"せともの"の街、愛知県瀬戸市。この街は火の街・土の街と呼ばれ、昔から真っ白な陶土や自然の釉薬が採れるため、やきものの産地として栄えてきました。「ものをつくって、生きる」そのことに疑いがない。それゆえ、陶芸に限らず、さまざまな"ツクリテ"が山ほど活動する、ちょっと特殊なまちです。瀬戸在住のライターの上浦未来が、Iターン、Uターン、関係人口、地元の方……さまざまなスタイルで関わり、地域で仕事をつくる若者たちをご紹介します。

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Vol.6 IT企業「ソニックガーデン」社員・中谷一郎

  • ソニックガーデン 中谷一郎さん(中央)

    ソニックガーデン 中谷一郎さん(中央)

今回ご登場いただくのは、社員全員が「リモートワーク」、「納品のない受託開発」で、ビジネスの最先端として注目される「ソニックガーデン」社員の中谷一郎さん。名古屋にある大手企業の社内SEから、瀬戸で会社員リモートワーカーへ。働き方はもちろん、子育てや地域についてもお伺いしました。

「ソニックガーデン」は、どんな会社?

  • 中谷一郎さんのオフィス。机の高さは上下できる。これはスタンディングバージョン

    中谷一郎さんのオフィス。机の高さは上下できる。これはスタンディングバージョン

一郎さんの1日は、自宅で、ボタンひとつで立ち上がる"仮想オフィス"に出社することから始まります。画面上にはいくつもの小窓があり、社員の姿が映し出されています。それがオフィスです。勤務時間は自由。一郎さんの場合は、お客さんとのやりとりのしやすさから、9時から18時にオンラインにしていることが多いといいます。

「僕たちの仕事は簡単にいうと、お客さんに無駄遣いをさせず、世の中の役に立つソフトウェアをつくることです」

  • バーチャルオフィスの様子

    仮想オフィスの様子

一郎さんが担当するのは、すべて東京のお仕事。たとえば、アスリートのコンディションやトレーニングデータなどを管理するシステムや、M&A(企業同士の合併・買収)のプラットフォームの開発、発達障がい児支援システムなど。

「全部オンラインミーティングでやりとりしています。毎週、お客さんと直接会ってミーティングをすると、前後1時間ぐらいを移動にあてることになりますよね。でも、僕たちは、その前後の1時間を使って、お客さんのサービスをつくったほうが、よっぽどお互いのメリットがあると考えています。そこも理解してもらえるお客さんとの相性を大切にしています」

満足を約束。納品はしない

そういった相性のよいお客さんとの巡り合いを実現するのは、"フロント"と呼ばれる仕事。実際の仕事に取り掛かる前に、相談期間が半年以上に及ぶケースもあるといいます。

たとえば、強みは何か聞いたり、無料で利用できるHP作成ツールやGoogleフォームといった仕組みを使い、試験的に動かしてみて、ニーズがあるのか検証したりする。

「僕たちは、お客さんに満足は約束するんですけれど、いわゆる『納品』はしません。納品すると、納品した時点が一番よい状態で、そこから落ちてしまう。そうではなく、使っているときを最新にしたい。新たな要望も取り入れ、セキュリティ対策も最新のものを取り入れ、最高の状態をキープする。そのために、月額定額制のみで受け付けています。

そのため、『新規事業をやります』『では、システムをつくります』だと、すぐにお客さんのビジネスが終わってしまった場合、お互いがすごく不幸になってしまう。しかも毎回、新規開発だと効率が落ちてしまうので、長くお付き合いできるお客さんとお付き合いがしたい。でも、それをするには、しっかりしたプランを持ったお客さんじゃないといけないですよね」

相談期間中にお互いの相性を見極めた後、1カ月間の開発のお試し期間へと移り、その1カ月間でプロトタイプ(仮組み)までつくってしまう。すると、満足して、その後もやめるお客さんは、ほぼいないといいます。

会わなくても、信頼関係は築ける

それにしても、最初から最後まで会わないで、なぜこれほどうまくいくのでしょう?

「毎週、ミーティングしますしね。会わないからといって、コミュニケーションが薄くなるかというと、そうではなくて、むしろお客さんとの掲示板もあって、連絡は密に取っています。会議室作成ボタンを押すと、Zoom(ビデオ会議ソフト)のURLが発行される。オンラインでも、コミュニケーションはバッチリ取っているということがポイントですね」

基本は効率を考えて会わない。けれど、ごくまれに"合宿"と呼ぶ、リアルの会議も開催しているという。

「お客さんが、今後のプロジェクトの方向性を決めようと思っているといった重要なお話があったときに、実際に行ったりします。お客さんと直接会うのは、最初に連絡を取ってから1年後になったりするんですよ。

そうすると、ありがたいことに、行くだけで喜んでいただけて、この間も『えっ、来ていただけるんですか。一郎さんが降臨される~!!!』と神格化されて(笑)。逆にいうと、それぐらい会うことがないですね」

瀬戸でリモートワークを始めて

  • 瀬戸市内の自宅にて。子どもたちにプログラミングを教えたり、宿題をみたりもしている

    瀬戸市内の自宅にて。子どもたちにプログラミングを教えたり、宿題を見たりもしている

一郎さんの仕事ぶりを聞いていると、本当にどこにいても仕事はできるんだな、と感じます。2018年まで、名古屋にある大手企業の社内SEとして働いていた一郎さん。そのときに瀬戸に新築住宅を購入し、その後、現在の会社へと転職されています。実際にリモートワークで働いてみて、メリット、デメリットはどう感じているのでしょうか?

