"せともの"の街、愛知県瀬戸市。この街は火の街・土の街と呼ばれ、昔から真っ白な陶土や自然の釉薬が採れるため、やきものの産地として栄えてきました。「ものをつくって、生きる」そのことに疑いがない。それゆえ、陶芸に限らず、さまざまな"ツクリテ"が山ほど活動する、ちょっと特殊なまちです。瀬戸在住のライターの上浦未来が、Iターン、Uターン、関係人口、地元の方……さまざまなスタイルで関わり、地域で仕事をつくる若者たちをご紹介します。

vol.2 ゲストハウス「ますきち」オーナー・南慎太郎

  • ゲストハウスますきちを運営する南慎太郎くん

    ゲストハウスますきちを運営する南慎太郎くん

今回ご紹介するのは、北海道大学卒業後、いきなり地元の瀬戸へと戻り、地元で「ゲストハウス ますきち」を開いた、南慎太郎くん。オープンは金・土・日曜のみ。大学時代からどのように準備を進め、はじめたのでしょう? 仮オープンして1年ちょっと。現在の経営状況も尋ねました。

「ますきち」とは?

  • 川本桝吉さんの邸宅を利用したゲストハウス「ますきち」

    川本桝吉さんの邸宅を利用したゲストハウス「ますきち」

「ますきち」は、明治時代に活躍した窯元の元締めをしていた、川本桝吉さんの築約140年の邸宅を利用した古民家ゲストハウスです。桝吉さんは、日本が初めてウィーン万博に出展した明治時代、どんどん世界へせとものを輸出した人物のひとりで、お弟子さんたちとともにこの家で暮らしていたそうです。

  • みんなのリビング「ます基地」

    みんなのリビング「ます基地」

「ますきち」には、現在、個室1室のほか、ドミトリーといわれる相部屋が2つあり、全部で13名が宿泊できます。

新卒で、いきなり地元で起業する思考回路とは?

大学を卒業したら、当たり前のように多くの人がどこかに就職する。けれど、南くんはそのことに疑問を持ち、大学4年生のとき、どうやって生きていきたいのかについて考えたといいます。

「自分が生きるために、どれだけお金が必要なのか考えたんです。正確にいうと、自分が楽しく暮らすためにどれだけ必要なのか。僕の場合、『愉快に快適に暮らす』がもっとも大事で、それを実現する仕事として、ゲストハウスを選びました」(南くん)

南くんにとって、世の中の「大人」に大切なことは、会社勤めも、起業も関係なく、日々をご機嫌でいること。それだけで、周りの人も明るくなるし、未来が楽しいものに思えてくるんじゃないかな、といいます。

「就職していないことで、よく心配されるのですが、僕は不安があったら、細かく分解するようにしています。何が不安なのか、お金なのか、周りからの目なのか、将来のことなのか、長く続けていけるのか。それをじっくりと考え、突き詰め、ひとつずつ解決することを癖づけています」(南くん)

1年目は関係性づくり

  • 商店街の人と積極的にコミュニケーション

    商店街の人と積極的にコミュニケーション

2017年、南くんはゲストハウスを開くと決め、瀬戸へ。戻って1年目に大切にしたことは、地元の人との関係性づくり。地元といっても、南くんの実家があるのは、比較的新しい住宅地です。

瀬戸の中心市街地である「ますきち」の近くに知り合いは、ほとんどいませんでした。そんななか、どうやって知り合いを増やしていったのか。

「町内会に入り、頼まれれば、祭りのポスターをつくり、書類をまとめたりもしました。商店街を散策して、お店の方に声をかけたりお。ますきちの一角には、実は地域ラジオ『ラジオサンキュー』の本社があり、スタジオもあり、そこでアルバイトをしながら、街のことを教えてもらっていました」(南くん)

