世界のプレミアムセダンのリファレンスとされるメルセデス・ベンツ「Eクラス」。その最新モデルが登場した。あらゆる面で大幅に進化し、自動運転開発の次のステップとなる新技術「ドライブパイロット」も注目を集めた。

新技術「ドライブパイロット」を搭載した新型「Eクラス」が発売された(画像は「E 400 4MATIC エクスクルーシブ」

「ドライブパイロット」については、すでに多くのメディアで詳しく紹介されているので重複は避けるが、自動運転のレベルをまた一歩、推し進めたといっていいだろう。車線だけでなくガードレールや前走車を認識してステアリングをアシストし、交通標識を読み取って速度超過を警告するなど、さすがメルセデス・ベンツと驚嘆するしかない。

ところで、こうした自動運転技術では「どこまで自動化されているか」に関心が集まってしまいがちだが、注目すべきポイントは必ずしもそこにあるのではない。とくに「Eクラス」の場合、目標としているのは高い安全性であり、自動運転もその手段として搭載されていることに改めて注目したい。

たとえば「ドライブパイロット」の中心的や役割を担うステアリングパイロット機能。ウインカーを出すだけで車線変更できる点などが注目されているが、ステアリング操作を一定時間行わないと警告を発し、反応がない場合は安全に車両を減速、停止させる世界初のアクティブエマージェンシーストップアシスト機能を含んでいる。

さらに、最先端の安全装備として、側面衝突が不可避と判断されたときに、シート内部のエアチャンバーを膨張させて乗員をドアから遠ざけ、被害を軽減する「PRE-SAFE インパルスサイド」、衝突が不可避の場合にスピーカーから鼓膜の振動を抑制する音を出し、衝撃音による内耳のダメージを軽減する「PRE-SAFE サウンド」などがある。技術的に高度であるだけでなく、アイデアそのものが独創的だ。

メルセデス・ベンツの安全性には伝統がある

思えばメルセデス・ベンツは古くから安全性を追求してきたメーカーだ。衝突安全性を見ても、現在でこそ日本車も非常に高いレベルにあるが、かつてはその差が歴然だったといって差し支えないだろう。そもそもキャビンを堅牢に、前部と後部をあえてつぶれやすく設計して乗員を保護する衝撃吸収構造ボディはメルセデス・ベンツが発明したものだ。

1953年、セミモノコックボディで登場した「180」シリーズが、衝撃吸収構造を初めて採用したモデルとされており、その設計思想は1959年登場のフルモノコックボディ採用モデル「220」シリーズでさらに完成度を高めた。

1950年代というと、日本ではようやく初代「クラウン」が誕生した前後だ。当時の日本車はモノコックボディではなかったし、衝突安全性など、その概念すらなかったと言っても過言ではないだろう。日本車で衝突安全性がクローズアップされるようになったのは、1990年代に入ってからだ。じつに40年もの差がある。

筆者は以前に、あるアメリカ人からメルセデス・ベンツで事故を起こしてしまった話を聞いたことがある。ドイツのアウトバーンを時速200km超で走行中、路面の凍結のためにコントロールを失い、道路から逸脱したそうだ。パニック状態から我に返ったとき、シートベルトがきつく肩に食い込んで痛いので、慌ててシートベルトを外した。すると、体が浮き上がり頭を天井に強打したという。

じつはこのとき、車両が横転して上下逆の状態になっていたのだという。しかし頑強なキャビン構造のため、ルーフがつぶれることはなく、また、当時の最先端技術だったプリテンショナー機能付きシートベルトにより、体はシートにしっかりと固定されていた。そのため、彼は上下が逆になっていることに気がつかなかったという。天井に頭を強打して首を痛めたことが、この事故での唯一の負傷だったというから驚くほかない。

以上はたまたま筆者が聞いた話だが、似たような話はたくさんあるようだ。メルセデス・ベンツの安全に対するこだわりを物語る逸話も数多い。

たとえば、トランクフードの裏に三角停止版や赤いライトが設置してあり、緊急停止時にトランクを開けるだけで後続車に注意喚起できるとか、すべてのモデルにファーストエイドキットが標準装備されているといったことは有名だ。

また、メルセデス・ベンツは伝統的に上から握ることのできるグリップタイプのドアハンドルを採用しているが、これは緊急時に車外から救助活動を行うとき、つかみやすく力を入れやすい形状だからだ。さらに、かつてのメルセデス・ベンツのモデルは、テールランプのレンズに大きな凹凸があった。これはレンズの表面積を広くすることで、泥などが付着してもストップランプなどの視認性が維持されるようにとの配慮だ。

他にも、車体が水没すると、乗員の避難のためにすべての窓やサンルーフが自動的に全開になるとか、ハザードを作動させていても、ウインカーを操作するとハザードがキャンセルされて通常のウインカーになり、その後またハザードが復帰するなど、メルセデス・ベンツの安全性を追求する熱意は非常に強い。

もっとも、水没で窓が全開になるのはヨーロッパ車全般に共通しているのだが、なぜかメルセデス・ベンツ特有の機能のように紹介されることが多い。このあたりは、あまりに浸透しているブランド名が一人歩きしている部分があるかもしれない。

既成概念や流行にとらわれない安全性の追求

メルセデス・ベンツの安全性追求で特徴的なのは、安全のためなら何でもするという愚直なまでの姿勢だ。新型「Eクラス」をはじめとするほとんどのラインアップにミリ波レーダーとステレオカメラの両方を装備するなど、贅沢な安全装備を搭載している。安全性向上のためなら、コストのかかるものでもためらわずに採用するのだ。

かと思えば、ファーストエイドキットやドアハンドルの工夫のように、最先端技術でもなんでもなく、新型車を販売していく上でセールスポイントにもならない、つまり商売につながらない安全装備であっても、ユーザーの安全を少しでも確保できる可能性があるなら、継続して装備していく。

このように安全性を追求していくことが、プレミアムブランドとしての揺るぎない信頼を勝ち取ることにつながっているのだ。ただし、安全技術は日本車の技術開発が急ピッチで進み、少なくともカタログスペックに現れる部分では、かつてのような明確なアドバンテージはなくなりつつある。だからこその「ドライブパイロット」ともいえるのだが、その本当の評価については、しばらく時間をかけなければならないだろう。