"せともの"の街、愛知県瀬戸市。この街は火の街・土の街と呼ばれ、昔から真っ白な陶土や自然の釉薬が採れるため、やきものの産地として栄えてきました。「ものをつくって、生きる」そのことに疑いがない。それゆえ、陶芸に限らず、さまざまな"ツクリテ"が山ほど活動する、ちょっと特殊なまちです。瀬戸在住のライターの上浦未来が、Iターン、Uターン、関係人口、地元の方……さまざまなスタイルで関わり、地域で仕事をつくる若者たちをご紹介します。

Vol.3 タネリスタジオ 設楽陸

  • 画家の設楽陸さん

    画家の設楽陸さん

画家の設楽陸(34歳)さんは、名古屋造形芸術大学卒業後、ゲームのビビッドな世界観をルーツにした独特すぎる絵画を毎年発表し続けてきました。現在、約20名の現代アーティストらが活動する、シェアアトリエ「タネリスタジオ」代表でもあります。

一度も就職したことがない陸さんにとって「働く」とは何かについておうかがいました。

画家・設楽陸とは?

  • 設楽陸さんの作品

設楽陸さんは、中学生の頃まで愛知県立芸術大学の敷地内にある"芸大村"と呼ばれる、大学関係者一家が暮らす住居スペースで育ちました。お父さんは、愛知県立芸術大学の教授であり、画家の設楽知昭さん。弟は漫画家の設楽領さん、という芸術家一家です。

「一歩家を出れば、あちこちで変なものをつくったり、変な絵を描いてるお兄ちゃんがいる、という環境で育ちました」(陸さん)

周りの友だちは、総じて絵を描くことが好きな子が多く、遊びといえば漫画やイラストの交換や、森のなかに秘密基地をつくったりすること。

「周りの大人たちからは"変態村"って呼ばれていて、子どもながらに変な目で見られているな、と感じていました。まあ、確かに変態なんだよね! 20歳ぐらいまで人付き合いが苦手だったんだけど、それはたぶん幼い頃の感覚が影響して、人間に興味ないふりして、絵の世界に没頭していったのかもしれないですね」

生きていく上の武器が「絵がうまい」だった

  • 設楽陸個展。「INNER VISIONS~絵の帝国~」(2019年/Masayoshi Suzuki gallery) 撮影:上浦未来

    設楽陸個展「INNER VISIONS~絵の帝国~」(2019年/Masayoshi Suzuki gallery) 撮影:上浦未来

陸さんが、画家になろうと決めたのは、大学生の頃だったといいます。「大学の教授に、君の描いてる絵はおもしろいって褒めてもらえて。生きていく上で、ほしいじゃん、武器。歌がうまい、頭がいい、人付き合いがいい。何かほしいでしょ? そのうちのひとつが、僕の場合は絵がおもしろいだったんです」

就職活動は一切せず、現在に至るまで画家として活動している陸さん。10年間もスーパーのSEIYUで働いたり、さまざまなアルバイトも続け、絵を描くことをベースに暮らしてきました。

「ただ、絵を描きたいと思っていただけ。将来のことはあまり考えない! 食えるのか、生きていけるのかって聞かれたら、謎だよ。それでも、絵を描きたい、という引力、魔力に引っ張られる。音楽だって、お笑いだって、小説だって、そうでしょう?

愚か者だと思われても、全然いい。落ちぶれていく者、成功する者、幸せになる者、不幸になる者、いるでしょ、いろんな一定数が。だって、人間だから。その枠のなかで生きるしかないと思っています」

陸さんが描く絵画。その根底には、幼い頃、ゲーム機を買い与えてもらえなかったフラストレーションから紙やノートにTVゲームの世界観を模写し、自分でキャラクターを考えたひとり遊びがあるといいます。

22歳のとき、大人になった自分が絵を描き始めた頃を思い出して、"リバイバル"しようと、誕生した作品が『架空の歴史ノート』です。大学ノートに全編手書きで、10冊以上にわたり 、みっちりと壮大な架空の王国の歴史が繰り広げられています。

27歳のときに『架空の歴史ノート』を1冊丸ごとスキャンし、名古屋市美術館で展示。さらに、キンドル版で販売すると、ネットで話題騒然。2013年には「自作の落書きノートを売って生活しようとしている男」として、『アウト×デラックス』(フジテレビ系)に登場したこともあり、時の人になりました。

