パワハラやセクハラなどハラスメント防止の法整備が進むなか、企業には貴重な人材の採用・定着・育成を進める前提条件として、ハラスメントのない職場づくりが求められる。しかし、多くの上司層は、アンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)などから、意図せずハラスメント・リスクを犯しがちだ。また、ハラスメントの指摘を恐れ、上司と部下のコミュニケーションが希薄化し、かえってハラスメント・リスクが高まる傾向も懸念されている。

そこで、経営者・管理者には、ニューノーマル時代の「上司力」の一つとして、ハラスメント予防の心得と方法を身につけることが不可欠となる。本シリーズでは、上司が職場で当面しがちな場面事例をもとに、ハラスメント・リスクにいかに適切に対応するか、実践的に検討する。今回は、マタハラ・リスクを伴いがちな上司の部下への対応CASEから考えよう。

CASE「やるか辞めるか、はっきりさせないと……」

【A課長】君のチームのCさんが妊娠したそうだね。そこで、今後の対応を相談しておきたいんだが……。
【B係長】はあ……相談も何も、これからちょうど超多忙な時期ですよ。本人も承知の上で引き受けた仕事なので、この際最後まで精一杯やり切ってもらおうと思っていますが……。
【A課長】いや、こうなれば女性は出産・子育てに専念だろう。まず担当からは外れてもらったほうがいいのではないか。
【B係長】えっ! それでは仕事が回らないですよ! それにCさん本人もまだ頑張りたいと言ってますから。
【A課長】しかし、女性は出産・子育てを優先すべきだ。今後は、仕事はそこそこでいいだろう。
【B係長】でも、周囲の社員からは、無責任で迷惑、自己都合で休めていいなど、不満の声も出ていますよ。
【A課長】とにかく、体調も不安定になるし時間短縮や休業も続くだろう。重たい仕事は任せられないよ。
【B係長】困ったものですね~。やるか辞めるか、はっきりさせないといけないですよね〜。

《解説》

部下のCさんが妊娠を申し出てきたことから、直属上司のB係長と、その上司のA課長が相談を始めた場面である。ちょうど仕事が多忙な時期と重なり、B係長はCさんに目いっぱい頑張ってもらおうとの考えだ。

これに対しA課長は、Cさんの担当を外すなど、とにかく仕事の軽減を主張している。そこで、B係長が思わず呟いたのは「やるか辞めるか、はっきりさせないと」だが……。

ハラスメント・リスク

今回取り上げるのは、マタハラ(マタニティ・ハラスメント)のリスクだ。マタハラは、妊娠・出産をしたり育児休業等の申請・取得をした労働者に対し、職場の上司・同僚が、嫌がらせや制度利用の阻害や、解雇等の不利益取扱いを行うもの。このうち、制度利用拒否や降格・解雇などはハラスメントとして明らかだが、何気ない言葉や態度で相手を傷つけ就業意欲を削ぐタイプのものは、むしろ厄介と言える。

CASEは、直接本人への語りかけではないが、会話の内容はハラスメント・リスクの要素満載だ。以下、その点にも触れながら課題を整理していこう。

上司のアンコンシャス・バイアス(固定観念、無意識の偏見)

マタハラの温床には、性別役割分担意識による偏見がある。妊娠・出産・子育ては女性の役割・責任であり、仕事を重視し専念できる男性とは意識も行動も異なる。出産や子育ては、仕事やキャリアアップとは両立しないといった固定観念だ。CASEのA課長の言葉に象徴される「仕事を奪う」意識が、典型的である。

また、長時間労働・過重労働の職場や、個人の状況に合わせた柔軟な働き方を許容しない職場でも、マタハラは生じやすい。CASEのB係長が報告しているメンバーの不満や、「やるか辞めるか……」の言葉に象徴される「無理を強いる」意識傾向だ。

