霊柩車にはあまりお世話になりたくないのだが、無ければ困るクルマでもある。それが、じつは公道を走れなくなりそうだったのだ。葬儀場やセレモニーホールなどでは、近隣住民に配慮して昔ながらの"宮型"の運行を禁止しているところもあるが、今回の話題は"道路運送車両の保安基準"によって宮型霊柩車が車検(継続検査)をパスできなくなりそうだったことをお伝えする。
霊柩車には興味がないという方もいるだろうが、じつは新たな保安基準は昨年から自動車業界で新たな火種として多くの関係者が注目していた。それはボディの突起物に対する規制なのだ。宮型が走れなくなるというのは、屋根などの装飾物が突起物に当たり、規制されるため車検を通らなくなりそうだったのだ。
そもそも保安基準や安全基準は、安全な交通や交通事故による被害を少なくするためのもの。クルマは基準や規制に合わせて設計・製造がされているが、輸出するとなると相手国の基準・規制との摺り合わせや認証が必要になる。この手間は膨大でコストアップにもつながることから、国土交通省はヨーロッパのECE基準との相互認証を進めているのだ。自動車メーカーがコストダウンできるだけでなく、ユーザーメリットもある。以前、バックフォグランプの装着は日本では認められていなかったが、相互認証の項目に入っていたため装備できるようになった。これは相互認証のメリットの一つだ。
このようにメリットもある相互認証だが、今回の霊柩車の件は"落とし穴"だった。この規制は歩行者などがクルマと衝突したり、接触した場合の危険性を少なくするというのが本来の目的。クルマのアンテナやフォグランプ、エアロパーツなどの突起に基準を設けて、丸くすることで加害性を軽減するわけだ。今回の改正はずいぶん前の平成13年に基準の拡充・強化が行われることがアナウンスされ、平成21年1月以降に製作される乗用車にすでに適用されている。自動車業界ではデザインを左右しかねない規制なので話題だったが、どうやら霊柩車を所有する葬儀社などはこの規制を熟知していなかったようなのだ。これと同じようなことがじつはタクシー業界でも起こっていた。昨年末にテレビニュースなどで映像が流れたが、タクシー会社の一部は新基準に合わせたルーフの表示灯(行灯)に交換するというのだ。タクシーは表示灯の交換で何とか対応できるが、宮型の霊柩車はそう簡単にはいかない。荘厳な造りの屋根や装飾を取り去ってしまっては意味がないからだ。それと基準に合うように改造するといっても簡単には出来ないだろう。
そのため、じつは1年以上前に救済措置が取られていたのだ。平成21年1月下旬(タクシー用)と同2月中旬(霊柩車用)に自動車交通局技術安全部長から出された通達には、当面の措置としてタクシーの表示灯と霊柩車については新外装基準を適用せず、従来どおりの扱いにすると書かれていた。これは車検だけではなく、平成21年1月以降に製作されたクルマも従来どおりだという。もちろんこれは経過措置で、可能な限り鋭い突起をなくすように対応を求めている。この猶予措置は平成28年度までだから、それ以降は基準に合わない宮型の霊柩車は走れなくなる可能性があるのだ。国土交通省は平成22年1月21日に「道路運送車両の保安基準の細目を定める告示」の一部改正に係る意見の募集を行っている。いわゆるパブリックコメントの募集(すでに期間は終了)だ。コメント募集のタイトルは"乗用車の外装基準の適用について"だった。まだコメント内容は発表されていないが、ECE基準との相互認証を進めているからどうなるか予測は難しい。宮型霊柩車などを特例や除外措置で存続させることも可能だからだ。
これを読んでボディ外装の突起物に規制が設けられたことはわかっていただけただろう。読者の方の中には、自分がクルマに装着しているスキーキャリアなどが不適合になるのか不安になった方もいるだろうが多くの場合大丈夫だ。簡単にネジなどで着脱できるスキーキャリアなどは対象外なのだ。これは以前改正された指定部品と同じ扱いで、溶接やリベットでボディと一体化させなければ規制を受けない。だが、クルマのエアロパーツなどを製作する用品メーカーは大変だ。フロアから上のボディ面から上は規制の対象。基準は少々難しいが、簡単にいうとボディ面から5mm以上突出している場所に100mm球体を転がして、接触面の直立半径2.5R未満のものは不適合。比較的尖った突起は認められない可能性が高いわけだ。後付けのエアロパーツの中には規制されるものもあるかもしれないため、ネットの個人売買でパーツを装着する場合はその辺にも気をつけたい。車検(継続検査)時に検査員に指摘されると、対象パーツを外さなければ合格しないことになりかねない。また、新型車のデザインもこうした規制の変化で少しずつ変わっていくわけだ。
丸山 誠(まるやま まこと)
自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員