現役CFOが教えるデットファイナンス入門」はこちら