「転勤の心配がなくなったことが、いいですね。あとは、子どもをすごく身近に感じられます。『またゲームやってるな!』とか、いろいろ言いたくなることもありますけどね」

一郎さんは3人のお子さんの子育て中。とても仲良し家族で、子どもの面倒見がよく、みんなでランニングしたり、瀬戸のお祭りやイベントにも積極的に参加したりも。

去年の11月からは「ゲストハウスますきち」で、子どもための無料のプログラミング道場『CoderDojo瀬戸』も始めています。開校以降、あれよあれよという間に人気を集め、10名以上の子どもたちが参加するようになり、毎回満員御礼。"メンター"と呼ばれる指導側の大人も増えてきました。しかも、お父さんが多い印象があります。

「道場に来ているお父さんが遊んでいるところがありますね。僕と一緒で、プログラミングのことが好きで、子どもにもプログラミングの楽しさを伝えたいな、と思っているお父さんが多いんじゃないかな。ここに来てくれるお父さんは、子どもと一緒にユーチューバーをしていたり、夢追いシンガーソングライターであったり、脱サラして革職人をしているお父さんとか、おもしろい人が顔を出してくれる傾向があるかもしれないですね」

  • 毎週開催している「Corder Dojo 瀬戸」

    毎週開催している「CorderDojo瀬戸」

「最初は、自分の子どもにプログラミングを教えたいな、とか、個人的に地域に関わる活動の経験がなかったので、やってみよっかな~、というぐらいの感じだったんです。でも、やってみたら、子どもたちが個性的な作品をつくるので、それがおもしろくて、続けています。

最近思うのは、発表のときに『どや!』みたいな顔で発表する子がいるんですけど、家でひとりでやってたら、日の目を見る機会がなかったんじゃないかな。アニメを作っている子が人前で発表して、『アニメの続きはないんですか?』と聞かれたら、めちゃくちゃうれしいはず。プログラミングが好きで、ついついやっちゃう子が、充実して帰ってくれる。それはやってみて、すごくよかったなと思います」

一郎さんは、この道場を開いて以来、新築住宅を購入して移住してきた家族と、昔から瀬戸に住む人とのつながりをつくってくれています。

「僕も奥さんも岐阜県出身で、瀬戸はぜんぜん関係ない土地なんですよ。以前は、名古屋の会社に勤めていたので、瀬戸から名古屋へのアクセスがよく、しかも土地が安いから移住を決めました。それに、僕が団地育ちだったので、歴史があって商店街がある町に、ずっと住みたいなと思っていたんです」

  • 「せと銀座通り商店街」にある乾物屋「尾張屋」の店主であり、出汁ソムリエの森宏子さん(左)と

    「せと銀座通り商店街」にある乾物屋「尾張屋」の店主であり、出汁ソムリエの森宏子さん(左)と

瀬戸には商店街があり、その雰囲気もすごくいい。とはいえ、住み始めたときはシャッター街のようで、20年後にはなくなっちゃうんだろうな、という印象だったそうです。

「道場を始めるまでは、ほかの人と一緒だったと思うんですよ。家は近いけれど、遠くから見ていた町だった。でも、僕はプログラミングを教えようという軸があって、ますきちでオーナーの南くんに出会い、そのときに、実は新しいお店が増えているという話を聞いて、行ってみたりするうちに、瀬戸にはパワーがあると、急速に気づき始めました。

名古屋の会社に通勤していると、たとえ瀬戸に住んでいても、帰属意識が名古屋なんですよね。新しく移住してきた人のなかにも『地域で何かやりたいな』と思っている人が実はいると思うので、ますきちや商店街をとっかかりに訪れてみて、自分で何かやろうって連鎖が広がっていくとうれしいですね」

一郎さんのように、今後、どんどん増えていく会社員リモートワーカーがまちに目を向け、暮らしをとことん楽しむ人が増えると、まちがにぎやかになっていきそうな予感です!

執筆者プロフィール:上浦未来(かみうら・みく)

1984年愛知県瀬戸市生まれ。人と人の関係性をつくるPRチーム「ヒトツチ」共同代表。東京・神保町の小さな出版社で働いたのち、ライターとして独立。『TURNS』(第一プログレス)『greenz.jp』(NPO法人グリーンズ)『ことりっぷ』(昭文社)、関西テレビ制作のドラマやバラエティ公式HP記事ほか、多数を担当。2015年からは拠点を神奈川県・大磯町へ。ローカルメディア、行政案件なども経験。現在、瀬戸の町歩きWebエッセイ『ほやほや』運営、「ますきち」&「aime le pain(エムルパン)」PR担当。