「タネリスタジオ」という社会との接点をつくる

メディアに騒がれていた頃も、それはそれと、着々と絵画を描き、発表を続けていた陸さん。けれど、社会との壁を感じていたといいます。

「アートって、わけわかんないし、うさん臭いと思うんですよ。世間から見れば、作家なんかして、バイトなんかして、と世間から白い目で見られることも多い。作家は世界から切り離して、自分の世界を突き詰めていく。

その結果、世間から認められなくてもいい、みたいなスタンスそうと思われていると思う。でも、作家も社会の一部だし、せっかく大学で美術を勉強して、自分の作品をつくっているからには、僕は社会と接点を持ちたい」(陸さん)

  • タネリスタジオ内部

    タネリスタジオ内部

30歳を過ぎると、ひとりでアトリエにこもり、制作することにも限界を感じ始めた、という陸さん。そんなとき、同じ思いを抱えていた、美術仲間の現代美術家・植松ゆりかさんが現在の廃ビルを発見。ふたりでスタートさせた拠点が、シェアアトリエ「タネリスタジオ」 です。

「作家が集まって、安く場所を借りて、お互い助け合う場をつくりたかったんです。何か大きな展示があれば、制作を手伝ったり、仕事を紹介し合ったり、チャンスにつながる場所をつくれたらいいよね、と思ってつくりました」(陸さん)

2017年に、たったふたりから始めた「タネリスタジオ」は、気づけば巨大化。約2年経った今は、約20名が活動しています。

1階には、美術家ふたりが開くギャラリーカフェ「Art Space & Cafe Barrack」ができ、アーティストとの交流の場も誕生。そのご縁などを生かし、瀬戸ゆかりのアーティスト28名が参加する「瀬戸現代美術展が10月14日まで開催されています。

アートが「よくわからない」人にも、アートを楽しんでもらいたい

  • 「ART CHECK-IN」ますきちにて(イメージ写真)

    「ART CHECK-IN」ますきちにて(イメージ写真)

9月14日~10月14日には、アートと瀬戸に興味を持ってもらう人を増やそうと、「タネリスタジオ」全体とゲストハウスますきちとのコラボ企画「ART CHECK-IN」を開催します。

アートというと、やや構えてしまう人も多いと思います。けれど、陸さんはもっと気楽にアートを楽しんでいいといいます。

「作家にもよると思うけど、『おお、なんだこれ。変だな、不思議だな』でいい。もしも、道を歩いてて、大きな穴があったら、おおっ! と驚くし、ハラハラする。それで1日が楽しくなると思うんだよね。舗装された道が続くだけだったら、つまんないじゃん!」

「タネリスタジオ」では、期間中の週末、制作現場の公開もしているので、陸さんがどんな場で制作しているのかを覗くこともできます。

働くって、なんですか?

  • タネリスタジオ内「SHOWROOM」にて 撮影:上浦未来

    タネリスタジオ内「SHOWROOM」にて 撮影:上浦未来

最後に、陸さんに「働く」とは何かを聞きました。

「ネットワークじゃないかな。その人がしている仕事ぶりが評価され、リスペクトされ、信頼関係ができる。そうすると、助けてくれる仲間が増え、生きていける。

歴史が好きだから、いろいろな本を読んだけど、人類は昔からコミュニティをつくって、共同して、たくましく生きてきた。

でも、現代は個人がどう成り上がるか、という世界観。それには、金か才能が必要。でも、大体の人間はそうではない。僕は独自のネットワークを大事に生きていく方が生きやすいのかな? と思っています」

執筆者プロフィール:上浦未来(かみうら・みく)

1984年愛知県瀬戸市生まれ。人と人の関係性をつくるPRチーム「ヒトツチ」(準備中)共同代表。東京・神保町の小さな出版社で働いたのち、ライターとして独立。『TURNS』(第一プログレス)『greenz.jp』(NPO法人グリーンズ)『ことりっぷ』(昭文社)、関西テレビ制作のドラマやバラエティ公式HP記事ほか、多数を担当。2015年からは拠点を神奈川県・大磯町へ。ローカルメディア、行政案件なども経験。現在、瀬戸の町歩きWebエッセイ『ほやほや』運営、「ますきち」&「aime le pain(エムルパン)」PR担当。

写真=studio itsuca