(1)仕事・キャリアを継続し、成長を続けたい

CASEの例では、上司はまずCさんの状況や考えをじっくり聴くことが先決だ。Cさんの頑張りたいとの発言は、妊娠・出産・子育てを経るなかでも、できるだけ仕事を続け、自らの成長を維持したい意思表示と考えられる。

上司は妊娠・出産等に臨む部下と、決して仕事との二者択一ではなく、両立を前提として対話を進めることが大事だ。責任意識が強い部下ほど一身上の都合だと遠慮し、希望や意見を控えがちなことに注意しよう。

(2)出産・育児支援の制度を有効活用したい

一方で、時差通勤、時間短縮や在宅勤務、産前産後休暇や育児休業などを円滑に活用し、安心して出産・子育てに備えたいとの本人の願いは切実だ。しかしこの希望も、職場の環境や風土によっては申し出を躊躇せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。

上司との関係もさることながら、日頃の業務分担や仕事の進め方、同僚との人間関係にも大きく左右される。CASEのように周囲から「無責任で迷惑」「自己都合で休むのか」などの言葉が上がるようでは、安心して気持ちを打ち明けることもできないだろう。

ハラスメント予防の心構え(あり方を定める)

(1)マタニティ・キャリアは貴重な経験と心得る

そこで、上司は自らマタハラに通じる固定観念払拭に努めることはもちろん、もう一歩踏み込み、出産・子育てと仕事との両立を社員のキャリア形成に及ぼす所与の条件ととらえ、両立支援に努めよう。

出産・子育ては親となることで成熟を促し、仕事との両立経験はダイバーシティ・コミュニケーションの力を養い、顧客や同僚・取引先など多様な人を理解する土台になる。すなわちマタニティ・キャリアは、貴重な経験なのだ。

(2)マタハラ予防を働き方改革の試金石とする

現在のコロナ禍は、期せずして「働き方改革」を推し進める力となった。企業が否応なく在宅勤務を進めるなかで、労働時間で社員を管理することの限界が浮き彫りになっている。そして、長時間労働の見直し、業務の可視化、在宅勤務でモチベーションと成果を上げられる仕組みづくりなどが求められている。

これらは正に、出産・子育てと仕事との両立推進のテーマと重なる。マタハラ予防は、働き方改革の試金石とも言えるだろう。

日常的な予防を図る(やり方を変える)

(1)マタニティ社員の周辺をケアする

上司は、出産・子育てに関わる社員の状態に気を配り、適宜適切な支援を行うべきことは言うまでもないが、加えて、周辺の身近な同僚への配慮も重要だ。本人の仕事のフォローや引継ぎなど、同僚の協力は不可欠だが、それを上司が当然のごとく指示してはいけない。

本人の状況をメンバーに丁寧に伝え、共感の気持ちを引き出しながら協力を依頼しよう。また、協力には謝意を表し、協力者の仕事の調整を行う。さらに、本人にも周囲の協力への感謝を表すように促すとよいだろう。困ったときはお互い様だ。

こうした上司の働きかけが、出産・子育てのみならず、それぞれの部下が抱える事情と仕事の両立を互いに思いやれる風土づくりにもつながるのだ。

(2)マタニティ・キャリアを積極的に位置づけ支援する

一方で、上司は、出産・子育て期の社員の強みや持ち味に応じた、チームに貢献できる仕事を整理し直し、制約を自らの創意工夫でも乗り越えられるよう支援することも必要だ。業務整理が得意なら業務標準化やマニュアル作成を、情報処理に堪能なら業務のバックアップ情報収集とシェアなど、よりステップアップした役割を共に考えよう。

また、後輩社員との相談業務など、昨今ではチャット、オンラインミーティングなど在宅でも十分可能になってきており、検討してもよいだろう。また妊娠中は部下本人の自助努力だけではいかんともしがたい体調変化も起こるので、こまめに状況を聴きながら臨機応変に対応することも大切だ。