本連載もおかげさまで40回を越し、ここで頼まれもしないのに各界のレジェンドにまつわる逸話を振り返ってみると、ジャンルは違っても、そこには共通点が二つある気がします。
レジェンドには2つの共通点がある
ひとつめは、自分の仕事を心から愛していること。好きなことができれば、お金さえいらない……なんて言うことはないでしょうが(家族を食べさせるために始めた仕事が天職というケースもあります)、少なくともカネさえ稼げれば何でもいいと言う人はレジェンドにはなりえないように思います。自分の仕事が好きで、確固たる地位を築いた後も、寝ても覚めてもそのことを考えている。それが情熱であり、才能なのだと思います。
ふたつめは、レジェンドと呼ばれる人たちでも、不得意なもの、生まれつき欠けているものを持っているということ。レジェンドと呼ばれる人は、この劣等感やコンプレックスとつきあうのが、非常にうまいように思うのです。
シャネル、マリリン、オードリー……コンプレックスと共存したレジェンドたち
たとえば、女性のファッションを変えたと言われる ココ・シャネルは、幼くして母親と別れ、父親に捨てられて、孤児院で育ちます。ここで裁縫を仕込まれたことがシャネルの「手に職」人生を助けたと言えるかもしれませんが、教育を受けられず、親という後ろ盾もない娘が生きていくのは簡単なことではない。シャネルはカネのあるオトコの愛人となりながら、自分の店を持ち、顧客をつかんでいきますが、彼女の最大の顧客とは社会的地位のある男に守られた妻や娘で、食べるために働く必要のない女性たち、つまり自分と正反対の存在です。もしシャネルが、コンプレックスや劣等感から、こういった女性を「自分とは違う」と排除してしまったら、ビジネスとして成立しなかったことでしょう。
当時のデザイナーはプロのモデルを使ってファッションショーを行い、顧客はそれを見て買い物をするというスタイルを取っていたそうですが、シャネルはモデルを使わず、自分の新作のファッションを名家の令嬢に着せて、街を歩かせたそうです。シャネルは、彼女たちが生まれながらに持つ人脈の大きさと保守性をよくわかっていた。だからこそ、抗うよりも、彼女たちを利用することにした。今の言葉で言えば、プロのモデルよりも、インフルエンサーを使って宣伝したということではないでしょうか。
「銀幕の妖精」として知られる女優、 オードリー・ヘップバーン。エレガンスのアイコン的存在として、現代で彼女の美貌にケチをつける人はいないでしょう。しかし、当時の美の基準で言えば、彼女は背が高すぎました。相手役の俳優よりも女優が大きくては、格好がつかないと当時は考えられており、そこで彼女が考えたのが、サブリナシューズと呼ばれたフラット(バレエ)シューズでした。この他にも、彼女は鼻の穴が大き目なこと、エラがはっていることを気にして、顎をひき、顔に手を添えるなど、工夫を凝らしていたそうです。
マリリン・モンローも同様の苦労があったようです。マリリンと言えば、金髪で赤い口紅から白い歯をうっすらこぼして笑う姿を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、実際のマリリンはブロンドではなく、男性にウケるために染めていたそうですし、唇をうっすら開けていたのは、人中(鼻と唇の間)が短すぎることを気にして、そこに目が行かないようにするために口を開いていたのだそうです。
真面目な人は、劣等感やコンプレックスを必死で「なかったもの」にしようとしたり、変にポジティブな人は「コンプレックスを強みにする」と言ったりするでしょう。けれど、それはどちらも現実的でないと私は思います。レジェンドたちは、劣等感やコンプレックスを否定することも潰そうとすることもなく、そっと胸の中で温めて「そこに目が行かないように」工夫しているのではないでしょうか。自分のダメな部分と共存していると言えるのかもしれません。
「なんだか常に劣等感があるんですよ」宮沢りえも、やはりレジェンド
「女性自身」(光文社)の記事、「宮沢りえ『中卒コンプレックス』の苦悩を告白……漢字対策で愛読書が漢字辞典の時期も」を読んだとき、彼女もやはりレジェンドなのだと感じました。10代の頃から芸能活動をしていた彼女は高校受験に失敗してしまいます。また、当時は芸能人は「一般人とは全く違う世界の人」と考えられており、売れっ子の芸能人ほど学校に行く時間がなくて、高校を中退というケースも珍しくなかったと思います。
特に女性芸能人の場合、「若い時が稼ぎ時」という側面もあるため、学校に行くくらいなら仕事をしてほしいとオトナたちは考えてもおかしくありません。りえと同時代に活躍した人気女優と言えば、観月ありさや牧瀬里穂が連想されますが、なぜかりえだけが、ふんどしカレンダーやヘアヌード写真集など、積極的に脱ぐ方向に進んでいきます。10代の少女だけが持つ一種の神性を表現したかったのかもしれませんが、「今が一番いい時だから」と彼女の魅力がハダカしかない、将来性がないように書いた週刊誌も多数ありました。
辞書をまめに引いて、言葉を覚えていったりえ
前出・「女性自身」によると、彼女の芸能人としての地位が上がるたび、一流の人と一緒に仕事をする人が増えていきますが、むこうは立派なオトナで、りえはまだ子どもですから、言っていることや言葉が理解できないこともある。それは当たり前のことなのですが、りえは辞書をまめに引いて、言葉を覚えていったそうです。彼女と交際が噂された男性は、その世界の一流の人が多かったというのも、彼らがりえの向学心を満たしてくれたからかもしれません。
劣等感ゆえに自分の殻に閉じこもったり、反対に攻撃的になって相手を傷つけることはよくありません。よく「劣等感を笑いに変える」なんていう人がいますが、これはプロの芸人なみの腕がないと難しいのではないでしょうか。なぜなら、コンプレックスは「変えられないから」コンプレックスなのです。
劣等感やコンプレックスこそ、そっと懐にしのばせておき、否定しない。レジェンドは才能を研ぎ澄まし、劣等感は優しく磨いているのかもしれません。