また、ゲストハウスオーナーさん、地域のキーマンにも、積極的に会いに行ったという。

「愛知県内のゲストハウスのオーナーさんや、やきものの産地同士の繋がりを持ちたいなと思い、常滑やお隣の町・岐阜県の多治見市などで活動されている方にも会いに行きました」

2年目に、約300名のみなさんと一緒に改装

  • 改装作業の様子 photo:kamiura miku

    改装作業の様子 photo:kamiura miku

重要な部分は大工さんに任せ、基本的には大工さんにやり方を教わり、自分でやってみて、さらに、改装に興味がある人を集め、一緒に作業を進めることに。およそ1年間におよぶ改装期間中に、約300名の方に手伝っていただきました。

そのおかげで、自分も改装に加わったと愛着を持って、何度も訪れてくれるリピーターが多いといいます。また、営業許可は旅館業法ではなく、民泊にしたといいます。

「なぜ民泊なのかというと、旅館業法では大規模な耐震工事が不可欠で、数千万円規模の改装が必要になるためです。そうすると、回収するまでに時間がかかり、リスクも大きいなと感じました」

観光地であれば、毎日営業すれば、人がやってきて、改装費が回収できるかもしれない。けれど、瀬戸は産地。観光客はほとんど週末に訪れ、街の店主も火曜・水曜は休みが多く、訪れる先が少ない。そのため、金・土・日曜のみの営業で、続けているといいます。

「平日に観光客は少なく、週末に集中して宿泊していただくことで、経営がまわるようにと考えています。その分、平日はイベントや新規事業の準備に充てています」

まるでイベント屋のように、日々イベント

  • 「大ナゴヤ大学」の授業「地域のおもしろがり方 in 瀬戸」。ゲストは東栄町のゲストハウス「danon」の金城愛さん&シェアカフェ「HYAKKEI」の園原麻友実さん

    「大ナゴヤ大学」の授業「地域のおもしろがり方 in 瀬戸」。ゲストは東栄町のゲストハウス「danon」の金城愛さん&シェアカフェ「HYAKKEI」の園原麻友実さん

「ますきち」では、南くんの何でも受け入れる人柄から、脈絡なく、幅広いイベント企画が持ち込まれてきます。

例えば、
・スパイスカレー研究部
・U40瀬戸若者ごはん会(まちの若者×若手市役所職員有志)
・漆喰塗りワークショップ
・食堂おせつ~京都のおばんざいをつくろう~
・出張すし職人ガンジーによる江戸前鮨握り体験教室
・大人の学び場「瀬戸の寺子屋」

などなど。

  • イベントの様子

    イベントの様子

自分たちで運営するものには、今年の9/14(土)・9/15(日)に「ますきち」全館を使って、開催する「若手ツクリテ市@せともの祭&「ますきち屋台」。さらに、9/14(土)~10/14(月・祝)まで続く、アートスタジオ「タネリスタジオ」×「ますきち」のイベント「ART CHECK-IN」の準備も進めています。今年は「あいちトリエンナーレ」も開催されているため、3,000人の集客を目標にしています。

現在の経営状況

多くの人が気になることといえば、経営は成り立っているのかということ。

「今は時期によってバラつきはありますが、月に約35万円の売り上げで、利益が20万円ちょっと。学生時代に立てていた計画より売り上げがあり、ほっとしています」

周りに信頼できる大人が大勢いる。そのおかげで、この先もなんとかなるだろう、という期待感があるという。

「最近は、大学生の子たちにイベントの準備を手伝ってもらったり、年が近いので学生たちと一緒に何かできたりしたらいいなと思っています」

ゲストハウス以外にも、東京・神保町を拠点に置く「スパイスカレー研究部」瀬戸支部として新規事業の準備や、筆者の私と信頼関係を築くPRチーム「ヒトツチ」、ほかにも水面下でドカドカと新規事業が動いている。ゲストハウスオーナーにとどまることはなさそうな起業家・南くんにご注目を!

写真=濱津和貴